第16話 結婚
村の小さな教会で結婚式が執り行われている。
アリサは母の編んだレースを頭に被り、白のドレスを身にまとっている。
ロマンはペトローヴ家に伝わる正装である。
先にロマンが神父の前に立ち、そこにアリサが父セルゲイに手を引かれ入場して来る。
二人が神父の前に揃って立つと、神父が経典を片手に二人に問いかける。
死が二人を別つまで、どのようなことがあっても二人手を携えていくことを誓えるか?
先にロマンが誓えると答えアリサを見る。
アリサも誓えると答えロマンを見る。
二人はお互い見つめ合い微笑んだ。
ロマンはアリサのレースを上げると、そっと口づけをする。
神よ、新たな二人の門出に祝福あれ!
神父はそう言って結婚の儀式をしめた。
二人は手を取り合い、教会からゆっくりと退いていった。
参列者はその光景を拍手で見送った。
ドラガンは、嬉しいような寂しいような、複雑な表情をしている。
母は嬉しそうな顔をしているが父は号泣だった。
結婚式が終わると、まだ陽も高いというに、村で唯一の酒場『ほうき星亭』に皆で大挙押し寄せた。
酒場の主人も前日から食べ物の仕込みを入念に行っており、酒が振舞われると酒場は大賑わいになった。
ペトローヴ村長夫妻は、やっとこの日が迎えられてかなりほっとした感じである。
ロマンには姉がいて別の村に嫁いでいるのだが、結婚式にかけつけ、酒場にも来ている。
ロマンの姉は、夫とさっそく酒を酌み交わしている。
そこにドラガンと父セルゲイ、母イリーナが入店した。
ペトローヴ村長はセルゲイにビールを手渡し肩を組むと、乾杯の音頭をとった。
酒場の参加者はドワーフが多かった。
それもそのはずで、人間とドワーフはお互いの神域には立ち入らないという協定がある。
もちろんそれは余計な諍いを起こさないようにするための知恵ではある。
だがこうした慶事にもそれは適用される。
ドワーフたちもロマン夫妻の結婚を祝福したい気持ちは非常に強かったのだが、残念ながら遠慮するしかなかった。
その代わり酒場では大いに呑もうということになったらしい。
酒場には、アルテムやゾルタン、ナタリヤも来ている。
すでにアルテムもゾルタンもそれぞれの工房に入り、見習い工員として簡単な仕事から始めている。
久々に会ったドラガンに、二人は仕事の話を楽しそうに話していた。
暫くアルテムたちと話していると一人のドワーフが近づいて来た。
上半身の筋肉ははちきれんばかりで無数の傷がある。
いかつい体とは反対に、目尻が垂れ実に親しみやすそうな顔である。
髭は長く胸の下まで伸びている。
それをハレの場だからと丁寧に編み込んでいる。
残念ながらドラガンは、そのドワーフが誰かよくわからなかった。
見たことはある、その程度だった。
ドワーフはラスコッド・ザラーンと名乗った。
ドラガンたち人間とドワーフたちは実は姓名の順が逆である。
ドラガンたちはドラガン・カーリクと名姓の順で名乗る。
アルテムもアルテム・ボダイネだし、ロマンもロマン・ペトローヴである。
それに対しドワーフは姓名の順で名乗る。
ゾルタンはハラン・ゾルタンで、父はハラン・ドミニクである。
タルナメラ首長はタルナメラ・クリシュトフという。
ラスコッドはドラガンに、今年から行商に参加するんだってなと、見た目に反し実に気さくに話してきた。
ラスコッドは冒険者稼業を営んでいて、毎回行商の護衛として雇われている。
行商は、通常、危険回避の為に周辺の村々と合同で向かう。
行商にトラブルは付き物で、例えば気温の変化で病に倒れる事もあるし、竜車の車軸が折れたりして竜車が動けなくなる事もある。
そういったトラブルも、複数の村で一緒に行けば助け合うことができる。
また各村でドワーフ一名、人間一名を護衛に付ける為、全てを合わせると護衛もそれなりの人数になる。
戦闘員が多くなれば山賊や盗賊に襲われづらくなるのである。
