第50話 別れ

「ドラガンが死んで、お前はあのサファグンを最後まで庇い切る。傷心のあのサファグンをお前が慰めてやれば、それであのサファグンはお前のものだ。大丈夫、襲撃する奴らには上手い事言っておくから」


 買い物から帰った後、スニジネはそう言ってきた。

だから最後まで上手くやれよ、これが最後の大一番だからと。


 冒険者の一人も俺たちの仲間だ、そう奴は言った。

誰が仲間なのか尋ねたのだが、それは明かせないが、すぐにわかるだろうという事だった。



 明らかに一人、何度か護衛対象から離れる冒険者がおり、すぐにそいつが仲間だという事はわかった。

そいつともう一人の冒険者の三人、それにカーリク様、アルディノさん、ペティアさん。

その六人になった時、これが奴らの言っていた状況かと理解した。


 徐々に自然公園から人が減って行き、自分たちが孤立しているという事も何となく察した。

だが、ここで大きな誤算が生じた。

唯一何も知らないスヴィルジという冒険者が、とんでもない手練れだったのだ。

さらに、ろくな武器も持っていないはずのアルディノさんまで、かなりの手練れだった。


 長尺の片刃刀を構え襲撃者を威圧するスヴィルジに、計画は上手くいかないかもしれないと感じた。

結局、スヴィルジはそこで命を落とすのだが、アルディノさんが奮闘し、時間を稼がれた事でザレシエさんたちが合流。

しかも、そちらは執事の一人が矢傷を負っているだけで誰一人死んでいない。



 自然公園を脱しようという段階になって、自分たちの身が極めて危険な状況だとわかっているのに、それでもなお遺体を気に掛ける、そんな彼らの行動に驚きを隠せなかった。

ここでやっと奴らを裏切る決断を下した。


 自分が護衛を離れた隙に、二人の執事はカーリク様たちを守って奮闘した挙句戦死。

だが襲撃者も多くが傷つき完全に襲撃が失敗した事を知った。


「あいつらは失敗したんだと。これで私は自由になったんだと感じました。やっと……」


 クレピーは大粒の涙を流し泣き崩れた。



「クレピー。もう一つ喋ってもらわねばならぬ事がある。やつらのアジトだ。聞いているんだろ?」


 家宰ロヴィーは、床に伏せているクレピーにかなり事務的な声で尋ねた。

それでもクレピーが泣き続けると、ロヴィーは椅子から立ち上がりクレピーを蹴りつけた。


「泣いてないでさっさと言え! お前のせいでどれだけの関係無い人が死んだと思ってるんだ!」


 壁にもたれて座り込んだクレピーに、ロヴィーはさらに詰め寄った。


「街の南西の森の中です。先日見つかった館は囮で、その先に本館があります。彼らは竜産協会の支部の奴らでは無く本部のやつらで、トップはグレムリンです」


 ロヴィーはそれを聞くと部屋を飛び出して行った。



「ここアルシュタは安全、そう思ってもらおうと色々とやっているんだがな。どういうわけか想定外の危険ばかりが明るみになってしまう。今までの総督は一体何をやってきたんだよ……」


 苦々しいという顔をし、ヴァーレンダー公はすっかり冷めきってしまった紅茶を啜った。


「問題いうもんは、ちょっと目離したらいくらでも湧いてくるもんなんやと思います。事が大きうなる前にちゃんと膿を出しとかな大事になってしまうもんなんでしょう」


 ザレシエもそう言って冷めきった紅茶を啜った。




 ドラガンたちを呼びに一人の執事が現れた。

ご婦人たちがお帰りになるという事で呼びに来たと執事は述べた。

ではこれでとドラガンたち三人が席を立つと、クレピーが、せめて別れの挨拶がしたいと言い出した。


 ヴァーレンダー公はかなり渋った。

できればこのままひっそりと罪に服すべき、そういう意見だった。

ザレシエも同意見だった。


 だがドラガンは、女性三人はこの事を知らない、だから配置換えになったという事にして挨拶だけしてもらったらどうかと提案した。

それにアルディノも賛成した。

ドラガンがそう言うならと、ヴァーレンダー公は渋々最後の挨拶をする事を許可した。


 レシアたちとは総督府の玄関内の広間で合流。

クレピーが配置換えになるんだそうだとドラガンがレシアたちに話すと、女性三人はクレピーを見て非常に残念そうな顔をした。

総督府内の人事の話だからやむを得ないとアルディノが説明すると、女性三人はそういうもんなんだねと言い合った。


「クレピーさん。今までありがとうとうの」


 ペティアがそう言うとクレピーは大袈裟に頭を下げた。

ベアトリスとレシアも、ありがとうとお礼を言った。

クレピーは涙が溢れ、顔が上げられず頭を下げ続けている。



 そこに竜車が到着した。

最初にアルディノが乗り込み、次いで女性三人が乗り込んだ。

ドラガンが竜車に乗り込もうという時だった。


 突然、クレピーはドラガンを突き飛ばした。


「おい! 何するんや!」


 ザレシエが睨みつけた時だった。


 一本の矢がクレピーの右肩に突き刺さった。

さらにもう一本、今度は首を貫いた。

三本目。

正確に胸に突き刺さった。


 クレピーは即死だった。


 竜車の中でアルディノは女性たちに低い姿勢を取らせ、その上に覆いかぶさるように伏せた。

ドラガンもザレシエに服を引かれ竜車の影に隠れた。


 クレピーを監視するために付いて来た二人の執事は、剣を抜き周囲を見渡している。

だが四本目の矢は飛んでは来なかった。

遠くで何かの影が飛んでいくのが見えただけだった。




 宿泊所に戻った六人は温かい紅茶を淹れ無言で飲んだ。


「クレピーさん、良え人やったね」


 以前ペティアが描いたクレピーの似顔絵を見ながらベアトリスが言った。


「いつも私の事、心配して声かけてくれたんだよ」


 クレピーの似顔絵を見てレシアは泣き出してしまった。


「色々と相談に乗ってくれんさって、げに良え人じゃったね」


 ペティアも涙を流し紅茶を口にした。


 ドラガンも、ザレシエも、アルディノも何も言わずに黙っていた。

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