第54話 絶望
ディアコプトと共に上空から降りて来た海兵隊のセイレーンたちは、網小屋にあったロープで男たちを縛り上げた。
小屋の中を見ると、服を引き裂かれた裸の女性が執事の上着だけを羽織り、セイレーンに抱きついて泣いている。
セイレーンは有翼種で服はその翼を避けた形状になっている。
その為、肩が露出した形状の服を履くように着ている。
女性はかなり際どい恰好になってしまっている。
ディアコプトも上着を脱いで女性にかけたのだが、それでも十分とは言えなかった。
衣類がいると言い合いセイレーンの一人が衣類を取りに飛んだ。
「お前ら軍人だろ! 民間人にこんな事してただで済むと思うなよ!」
縛られた男の一人が海兵隊のセイレーンに向かってそう叫んだ。
『無暗に民間人に暴力を振るったり威圧をする事を固く禁ず』、確かに軍法にしっかりと明記されている事である。
「お前らは軍法で死刑だ! くだらない正義感を振りかざした罰だ。ざまあみろ!」
縛られた男がそう言ってセイレーンを蔑んだ。
ヘラヘラ笑う男の顔に靴底が押し当てられた。
鬼の形相をしたプラマンタが男の顔を踏みつけたのだ。
「黙れ下衆! 総督府付き執事の私からの依頼だ。文句あるのか!」
プラマンタは完全に激昂している。
「は? 総督府の執事に何で下等民の『鳥野郎』がいるんだよ! ヴァーレンダー公は何考えてやがるんだ」
縛られた男の言葉に、プラマンタたちセイレーンは激怒し自我を失った。
『鳥野郎』は、人間たちがセイレーンを蔑んで呼ぶ差別用語なのである。
プラマンタは怒りに任せて縛られた男を何度も何度も殴りつけた。
そこにレシアの着る服を持ってきたセイレーンが到着した。
到着して目に入ったのは、プラマンタが失神している犯人たちを海兵隊のセイレーンの制止を振り切って殴り続ける光景だった。
さすがまずいと思ったセイレーンたちはプラマンタを引き剥がし落ち着けと言って頬を叩いた。
間の悪い事に、そこに海兵隊の援軍が到着したのだった。
海兵隊の隊員は『女性ものの服を持って執事のセイレーンに暴力をふるっているセイレーンの水兵』という光景を見てしまった。
客観的に見れば、そのセイレーンの水兵が奥の女性を裸にし、救出に来た執事にも暴行しているという光景に見えるだろう。
海兵隊の隊員は縛られた男たちを開放し、服を持ってきたセイレーンを拘束し、海兵隊事務所へ連れて行こうとした。
男の一人が一目散に逃げ出す。
セイレーンたちからそうじゃないと一斉に指摘を受け、海兵隊の隊員たちは大混乱に陥ってしまったのだった。
間の抜けた事に、そこから逃げた男の捜索をする羽目になった。
ただ、捜索する人数が多かったせいで逃げた男はすぐに見つかった。
海兵隊の隊員たちから、とりあえず詳しい話を聞かせてくれと言われ、関係者は全員、海兵隊の事務所に連れていかれる事になった。
だがプラマンタはそれを断固拒否。
「関係者は全員総督府が預かる! こいつらはとんでもなあ事をしでかしたんだ。奥の女性は総督の賓客なんだわ」
プラマンタの言葉にその場の全員が息を飲んだ。
「まさか、あの女性はカーリク様の……」
海兵隊の一人がそう言って言葉を詰まらせた。
「この街の為に土木工事を指導してくださっとる方のお連れの方を拐すとか。どんだけこの街のもんは恩知らずのクソたわけなんだよ……」
プラマンタは服を奪いとるように受け取ると、泣いているレシアのもとに行き、優しく服を着るように促した。
レシアは泣きながらもこくりと頷き、ロングのワンピースを着た。
レシアは身長が小さく、かなり裾が長く、布が余ってしまっている。
その辺にあったロープで縛って調整した。
服を着るとレシアはプラマンタに抱き着いて、再度わんわんと泣き始めた。
「宿泊所に帰ろまい。あそこなら安全だで。みんなが戻るまで私も一緒に付いとるで。ね」
プラマンタが優しく言うと、レシアは小さく頷いた。
立てるかいと聞くと、レシアは膝を震わせながらもなんとか立ち上がった。
ディアコプトは震えているレシアの手を優しくさすって落ち着かせようとした。
小屋から飛び立つ前にプラマンタは、海兵隊の隊員たちに、憲兵隊にアルディノが連れて行かれた事を話し、連行した憲兵隊もろとも総督府に連れてくるように指示をした。
ディアコプトと共に宿泊所までレシアを抱えて飛んだプラマンタは、宿泊所の主人に風呂の準備をするようにお願いした。
まだ陽は高いが女性たちの中には仕事から帰るとまずお風呂という娘がいる。
レシアがそのタイプで、既に風呂の用意はできていると主人は風呂場へ案内した。
レシアが風呂に入っている間、プラマンタは紅茶を淹れた。
本当なら、まず総督府に報告を入れるべきなのだろうが、付いていてあげると言った以上、総督府から何か言ってくるまで付き添うべきだろうと考えた。
そこでディアコプトに代わりに報告に行ってくれとお願いした。
風呂から出てプラマンタの淹れた紅茶を飲んだレシアは、また涙をこぼした。
その姿を見てプラマンタは、もう駄目だろうと感じた。
プラマンタは、ドラガンたちの手紙を届けにエモーナ村に行っている。
その際、レシアの母アンナにも会った。
アンナは実に気さくな人で、一緒に酒を呑みに行こうと言ってはプラマンタにレシアが心配だという話を何度もしていた。
その中で、レシアがこれまで村からほとんど出た事が無いという事を聞かされた。
紅茶を飲み終わり、それでも泣いているレシアをプラマンタは、疲れただろうからひと眠りしてはどうかと促した。
レシアは渋ったのだが、目が覚めた頃には皆来てくれるから、それまでは私もここにいるからと言われ、小さく頷いて自分の部屋へと向かって行った。
「で、今、レシア嬢はどうしておられるのだ?」
ヴァーレンダー公は悲痛な顔でそう尋ねた。
「自室で震えて寝とります。顔を何度か叩かれたようで、どえらい頬が腫れとります。もしかしたら、精神的にもう限界かもしれません」
プラマンタの説明にヴァーレンダー公は頭を抱えた。
「ドラガンが沼地から帰って来て、レシアに付き添ってますけど……」
そう言ってザレシエも首を横に振った。
「そうだ、アルディノはどうなったのだ? 憲兵隊に拘禁されたと言っていたが……というか、何で拘禁されたんだ?」
ヴァーレンダー公の問いに、ヴォルゼル憲兵総監は椅子から立ち上がり、申し訳ございませんと頭を下げた。
憲兵隊員は単なる人間とサファグンの揉め事だと勝手に判断したようで、理由も聞かず暴行を受けているサファグンが悪いと判断したらしい。
さらに連行しようとすると暴れたため『鎮圧』した。
連行中にも大声で喚いた為、『静かにさせた』のだそうだ。
「つまり何か、ただサファグンだというだけで、憲兵隊員は理由も一切聞かず、問答無用に一方的に暴力を振い続けたというのか。それがこの街の治安維持のやり方だというのか」
ヴォルゼルは再度申し訳ございませんと頭を下げた。
「それとアルディノ殿ですが、総督府に連れて来られた時点で全身の打撲が酷く、今、病院の方に……」
ロヴィーの報告にヴァーレンダー公は大きくため息をついた。
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