「ドラガン坊は武芸の心得はあると?」
学校の授業で一通り武器の扱いは習う。
だがザバリー先生からの評価は常に最低評価であった。
工作なら短剣も扱えるのだが。
ラスコッドはがははと高笑いをした。
ドラガンの額を指でつんと突くと、大事に育てられたんだなと嬉しそうな顔をする。
じゃあ行商の途中で賊に襲われたらどうするのだとラスコッドは尋ねた。
ドラガンは眉をひそめ、一言、困ると答えた。
ラスコッドは大笑いし、困ったって賊は襲うのを止めてくれないぞと指摘した。
自分の身が自分で守れるのが最適だが、それが無理なら、せめて多少なりとも抵抗ができないと。
そうは言っても、ドラガンはザバリー先生お墨付きの運動神経の鈍さなのである。
困り顔をするドラガンに、ラスコッドはまたガハハと笑い出した。
基礎から教えてやるから明日万事屋に来い。
そう言ってラスコッドはドラガンの頭を撫でた。
「まあ、お前さんは運動神経悪か聞いとるけん、どこまでやれるんか知らんがな」
ドラガンが不安そうな顔をすると、ラスコッドはビールを呑んで高笑いをした。
ロマンの坊主も最初は剣に振り回されて泣き言ばっかり言ってたが、今ではちゃんと自分の身は守れるようになった。
ドラガンもきっと上達する、そう言ってラスコッドはドラガンの背をパンパンと叩いた。
翌日、ドラガンはラスコッドに言われたように万事屋に向かった。
万事屋には、ラスコッド以外にもう二人のドワーフと人間が三人、それと店の主人の七人がいた。
ドラガンが入店すると、店の主人はおっと声をあげた。
少なくとも万事屋は村の発明少年が来るような場所ではない。
席を立ち、どうしたとドラガンの頭を撫でた。
万事屋は主人も冒険者の一人である。
すでに一線は退いているのだが、知識はあり、人が足りない時は主人も仕事に出かける。
その時は主人の奥さんが受付だけを担当する。
ラスコッドは、まずはどの程度やれるのか見たいから見せてくれと言って木の槍を手にした。
まずは得意武器から探っていこうと、木の剣を数種、木の斧、木の槍、木の短剣、弓を持って外に出た。
冒険者にはそれぞれ得意武器というものがある。
人間はどんな武器でも器用に扱うが、剣、刀、槍、弓を好む者が多い。
万事屋の主人も、ロマンも、セルゲイも、得意な得物は剣である。
一方ドワーフは、板斧、棍棒、槌、鉞や槍のような長柄の武器を得意な得物としている者が多い。
ラスコッドも槍を得意としている。
「どん武器でも良かけん、使いやすそうな物でかかってきんしゃい」
ラスコッドは木の槍を地面に突き立てると、そう言って高笑いした。
万事屋の中でも、ドラガンが行商に参加するという話は周知されている。
皆、自分が護衛する対象がどの程度の腕前なのか気になって見に来ていた。
半分は冷やかしである。
そう言われても、どれが合う得物なのか全くわからない。
とりあえず弓を持って見様見真似で矢をつがえてみる。
弦を引きラスコッドに向けて弦を放してみる。
だが、バインという変な音がして矢は自分の足元にぽろっと落ちた。
万事屋の人たちは大爆笑している。
笑いを堪えたラスコッドは、まずは無難に剣にしなさいとアドバイスした。
剣と言っても、片刃、両刃、長短さまざま。
その中からドラガンは短めの両刃剣を選んだ。
片刃刀と並んで、多くの人が腰に帯びるスタンダードな武器である。
ドラガンは真面目な顔で剣を手にすると、柄を両手で握りラスコッドを凝視した。
やあっと掛け声をあげて、剣を構えたままラスコッドに向かって走る。
だが、後少しでラスコッドに届くというところで、ドラガンはずべっとすっころんだ。
さすがのラスコッドも、これには我慢できず腹を抱えて笑った。
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