第52話 統治
ヴァーレンダー公ヴィークトルは、父ヴィトリンドから侯爵位とアルシュタ総督を譲られて、十年近くになる。
父ヴィトリンドは先王ユーリー二世の弟で、現国王レオニード三世からしたらヴィークトルは従弟になる。
ロハティン総督のブラホダトネ公ヴァレリーはレオニード三世の弟である。
つまりヴィークトル卿とブラホダトネ公も従弟という事になる。
ヴィークトル卿は学生時代から政治学に強い興味を持っていた。
強い都市を作る基礎は、経済、軍事、治安の三本柱。
そこに人事と外交を入れた五本の柱が統治の基本である。
アルシュタ総督に就任した当初、問題は山積だった。
都市づくりの三本柱のうち軍事だけがやたらと巨大で、治安はボロボロ、経済は貧弱。
経理部長は口を開けば増税の話。
軍の三役は予算をもっとよこせと言ってくる。
往来では毎日のように殺人事件が発生。
総督府の予算が高すぎると言えば、真っ先に職員を解雇すると言い出す始末。
アルシュタは軍事都市だというに、定期的に山賊が襲撃してきて好き放題に略奪される。
正直、どこから手を付ければ良いかわからないような状況だった。
総督になって二年目、王都アバンハードで会議の帰りに、たまたま通りかかった学府の前で一人の若い男が教授と議論をしていた。
議論と言えば聞こえは良い。
男は現宰相の統治を批判しており、教授がそれを嗜めているといった感じであった。
あまりにも議論が白熱してしまい。
警察隊の出動を招く事態に発展してしまった。
男は叫んだ。
「言論封鎖をして、まともな統治なぞできようはずがなかろう!」
警察隊の詰所に連行されそうになっている男にヴィークトル卿は尋ねた。
「お前がもし宰相だったとし、同じように批判されたらお前はどう対処する?」
警察隊は目の前の男性がヴァーレンダー公である事にすぐに気が付いた。
だがヴァーレンダー公が手で合図したので黙っていた。
「その批判が事実かどうかを調査します。事実でなければ呼びつけて注意します。もし事実であれば……」
そこまで言って男はヴァーレンダー公の目をじっと見つめた。
「その者を登用しその者に改革案を出させます」
ヴァーレンダー公はその若い男に、ならやってみろと言った。
「そなたを登用してやる。私の下でそなたが今口にした事が、本当にやれるかどうか試してみよ」
若い男――ロヴィーは半ば連行されるようにアルシュタに連れて来られ家宰となった。
それからヴァーレンダー公とロヴィーは二人三脚でありとあらゆる改革を行った。
現在街の治安を担っている憲兵隊は、それまでは海軍の一部署に過ぎなかった。
その為、その規模は恐ろしく小さかった。
それを憲兵隊のみでしっかりと治安維持ができるように海軍から独立させ規模を拡大した。
その分予算も付けたし憲兵総監の地位も軍の三役や各部長待遇にまで引き上げた。
同様に裁判所も地位を上げ、裁判所長も各部長待遇とした。
海軍は当時水兵しかいなかった。
そこで揚陸して作戦行動のできる海兵隊を組織させた。
普段は体力作りを兼ね荒地を開拓させ、居住区と農地を作らせている。
この海兵隊が陸戦のプロ集団として山賊の襲撃を退けるようになった。
ある程度農地ができると穀物が作られるようになり、アルシュタの財政赤字を多少軽減させる事になった。
残念ながら多少でしかなかったのは、内政改革によってそれ以上に出費が増えたからである。
だがボロボロだった治安はあっという間に改善し、往来で子供が迷子になっても行方不明にならず両親と再会できる程度にはなった。
それら大鉈の改革とは別に小さな改革も行い、総督府は非常に活気に溢れた。
ところがその改革に少し限界が見え始めていた。
開拓できる荒地が少なくなってきたのである。
残りは広大な毒の沼地とベスメルチャ連峰の山々。
それと暴れ川であるオスノヴァ川の氾濫危険地域。
そこにドラガンがやってきた。
これで沼地が農地にできれば、アルシュタの財政は恐らく赤字から微赤程度にまで改善するだろう。
極めて順調。
ヴァーレンダー公もロヴィーも、これまでの統治改革をそう考えていた。
アルシュタ総督になり、ここまで統治に敵対する者は全て法的に排除してきた。
だが残念ながら、どうやらそれは見える範囲に過ぎなかったらしい。
その事実を今回の事件がヴァーレンダー公に見せつける事になった。
総督府の門前で執事が何者かに射殺された。
つまり総督だろうが、公爵妃だろうが、世継ぎだろうが、弑逆しようと思えばいつでもやれるんだと言われたようなものである。
極めて順調どころか道半ばも良いところだった。
ロヴィーも今回の事態を深刻な事態と捉えたらしい。
クレピーが射殺された事を知ると、ヴォルゼル憲兵総監とベクテリー海軍事務局長を呼び、クレピーが自白した競竜協会の残党のアジトを襲撃させた。
クレピーが射殺された一時間後にはアジトを特定し、大量の海兵隊のセイレーンが取り囲んだ。
セイレーンたちは手に手に弓矢を持ち、逃げようとする者を次々に射殺。
完全に館に封じ込めたところで憲兵隊と海兵隊がアジトに突入した。
二十名を超えるグレムリンと四十名近い人間が拘束される事になった。
拘束された者たちは憲兵隊の詰所に送られ厳しい尋問を受ける事になった。
アジトに残された資料と拘束された者たちの証言から様々な事が判明した。
ここまでの一連のドラガンたちに関係した事件は、全てアバンハードの竜産協会本部からの指示であった。
さらに例の麻薬の密売、これを行っていたのもこのアジトであった。
アジトの地下には大量の麻薬が格納されていた。
アルシュタ海軍がドラガンたちを保護した事も本部に報告されていた。
資料によるとドラガンたちがエモーナ村に戻る際にも襲撃計画があった事がわかった。
だが船の手配に手こずったらしい。
アルシュタに戻ってくる際にも襲撃計画があったようだが、そこは時化で中止したらしい。
どうやって手に入れたのかドラガンたち六人の名簿があった。
恐らく同じものをアバンハードへ送付しているのだろう。
クレピーの買収、ペティアの誘拐もアバンハードからの指示で行われた事だった。
アバンハードからは、ヴァーレンダー公とドラガンを絶対に組ませてはならないという指示が来ていた。
その為、なるべくクレピーを利用し、ドラガンたちにヴァーレンダー公への不信感を植え付けるようにと。
その指示書を読んだヴァーレンダー公は怒りのままに執務机を叩いた。
叩いたまま拳を固く握り、わなわなと震えている。
「許さん! 竜産協会め! この私に刃を向けた報いを必ず受けさせてやる! 絶対に許さん!」
ヴァーレンダー公は再度執務机を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます