第51話 研究
翌日、ドラガンは久々にベアトリスを伴って毒の沼へ向かった。
建設小屋そのものは前回と変わりないが、野ざらしだった鍛冶場がちゃんと小屋になっている。
さらに、診療部屋の隣にテントが張られていただけだった病室もちゃんと小屋になっている。
また食堂は倍の大きさに建て替えている最中で、宿泊所も一棟増設中である。
前回無かった売店まで建てられている。
ここまでくると、もはやちょっとした村である。
建設小屋の隣の事務所ではトロルの採用手続きが行われている。
ドラガンたちは事務室奥のユリヴの執務室へと向かった。
ユリヴはドラガンたちを見ると、接客用の長椅子に座らせ自分も一緒に座った。
「今朝、総督府から連絡がありました。正式に開拓部という部署をつくるんだそうですよ」
そこまで言うと事務員が飲み物を持ってやってきた。
「え? ユリヴさんって部長じゃ無かったんだ」
ドラガンが驚くと、ユリヴは、部長『待遇』の平の事務員だと言って笑い出した。
それまでは資源管理部糧食課の平事務員だった。
ドラガンが来て、突然ヴァーレンダー公が特務事業を始めると言い出し、部内から事務員が選抜される事になった。
ただ事業の内容を聞いて皆尻込みした。
毒沼を畑に。
毒沼の毒で命を落とすかもしれないし、そもそもそんな事がやれるわけがない。
失敗すれば責任者は責任をとらされる事になる。
そんな雰囲気の中、ユリヴが手を挙げていた。
理由は純粋に面白そうだから。
事務室で書類整理ばかりより余程楽しそう。
希望通り特務事業に参加できユリヴは喜んだ。
ただ他にも参加する事務員がいると思っていた。
まさか参加した事務員が自分だけとは。
ドラガンたちが一旦エモーナ村に戻った時に家宰ロヴィーに呼び出され、責任者として部長待遇が与えられる事が告げられた。
部長待遇なのでしっかりと運営会議にも出るようにと。
そこからユリヴは毒沼の事務所と総督府を往復している。
街の統治を司っている偉い人たちに混ざって、アルシュタの運営会議で発言する事になった。
ロゾバ資源管理部長が逮捕された際、ヴァーレンダー公から臨時で資源管理部長をやれないかと打診されたが、さすがにそれは辞退した。
状況の説明を受けた後、毒沼の視察へと向かった。
大規模事業だけあって一度方針を示すとあっという間に作業地が広がって行く。
ベアトリスは毒の沼の現状にかなり驚いている。
最初に手を付けている区画はかなりふかふかした土になっていて、一面、色々な作物が植えられていたのだった。
この作物が実り、食べても問題が無ければドラガンの役割は完全に終わる。
つまりそれは、ヴァーレンダー公の誘いへの回答をしないといけない時期が近づいてきているという事であった。
朝からペティアはアルシュタの街の写生に出かけている。
一人で行ってまた誘拐されてはとザレシエが付き添っている。
正直言えばザレシエとしては、毒沼の工事の方が余程興味がある。
そもそもザレシエにはやる事が無い。
ペティアは一から教えるから一緒に絵を描いてみてはどうかと言っているのだが、ザレシエは頑なに固辞している。
ザレシエは理論で何とかなる問題は得意なのだが、絵のような感性に大きく出来栄えが左右されるような事は苦手としている。
それでもただ付いて来てもらうのは悪いからと無理やり絵を描かされた。
学生時代以来、久々にザレシエは絵を描いた。
出来上がった絵を見たペティア曰く、構図は素晴らしい、完璧と言っても良い、それ以外は才能の欠片も感じない。
これまでアルディノはレシアを連れて漁業の視察をさせてもらっている。
ただサモティノ地区はサファグンと共生する地区であり、大陸でも漁業の技術は最先端である。
結局、視察では見るべきものは何も無かった。
何も無いどころか、逆にアドバイスをする事の方が圧倒的に多かった。
そこで早々に養殖の研究に移った。
小舟を一艘借り、港から少し行った場所に生け簀を設置。
ただその生け簀作りもそれなりに苦戦した。
生け簀の基本は巨大な浮きで網を吊る事にある。
ただ海には波があり、それだけだと徐々に口が閉じてしまうしどこかに流れていってしまう。
そこで縁はそれなりの強度のある棒で支えなければならないし、錨で固定もしないといけない。
ただそれだけできれば、二つ三つと増やしていく事はそれほど難しい事では無い。
網は漁に使うものを購入し一日かけて編み込んだ。
レシアはさすが船長の娘だけあって網の編み込みが上手で、作業は思った以上に早く終わった。
養殖で重要な事は深さと餌だとアルディノは考えている。
船に乗って漁をしていた時から、魚の群れには深さがあると感じていた。
深すぎてもダメ、浅すぎてもダメ。
その魚が好む深さがある。
好む餌に関しては、昔からサファグンの間で釣りをする時の餌というものが決まっている。
その餌を小さな網に入れて、海の中で揺すれば徐々に生け簀の中に広がっていく。
魚が慣れてくると餌網を入れただけで魚が寄って来る。
さらに慣れると影が見えただけで寄って来るようになる。
実に可愛い。
ここまでの事は、サモティノ地区でもそれなり行っていた事ではある。
ただそれは小魚に限っている。
アルディノがやろうとしているのは大型魚である。
大型魚は小型魚を食す。
恐らく生きた魚しか食べないと思われる。
だから餌となる小型魚を養殖する必要があるのである。
どうせなら小型魚の餌になる小エビの養殖もしてみたいが、何の餌を食べるかわからない為、かなり後の事になるだろう。
養殖を開始した日、ペティア誘拐事件が発生した。
それから暫くペティアが禁断症状で大暴れした為、生け簀の世話ができなかった。
久々に生け簀に行くと、残念ながら五分の一ほどの魚が死んでいたのだった。
「この感じだと、それなりに上手くいってたみたいですね」
レシアが網で死んだ魚を生け簀からすくい出しながら残念そうに言った。
「まあ仕方ないさ。逆にこれだけ放置しとっても、それなりに生き続けるんじゃって事がわかっただけ収穫じゃ」
アルディノは前向きに考えていこうとレシアを慰めた。
そこから残った魚で養殖の観察を再開する事になった。
朝、市場で餌の小エビとイカを購入。
さらに捨て値で売られている規格外に小さい魚も購入。
借りている研究小屋に行くと、まずイカを裁く。
それをそのまま軒下に干しておく。
お昼にこれを炙って切れば昼食のおかずになる。
さらに小型魚に餌を与え少し捕獲。
これでも昼食のおかずである。
購入した小型魚を代わりに放す。
最後に大型魚にイカのワタと小型魚を与える。
研究小屋に戻ると、小型魚と干しておいたイカを炙って昼食にする。
ピクニックの朝のアレがあった為、アルディノはレシアに包丁の使い方を仕込む事にした。
「ドラガンは手先が器用じゃけぇな。ドラガンより上手うとは中々いかんじゃろうが、それでもそれなりに扱えにゃあ勝負にならんけぇなあ」
アルディノがそう言うとレシアは耳を真っ赤に染め上げた。
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