第10話 宿題

 井戸の作業を見せてもらってからドラガンの顔つきが変わった。

アリサは母にそう漏らしていた。


 ドラガンは、毎日部屋に籠って何かを黒板に書いては消しを繰り返している。

食事に呼んでもなかなかやって来ず、アリサがお玉と鍋蓋を持って呼びに行くという事もあった。



 数日後ドラガンは、ゾルタン、アルテム、ナタリヤと、また部屋に籠って何かを作り始めた。

その中で小刀が欠けたらしく、アリサに泣きついてきた。


 その時アリサは、井戸で近所のおばさんたちと一緒に洗濯をしていた。

お洗濯をしているから後でと言うのだが、ドラガンは口を尖らせ、洗濯手伝うからとなかなか聞き分けてくれない。

あなたが手伝っても服をボロボロにして後の繕いに時間がかかるだけとアリサが断ると、ドラガンはさらに不貞腐れた。

じゃあ洗ったやつを干してくると言ってちっとも引き下がらなかった。

それもアリサは、どうせ泥だらけにするだけと冷たくあしらった。


 暫くクスクスと笑て続けていた近所のおばさんたちが、ドラガンに、洗濯物を濯ぐから水をどんどん汲んでちょうだいとお願いした。

洗い桶の中に別のおばさんがサンダルを脱いで入ると、ドラガンは、その桶にどんどん水を入れていった。

さらにはアリサの洗濯物も洗い桶に入れて濯いでくれた。

さらに別のおばさんが、ゾルタンとアルテムに洗濯物を絞って水を切るようにお願いした。

三人が手伝ったことで洗濯はかなり早く終わった。


「空いてる手を上手く活用するのが、良い主婦ってものなのよ。よく覚えておきなさい」


 おばさんの一人がアリサにそう諭すと、皆クスクス笑って洗濯物を干しに行った。




 アリサは母に、ドラガンを鍛冶屋に連れて行くと言って出かけた。

ベレメンド村には鍛冶屋は一人しかおらず、ドワーフのタイマーさんだけである。

ドラガンたちを引きつれてタイマーさんのお店に向かった。


 タイマーは小刀を見ると、刃がボロボロじゃないかと驚いた。

一体何したら、こんなに小刀がボロボロになるんだかと、半ば呆れ口調でドラガンたちの顔を見ている。


 木を削って管を作っているとドラガンが説明すると、タイマーは、ドラガンじゃなくゾルタンの頭を叩いた。


「こんバカチン! お前は親ん仕事を見たことがなかと?」


 小刀は木を成型するために使うのであって、木を削るのは「のみ」を使うんだ。

お前の父親は桶屋なんだから、興味を持って見ていたら知ってるはずだ。

そうゾルタンを叱った。

ゾルタンはバツの悪そうな顔でドラガンとアルテムを見ると、そう言えばと乾いた笑い声をあげた。


「小刀ん修理は数日かかるけん、さっさとハランさんのとこに行って鑿ば借ってこい」


 タイマーは、さあ早く行ったとドラガンたちの尻を叩き工房から追い出した。



 アリサがタイマーに、よろしくお願いしますと頭を下げると、タイマーはお茶でも飲んでいったらどうかと微笑んだ。


 タイマーはアリサに柚茶を差し出した。

ドワーフはどこの家でもゆずの栽培している。

柚茶は、その皮をはちみつに漬けたものを水で溶いた飲み物である。

柚茶を啜ると、タイマーは先日の隣村で起きた暴動の話をした。


 ベレメンド村では、昔からドワーフも人間も分け隔てなく生活している。

居住区は別れているものの、先日の井戸の修理のようにドワーフたちも人間の支援を受けているし、今回のように人間もドワーフの支援を受けている。


 だが隣村は昔からそうじゃなかった。

人間たちは極力ドワーフに頼ることはしないが、ドワーフは瑞所で人間たちに頼っている。

その歪な関係が今回の事態を引き起こした、そうタイマーは考えているらしい。


「あんたは次ん村長がとこに嫁に行くとやろ?」


 唐突に言われ、アリサは耳と頬を赤く染めた。

それを見てタイマーは、何も恥ずかしがることは無いと、がははと笑い出した。


「我々ドワーフだって、君たち人間と、でくることなら上手うやっていきたかて願うとたい」


 今回の隣村のことを悪い教訓として、次期村長と、どうしたらこのまま良い関係を築き続けられるか考えて欲しい。

あんたのゾルタンに対する態度を見たら期待せずにはいられない。


 タイマーは髭面を崩すとアリサに微笑みかけた。




 翌日からドラガンは、朝食を取るとゾルタンの家に遊びに行き、昼前に帰って来て昼食を取ると、またゾルタンの家に行ってしまった。

母が休暇の宿題は進んでいるのと尋ねるのだが、後でやるとだけ言って聞き流している。

母は困った子だとクスクス笑うだけだったが、アリサは母さんの言う事を無視して、ただじゃおかないんだからと腕を捲った。

母は多めに見てあげなさいとクスクス笑った。



 数日は我慢したものの、アリサは出かけようとするドラガンの首根っこを捕まえた。

鬼の形相をしてドラガンを部屋に閉じ込めた。

ドラガンが来ないと不信に思ったアルテムたちは、わざわざドラガンを呼びに来た。


 それがまずかった。


 アリサはにっこりと微笑むと、ドラガンは部屋にいるからと、家に上がるように三人に促した。

三人が家に入ったところでアリサは玄関の鍵を閉めた。


 三人が部屋で見たのは、泣きそうな顔で宿題をやっているドラガンの姿だった。

三人はその姿を見ると、そっと扉を閉め後ずさった。


 だが、後ろにアリサが腕を組んで仁王立ちになっていた。


「あなたたち、長期休暇の宿題はどうなってるの?」


 アルテムはアリサからそっと目を反らした。

ゾルタンは怯えて小さく首を横に振った。

ナタリヤは精一杯の作り笑いをした。


「あなたたちも家から持って来て、ここで宿題をやりなさい! いいわね! 逃げようなんて考えないことよ!」


 アリサは一人一人指さしていった。

三人はそれぞれ引きつった顔で無言で首を縦に振った。


「……明日、宿題持ってきます」


 そうアルテムが言うと、アリサはギロリと睨んだ。

アルテムはすぐに、今から持って来てやりますと言い直した。


 アルテムたちも聞き分けの良い事に、ちゃんと宿題を持って来て一緒にやり始めた。

その様子をアリサがちょこちょこ見に来ている。

ドラガンにしても、アルテムにしても、ゾルタンにしても、宿題をやらなければいけないという気持ちはある。

最初こそ渋々始めたのだが、どうせならこのタイミングで全部済ませてしまおうと思ったらしい。


 ドラガンは正直言って勉強はできない。

五段階評価で三以上を貰ったことが無い。

運動もダメなら絵画もダメである。

だがアルテムたちが手伝ってくれればそれなりに捗る。


 甘えん坊のナタリヤはアリサの事が大好きで、アリサが顔を見に来てくれるのが嬉しいらしい。

幼い頃から、アリサはナタリヤを実の妹のように可愛がってきた。

最近家の手伝いでアリサが遊んでくれず、少し寂しい思いをしていたらしい。

ナタリヤはアリサを見つけては、ここがわからない、こっちがわからないと聞いている。



 こうして数日を宿題に費やし、長期休暇は余すところ数日というところまで過ぎ去った。

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