第14話 水突き
「姉ちゃん完成したんだ。見に来てよ!」
アリサが元気になったらとロマンに言ってから、一週間が経過した。
どうも、最終調整にかなり手こずったらしい。
ドラガンは、ロマンさんを呼んでくると言って家を飛び出して行った。
遅く起きてきたセルゲイはお腹をぽりぽり掻きながら、この寒いのに何の騒ぎだと欠伸交じりでイリーナに尋ねた。
イリーナは、やっとあの邪魔くさかったものを片付けてもらえるみたいとクスクス笑った。
明らかに寝起きというぼさぼさ髪のロマンの手を引き、ドラガンは戻ってきた。
ドラガンはセルゲイの姿を見ると、運ぶのを手伝って欲しいとお願いした。
折らないように慎重にねと注文までつけた。
見た目は単なる長い管である。
その管の節には布が巻いてあり、それを
さらに先端には、夏に作っていた大きな水突きが付けられている。
ドラガンはイリーナに、脚立を持ってくるようにお願いした。
カーリク家が一家揃って朝も早くから大騒ぎしているので、近所の人たちが次々に集まってきた。
さらにその喧噪を聞き村人たちが続々と集ってくる。
筒の先を井戸に入れたいとドラガンが言うと、村人の中の背の高い者が手伝ってくれた。
折らないように慎重にねとドラガンが心配そうに言うと、村人たちからは笑い声が起きた。
最後に井戸に二本の棒を取りつけ、その棒の間に水突きを固定。
よく見ると水突きも改良されていて、何やら取っ手のようなものが布で縛り付けられている。
「姉ちゃんが風邪ひかないように急いでこれを作ったんだよ」
ドラガンはアリサの顔を見ると、にっと笑い自慢げに言い放った。
アリサはその物言いにカチンときたらしい。
「あんたの風邪がうつったんでしょ! ちゃんと反省なさい!」
アリサは大声で説教を始めた。
村人たちは朝から大爆笑だった。
「反省したから頑張って作ったんじゃない!」
ドラガンが少し不貞腐れた顔で言うと、アリサはさらに苛っとした。
「昔はあんなに素直だったのに、今ではすぐに口答えするようになって……可愛げのない」
アリサの愚痴を聞いた村人たちは一斉に笑い出した。
確かにドラガンは村人たちが言い合うように、昔から聞き分けの良い方では無かったはずである。
セルゲイは爆笑しているが、イリーナとロマンは俯き気味に恥ずかしいなあと言い合っている。
じゃあ始めるから見ててねと、ドラガンが取っ手に手をかけると、それをロマンが制した。
「これだけの大仕掛けなんだから、もっと多くの人に見てもらった方が良いんじゃないのか?」
ロマンはそう言ってドラガンの心をくすぐった。
ドラガンは目を輝かせ、うんうんと何度も大きく頷く。
気が付くと群衆にはドワーフも混ざっていた。
どうやらドワーフたちの居住区でも、またドラガン坊が変なものを作ったそうだと話題になったらしい。
皆、手に手に朝食のパンとスープを持っている。
これを商機とみた食堂が出張販売に来たらしい。
酒場も負けじと塩漬け肉を薄切りにして販売している。
押し合いになりそうだったので、ロマンは怪我の防止のため地面に線を引き、そこから入らないように注意を促した。
さらに子供たちには最前線で見てもらった。
大半の村人がカーリク家の前の井戸に集まった。
それを見てロマンはドラガンに、そろそろ良いぞと合図した。
うんと頷いたドラガンはアリサの方を見てニコリと笑うと、水突きの取っ手を上下に振り始めた。
最初は取っ手がくくりつけられた布の軋む音だけが聞こえてくる。
村人たちは、しわぶき一つ発せずじっとドラガンの作った水突きを見つめている。
村人たちから見て、井戸の向こう側でドラガンが取っ手を上下に動かしている。
水突きには途中に穴が空いている。
