第53話 事件

 そろそろ秋の議会がアバンハードで開かれる。


 竜産協会の行いはアルシュタへの正式な宣戦布告、ヴァーレンダー公はそう受け取った。

秋の議会で対立を明確化させるという決意を固めた。


 だがやるからには勝たねばならない。

現状では恐らく現国王レオニード三世は弟の側に立つであろう。

宰相ホストメル侯も付いているのだから盤石だと彼らは考えているかもしれない。


 だが、ヴァーレンダー公にはどのような劣勢でも跳ね返せる自信がある。

とっておきの武器を隠し持っているからである。


 『国王殺し』『父殺し』

この事は関係者だけが知っている事と恐らく彼らは思っているだろう。

だがとある事情からヴァーレンダー公も知っている事なのである。

そしてエルフのドロバンツ族長に罪を擦り付けた。

これだけの事をばらされて、果たしてそれでも国王の椅子に座っていられるかどうか。


 噂で良い。

貴族たちの間にそういう噂を立てるだけで、彼らに付いている者の中に中立になる者が出るだろう。

また、中立だった者の中にこちらに付く者がいるかもしれない。


 さらにドラガン・カーリクが、こちらの陣営に属しているというのも極めて有利に働くだろう。

『ロハティンの惨劇』の生き証人。

ベルベシュティ地区の『水神アパ・プルーの使い』。

サモティノ地区での記録的な大勝。

さらにそこに毒の沼地の耕地化という名声まで今まさに手に入れようとしている。


 これだけの人物が陣営にいるというだけで、その技術にあやかりたいと欲する貴族が必ずや出る事だろう。

それだけに、できれば議会までにドラガンには腹をくくってもらいたいとヴァーレンダー公は考えていた。




「ヴァーレンダー公! 大変な事が起きました!」


 そう言って家宰ロヴィーが執務室に飛び込んできた。

正直ヴァーレンダー公は、またかという感じであった。

今度は何があったというのだ。

また竜産協会からみか、その程度に感じていた。


「アルディノ殿が憲兵隊に拘束されました! さらにレシア様が漁師たちに拐されて……」


 ヴァーレンダー公はロヴィーが何を言ってるのかイマイチ理解が追いつかなかった。


「漁師? 竜産協会の残党でなく? レシア嬢が拐されたんだとして、何でアルディノが憲兵隊に拘束されたんだ? 意味がわからん。その報告はどこまで事実なのだ?」


 ヴァーレンダー公は目を細め疑いの目でロヴィーを問い詰めた。

まあ落ち着け。

ロヴィーがパニックになっているのかと思い、そう促した。


「私も最初、プラマンタから報告を聞いて耳を疑いました。ですが、どうやらそれで間違い無いようなのです」


 ロヴィーもかなり焦っており、普段であればそこから一言二言助言があるはずなのだが、それが無い。


「とりあえずプラマンタを呼べ。詳しい話が聞きたい。全てはそれからだ」




 かなり長い時間が経過し、総督執務室のドアがコンコンと鳴った。

中からヴァーレンダー公の入れという声が聞こえる。


 ドアを開けたプラマンタは中にいる人物に驚いた。

ロヴィーがいるのは想定していた。

憲兵総監のヴォルゼルまで来ていたのだ。


 プラマンタが恐縮していると、ロヴィーが応接椅子に腰かけるように促した。

プラマンタが入室すると少し遅れてザレシエが入室してきた。



「早速で悪いのだが、何が起ったのか、そなたがわかっている範囲で報告してくれ」


 ヴァーレンダー公は一人離れた執務机の椅子に深々と腰かけ、そう命じた。



 プラマンタも最初は別の者からの報告でこの事を知った。

報告してきたのはプラマンタが懇意にしているリヴァディアという名のセイレーンで、普段は配達業を生業にしている。


 リヴァディアは配達の途中で憲兵隊に捕らえられているサファグンを目撃した。

ただそれだけであればリヴァディアもそんなに気にも止めなかっただろう。

そのサファグンは配達中だったリヴァディアに向かって漁港にいる女性を助けてくれと叫んだ。

彼女に何かがあったらヴァーレンダー公が困る事になると。


 よく見るとそのサファグンは暴行を受けたように傷だらけで、その時も黙れと言って憲兵隊に殴られていた。

明らかに状況がおかしい。

たまたまリヴァディアと同じように同僚のディアコプトという名のセイレーンがこのやり取りを目撃していた。

リヴァディアはディアコプトに漁港を見に行くようにお願いし、自身は総督府に急行した。


 総督府に到着したリヴァディアは、大至急漁港に来るようにプラマンタに伝えてくれと伝言し漁港へ急行した。



 か細い女性の叫び声は聞こえる。

だが姿が見えない。

先行したディアコプトも同様に感じているらしく、声のする場所をあっちに飛び、こっちに飛びして探している。


 これだけ探して見当たらないという事はどこか建物の中だろう。

リヴァディアは声の中心地付近に下りて建物を探し出した。

建物と言っても、この辺りは漁師たちの網小屋しか無い。


 恐らくこの小屋からだろう、そう思ってガラガラと無造作に戸を開けリヴァディアはそのまま絶命した。

胸を銛で一突きされたのだった。


 プラマンタが急いで駆けつけた時には、既にリヴァディアは海に投げ捨てられていた。

プラマンタはディアコプトに、憲兵隊の詰所へ行って援軍を呼ぶように指示した。

だがディアコプトは憲兵隊はダメだと言った。

意味はわからなかったが、ならば海兵隊だとプラマンタは声を荒げた。


 腰の細剣を抜くと、プラマンタは血の滴った扉を横から蹴り開けた。

目の前に銛が小屋から飛び出してくる。

プラマンタはその銛を持つ腕に剣を突き付ける。

小屋の中からぐっと言う声が聞こえ男が姿を現した。


 プラマンタは冷静に男の腹に剣を突き立て、わざわざ斜めに引き抜いた。

ぐわぁという声をあげ、男は腹を抱えてのたうち回っている。


 小屋に入ると中には三人の男が、両刃剣を構えてこちらを睨んでいた。

その先には裸にされたレシアが横になって泣いている。


 悲しいかなプラマンタもそこまで武芸の心得があるわけではない。

先ほどは扉の前から人の気配がしたので、それを逆手に取っただけに過ぎない。

三対一で斬り結んで勝てるとはとても思えない。

ここで自分がやれる事と言えば時間稼ぎくらいだろう。


 三人がじりじりとこちらに寄ってくる。

プラマンタはじりじりと小屋から退いていく。


 するとうずくまっていた男がプラマンタの足に銛を引っかけた。

プラマンタはその銛に足を取られ尻もちを付いてしまったのだった。


 それを見て中の三人が一斉に襲い掛かってきた。


 万事休す!


 そう思った時だった。

上空から一本の矢が男の一人の肩を射抜いた。

さらにもう一本。

その矢はもう一人の男の太腿に突き刺さった。

誰だと叫んで上空を見た三人目の男の足の膝を矢が射抜いた。


 プラマンタは礼も言わず小屋の中に駆け込み、自分の服の上着を脱ぎレシアに着せた。

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