第11話 水道

 町に行商に行っていたロマンとセルゲイが村に帰ってきた。


 帰還するとセルゲイは、竜を労い、体を洗い、手入れをして竜舎に入れた。

ロマンも売上の分配と注文品の配達で村中を歩き回り大忙しである。

夜には打ち上げだと言って酒場に向かった。



 翌朝、ちと呑みすぎたと井戸で顔を洗うセルゲイに、ドラガンが見て欲しいものがあると言ってきた。

何やら木の工作をゴソゴソと両手いっぱいに抱えている。

ちょうどドラガンのところに遊びに来ようとしていたアルテムとナタリヤの兄妹も、ドラガンの作業を手伝った。


 近所の人たちも顔を洗いに来ていて、その様子を微笑ましく見ている。

セルゲイは『いつもの』ドラガンが見れて、無事家に帰ってこれたんだと実感している。


 ドラガンは、腕の長さほどのといを次々に繋げていった。

途中杭を打って高さを調節しながら井戸から自宅まで樋を繋げた。


 井戸から自宅までそれなりに距離がある。

しかも途中で通路は折れ曲がっている。

井戸のセルゲイからは、ドラガンが何をしているのか途中までしか見えなかった。


 そこにロマンがやってきた。


 何の騒ぎかと聞くロマンに、セルゲイは、俺にわかるわけねえとがははと笑い出した。

近所の人たちも、それはそうだと言って笑い出す。


 何やら準備が整ったらしく、ドラガンがとことこと井戸に向かって来る。

最後に井戸側の樋の入口に『ろうと』を固定すると、出来たと嬉しそうに叫んだ。


 この時点でロマンは、ドラガンが何を作ったかわかったらしい。

だが、ここで水を差してはいけないと黙っている。


「父さん、竜舎の前で見てて!」


 セルゲイは、そうドラガンに促され、近所の人数人と竜舎へ向かった。

樋は途中で四角い木箱に差し込まれ、その木箱からまた別の樋が出ている。

その樋は竜舎前まで繋がり、たらいに向けられている。


 暫く待っていると、樋の先から水がちょろちょろと出てきた。

ほう、セルゲイが声をあげると同時に、近所の人も、おおと歓声をあげた。


 最初はちょろちょろだった水だが、徐々に勢いを増し、みるみるたらいに水が張られていった。

家の前に近所の人がたかっているのが見え、アリサとイリーナも家から様子を見にやってきた。


 たらいに水が張られているのを見て、アリサは素直に凄いと喜んだ。

イリーナもこれは便利と喜んだ。


 ただ近所の人たちの驚きに比べ、セルゲイとロマンは少し感動が薄かった。

それもそのはずで、ロマンたちが行商に行く北の大都市『西府ロハティン』では、これをさらに大型化し、水道橋や上水道が整備されている。

町の中には、所々に共同の取水場が作られており、そこを井戸代わりに利用している。


 その水道は、キシュベール山の石切り場から切り出した石でできている。

石切り場の石はそれなりに高価で、およそ寒村といって良いベレメンド村では到底そんな芸当はできない。

だが、木で作れば確かにそこまで費用をかけずに水道の整備ができるかもしれない。


 実はロマンは少し別のことで感動していた。

途中水の方向を変えるために置かれた木箱である。


 水は高いところから低いところに流れる。

これは誰もが知っている。


 今回ドラガンがやったように樋を繋げれば家まで水を運べることも、多くの人がわかっている。

だがこれまで誰もやってきていない。

それには一つ問題があるからである。

普段使っていない時は、通りの往来に邪魔なのだ。


 だが今回ドラガンがやったように、途中の方向変更の木箱だけを常設し、使う時だけ、必要な時だけ樋を繋げばその問題は解決できる。

通行の邪魔にならない場所に木箱だけ常設しておけば、どの家でも水道の便利さを享受できるようになるだろう。


 ただ実用までには大きな問題がある。

ドラガンも気付いているらしく、樋をじっと凝視している。


「この水漏れさえ何とかできれば『次』ができるのに……」


 そうドラガンは呟いた。


 ロマンが『次』って何の事だと尋ねたが、ドラガンはロマンの顔を見た後首を傾げ、今はわからないと答えた。

少し不満顔のドラガンの頭を、ロマンは乱暴にぐしゃっと混ぜるように撫でた。


 ドラガンとロマンは、繋ぎ目から水が点々と滴る水道をじっと見つめている。

家の方から、セルゲイ、イリーナ、アリサの三人がこちらに向かって来た。

アリサは、凄いじゃないとドラガンの頭を撫でた。

ロマンにぐしゃぐしゃにされた髪をやっと整えたところに、今度はアリサがまた乱したので、ドラガンは少し迷惑そうにしている。



 少し遅れてゾルタンがやってきた。

ゾルタンは完成型がどんなものになるのか全く聞いていなかった為、水道が出来上がっていることにかなり驚いている。

ほええと声を発して、井戸からドラガンの家まで水道を辿って行った。

たらいに水が張られているのを見て素直に感動している。


 井戸に戻ったゾルタンはロマンから、父に見てもらったらどうかと声をかけられた。

ゾルタンは大喜びで家に戻り、桶屋を営む父のドミニクを呼んできた。

ドミニクは仕事の途中だったようだが、嬉しそうにはしゃぐ息子に手を止め、井戸までやってきてくれた。

木の水道を見てドミニクは、ほうと感嘆の声を漏らした。


「作っとうとこは見とったけん、ある程度想像はしちょっとったけんが、ちゃんと完成させるとは大したもんばい!」


 そう褒めたゾルタンの父だったが、すぐに大量の水漏れに気が付いた。

接合部をじっと眺めるとふむうと唸った。

ドラガンたちも当然水漏れは想定済みで、布を巻いて対応はしているが明らかに甘い。


「ばってん、屋根に取り付けたら雨水が流れて、瓶に溜めきるかもしれんなあ」


 ゾルタンの父ドミニクは長い髭をさすりながら、ロマンに感想を述べた。

飲み水や料理には使えないだろうけど、洗濯のような事ならその水で十分だろう。

試しにまず、うちの屋根で試してみるところから始めて見る。

ドミニクはゾルタンの襟を掴むと、お前も手伝えと連れて帰ってしまった。


 うまくいけばハランさんは大儲けだな、その姿を見て村人たちは言い合った。



 ドミニクの目論見はかなり成功だった。

ドミニクは桶屋であり、水漏れする際の対処をよく心得ている。

毎日、雨樋(あまとい)を作って、希望する家に取り付けていった。

そうなると陶器屋もそれに便乗。

水の取水口の付いた瓶を作って一緒に販売。


 瓶は少し背の高い専用の木の台の上に乗せられた。

普段は取水口に布を巻いた木の栓をしておき、洗濯や掃除で水が必要な時にはその栓を抜くと水が噴き出すようになっている。

これまで井戸と自宅を何往復もしていた生活は、その往復の回数を半分程度に減らせるようになったのだった。


 ドラガンが何かを作ると生活が便利になる。

さらにそれに合わせて儲けを享受する者も出る。


 近隣の村々から、雨樋を見にベレメンド村を訪れる人が増えてきた。

ベレメンド村はにわかに活気づいてきたのだった。

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