何度目かドラガンが取っ手を上下させた際、ゴボッという水が詰まったような音がした。
そこからさらに取っ手を上下させると、ジャバジャバという音の後で、空いた穴から水が流れ出てきたのだった。
水突きの先に空の桶が置かれている。
そこからドラガンは何度も取っ手を上下させた。
その都度、水突きから水が溢れて出してきて桶に注ぎ込まれる。
「どう姉ちゃん! これ凄くない?」
アリサが何かを言う前に、村人たちから大歓声が巻き起こった。
アリサは呆然とした顔で、村の女性衆と一緒に手をパチパチ叩いている。
母は女性衆から、やっぱりドラガン君は凄いわねと背中を叩かれている。
セルゲイも村の男性衆から、あれはどうなっているんだと質問攻めになっている。
残念ながらセルゲイにわかるはずもない。
さあと引きつった顔で首を傾げるしか無かった。
ドワーフの首長タルナメラが、険しい顔でつかつかと井戸に向かって行った。
ドラガンの作った水突きの中を、じっと無言で観察している。
動かしてみても良いかと尋ね、恐る恐る取っ手を動かした。
普通水突きは、突き棒を上げると水を吸い込み、下げると水が出て行ってしまう。
実に不思議なもので、ドラガンの水突きは上げた時には水を吸い込むが、下げても水が出て行かないのだ。
タルナメラ首長は、工務店のモナシーと桶屋のハランを呼んだ。
二人も同様に取っ手を動かした。
タルナメラ首長は、どういうことかわかるかと尋ねる。
だが残念ながら、二人とも全くわからなかった。
真っ先に使わせてもらったロマンも、ずっと首を傾げている。
長期休暇中で、喧噪にやっと目が覚め遅れてやってきたザバリー先生が、何があったのかと村人に尋ねた。
村人たちから事情を聞くと、ザバリーは驚いて井戸に駆けつけた。
ザバリーはドラガンに使い方を聞き取っ手を上下に動かしてみる。
すると水突きの穴に付けられた管から水が流れてくる。
「これは一体……」
ザバリーは直接ドラガンに問いただした。
ドラガンの回答に、ロマンやタルナメラ首長も耳を傾けている。
ドラガンの説明は実に単純なものだった。
果汁水なんかを飲む時に、麦の穂を使って飲むことがある。
それと一緒で、井戸の底から水突きを使って水を吸い上げたということだった。
途中穴が空くと水が漏れるので、そこを塞ぐのに苦労したとドラガンは笑っている。
特に水突きとの接合部が何度も剥がれ、その都度補修し膠を塗るので、乾くまで時間がかかったとドラガンは頭を掻いた。
タルナメラ首長は、何で水が水突きから出て行かず一方的に吸い上がるのか尋ねた。
その質問にも、ドラガンの説明は実に単純だった。
家の玄関のドアみたいに、一方だけに開閉するドアを付けたというのだ。
ドアは布で覆われ、水突きの底の釘に縛られている。
水を吸う時には開くが、突き棒を押した時には閉じる。
だから水は突き棒をすり抜ける。
その説明を聞くとザバリーは、全部身近な物の応用じゃないかと酷く驚いた。
ロマンは、これを全ての井戸に取り付けることは可能かモナシーたちに尋ねた。
散々悩んだモナシーの回答は、残念ながらあまり芳しくないものだった。
ドラガンの作ったものは素晴らしいのだが、いかんせん耐久性が無さすぎる。
実際に村中の井戸に付けるとなったら、それなりに頑丈な物で作る必要がある。
できれば青銅か鉄が良いのだが、それだと錆びてしまう。
そこをどうするか。
いずれにしても、なんとしてでも実用化を考えていきたい、そうロマンは語った。
これを村の外に売り出せば、ベレメンドの村はかなり裕福な暮らしができるようになるだろう。
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