第15話 製図
ドラガンの水汲み器は、たった二日で壊れた。
村人たちは、水汲み器に興味津々で、我先にと動かして水を汲んだ。
水が汲みあがることに大喜びし、次は私、次は俺と、取っ手を上下させ、あっさり取っ手が取れた。
その後、突き棒を上下させていたら、突き棒が折れた。
壊れると今度は、ドワーフたちが、中身はどうなっているのかと取り外して確認した。
実に良くできている。
ドワーフたちは唸った。
水が出たというだけで満足し、すでに、ドラガンは興味を失っているが、村人たちの興味は、これからだった。
ドワーフたちは、ザバリー先生を呼び出した。
ドラガンに、製図の描き方を教えてやって欲しいと頼んだ。
そう言われても、植物学が専攻のザバリー先生には、そんな心得は無い。
そこで、年が明けたら資料を取り寄せ、二人で研究してみると、ドワーフたちには話した。
年が明けた。
新年というものは、ドワーフにとっても、人間にとっても、特別なものである。
人間は、『神』という唯一の存在を奉じて、生活している。
神に名前など無く、神は神である。
各村には、小さな教会があり神父もいる。
新年には、家族全員で、その教会を訪れ、一年の加護を祈るのが人間たちの新年の習わしである。
一方、ドワーフたちは自然崇拝。
大地母神『フード・アニャ』を主神として、炎、水、光の神を三侍神とした、多神教を信奉している。
キシュヴェール山には、神社がいくつか建てられており、神主が守っている。
そこに家族で出かけ、一年の無事を祈るのが、ドワーフたちの習わしとなっている。
各村で完結する人間たちと違い、ドワーフたちは、いくつかの村で一つの神社を利用する。
そのため、そこで、近隣の村々での情報交換が発生する。
年末に、ドラガンが作った井戸の水汲み器は、ドワーフたちのコミュニティに、噂として広まったのだった。
ベレメンドの村は、人間たちとうまく共存できていて羨ましい。
周囲の村のドワーフたちは、口々にそう言い合っていた。
もし、自分たちの村で、ドラガンのような子が生まれたら、人間たちだけで情報共有し、ドワーフに漏れないように緘口を敷く。
その後ドワーフたちは、よくわからない部品を、はした金で製作させられ、完成品を高額で売りつけられる。
人間たちは、どうやったらドワーフに対し優位な態度がとれるのか、そればかり考えている。
地位協定を、どこまで無視できるか、まるで、それを試しているかのようである。
もちろん、ベレメンドの村も、周辺の村々から、同じようにしろという圧力は受けている。
近隣の村に買いものに行くと、ベレメンド村の者だからという理由で、粗悪品を売りつけられたり、売ってもらえなかったりということがあるらしい。
これに対し、当然、村人たちの意見は二つに割れている。
だが、ベレメンド村では、周囲に流されず、ドワーフたちと共生すべきという意見が大勢なのである。
現在の村長のペトローヴは事なかれ主義であり、村人の多くがそう言うのであればと、今の方針を貫いている。
息子のロマンも、同じ方針で行くつもりだと周囲には言っている。
ドワーフたちには羨ましがられるが、人間たちからは眉をひそめられる、それがベレメンド村の実情なのだった。
年が明け数日すると、学校が再開する。
ザバリー先生は、周辺の村の学校に、製図の資料が無いか聞いてまわった。
だが、どこの学校からも、そんな資料は無いと言われてしまった。
当初ザバリー先生は、嫌がらせをされていると感じたらしい。
そこで、もしかしたら、資料室に眠っている資料があるかもしれないから、探させてくれと頼んだ。
すると、あっさりと許可された。
考えてみれば、基礎教育を行う学校である。
そんなところに、入門書とはいえ、工学の資料が置いてあるわけがないのであった。
やむを得ずザバリー先生は、ドワーフたちところへ行き、独自に製図を書いてしまおうということにした。
確かに、製図は、物づくりには重要なのだが、ようは作る側がわかれば良い話である。
ならば、作る側であるドワーフがわかれば、それで良いのだ。
そこからドラガンは、学校の授業もそこそこに、ザバリー先生と、ドワーフの居住区に通い詰めたのだった。
ドワーフたちも人を集め、人間側も人を集め、ドラガンとザバリー先生を中心に、何度も話し合いが行われた。
学校卒業まで、あとひと月というところで、井戸の汲み上げ器の製図が完成した。
そこからドワーフたちは、ドラガンの製図通りに部品を作り上げていった。
汲み上げ器側は、部品こそ多いが、ほとんどは鋳型でなんとでもなるものばかり。
問題は汲み上げ管の方だった。
各井戸によって、深さが異なっており、汲み上げ管の長さは異なる。
つまり、ドラガンがやったように、そこそこの長さの管を繋げるのが、現実的ということになった。
しかも、これも鋳型でというわけには、いかない理由があった。
技術力の問題なのか、どうしても管の径が大きくなってしまうのである。
管が太くなると、水の汲み上げに、何度も取っ手を動かさねばならなくなる。
結局、その部分は、皮を木に撒きつけ、にかわで固めるという方針を取ることになった。
いづれ技術が上がれば、満足の行くものができるのだろうが、現状では、これが精一杯だった。
ドラガンが学校を卒業した翌日、カーリク家の使用する井戸に、汲み上げ器の試作一号が取り付けられた。
前回壊してしまった罪滅ぼし、そういう名目だった。
ロマンとアリサが、二人で取っ手を上下させると、汲み上げ器から水が流れた。
それを見ると、集まった人たちは拍手した。
今度はそうそう壊れないからと言われると、子供たちも取っ手を上下させ、水だと言って大はしゃぎだった。
鋳型の元型は、すでにできたからと、製図はドラガンに返却された。
ドラガンは、それを、お気に入りのペンダントに入れると、首からかけた。
ドラガンの工作が、こんなことになるなんて。
アリサは、汲み上げ器に群がる村人たちを見て、複雑な感情を抱いていた。
自分の、これまでのドラガンへの接し方は、どこか間違っていたのではないか。
そう疑問を覚えた。
これでもう何度も釣瓶を落とさずに済むねと、無邪気に笑うドラガンに、アリサは、母さんが喜ぶと思うよと言って、ほほ笑んだ。
「姉ちゃんは喜んでくれないの?」
ドラガンは不思議そうな顔をしたが、アリサは呆れたという顔をした。
アリサは、もう少したらロマンのところに嫁に行くのだ。
そうなれば当然、カーリク家を出ることになる。
当然、アリサは別の井戸を使うことになる。
「何? まさか、忘れてたの?」
ドラガンはアリサから目を反らすと、何とも複雑そうな顔をしている。
ロマンは、そんなドラガンの頭に手を置くと、髪を乱暴に混ぜた。
次の汲み上げ器は、うちの近所の井戸に付けてもらうことになってるから、安心しろと言って、ドラガンの肩を叩いた。
「それよりもだ、ドラガン。結婚式が終わったら、行商だぞ!」
ロマンに背を叩かれ、ドラガンは、嬉しそうにロマンの顔を見上げた。
行商先のロハティンまでは、片道三日、向こうで十日商いをして帰ってくる。
ロハティンは、ベレメンド村とは比べ物にならない大都会で、圧倒的に人が多い。
周辺の村々の人を足しても、それ以上の人が、ごった返している。
まるで、毎日がお祭り騒ぎのようである。
当然、そんな街であるから、犯罪の件数も多く、危険も多い。
ドラガンの所持品を盗もうと、目を光らせているやつらが何人もいる。
「そんなことせずに、真面目に働けば良いのに」
ドラガンの言葉に、ロマンはきょとんとした顔をした。
そういう意味で言えば、彼らも、真面目にドラガンの物を盗もうと励んでるのである。
努力の方向が間違ってると、ドラガンは笑い出した。
ロマンも笑ったが、その透き通った瞳を見ると、瞳と同じように純真な心の義弟を、アリサの代わりに、ちゃんと守っていかねばと、強く感じたのだった。
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