王都アバンハード

第6話 訪問

 プリモシュテン市にマーリナ侯が執事のキドリーを伴って訪ねてきた。


 マーリナ侯はあまりの街の急発展に驚きを隠せなかった。

こんな短時間で街はできるものなのかとキドリーと言い合っている。

よく見ると外壁は土レンガという粗末な作り。

粗末でもまずは作り上げ徐々に改修していくという方針かと感心している。


 街の南には広大な畑が広がっている。

どの植物も青々としており、夏に実る野菜を農夫たちが収穫している。

これだけ広大であれば、ここの者たちの腹を満たして、さらに余裕も出るだろう。

およそここが二年前には広大な毒の沼だったなどと、一体誰が信じるであろうか。


 街道の脇には木が植樹されていて、まだ背は低いものの緑の葉をふんだんに携えている。

白や桃の花を付けている木もある。

街であるはずが、どこか田舎の原風景を感じるのは、恐らくこういうところであるのだろう。


 数年もしたらここはマーリナ侯爵領で最も美しい街に育つかもしれない。

マーリナ侯とキドリーはあちこちに目をやりながら二人でそう言い合った。



 マーリナ侯は工員宿舎に行く途中にポーレたちを目撃する事になった。

アテニツァとクレニケに指導を受け、かなり厳しい実戦訓練をしている。

伊達にマーリナ侯もこの歳になるまで貴族として統治してきたわけではない。

何となくその訓練が通常の戦闘訓練とは異なる気がして嫌な予感を覚えた。




 応接室に入るとマーリナ侯は出された茶を啜り、ドラガンたちが来るまでの間バルタと話をしていた。


「カーリクとポーレの様子はどうだ? 少しはアリサさんの喪失から立ち直れたのか?」


 バルタの表情は答えるまでも無く『否』と書いてあるようであった。


「一歩は踏み出しました。ですがまだ皆どこか自棄になっているような気がして……」


 マーリナ侯はアリサとはつい最近まで面識は無かった。

マーリナ侯爵領に受け入れを求めてきた十一人の中にアリサがいたという程度であった。

これから都市計画だけの更地に放り出されるというに、赤子を抱えた女性がどうやって生きていこうというのだろうと酷く心配したのを覚えている。


 十一人の中で女性はアリサ、エレオノラ、レシア、ベアトリス、ニキの五人。

ある時、マーリナ侯の妻が女性たちをお茶会に招きたいと言い出した。

マーリナ侯は出席を遠慮したのだが後に妻からその時の様子を聞いた。

レシア、ベアトリス、ニキの三人はアリサを実の姉のように慕っていて、アリサも赤子のエレオノラの面倒をみながら三人を気にかけていたのだそうだ。


 マーリナ侯の妻はアリサは客人なのだから、もう少しゆったりしたら良いと笑った。

だがアリサは、小さい頃からドラガンという利かん坊の世話を焼いてきたので、性分として沁みついてしまっていると苦笑いしたのだそうだ。


 そこからマーリナ侯の妻はアリサの事を気に入ったようで、事あるごとにアリサたちをお茶会に招待し、プリモシュテン市に行く頃にはエレオノラを抱きながらお茶を飲んでいたのだそうだ。

アリサが惨殺されたという報を聞き、マーリナ侯の妻は長年の友人を失ったかのように悲しみに暮れていた。


 マーリナ侯の妻はすぐにでも行ってあげて『プリモシュテンの子たち』の力になってあげてと夫に懇願した。

だがそれを家宰のデミディウが制した。

今行けば彼らは復讐の許可を得たと感じるであろう。

もうすぐ春の議会がある。

もし彼らが暴走でもしたら、議会でマーリナ侯はその事を糾弾されることになる。

ここはマーリナ侯には冷静になっていただき、あくまで政治的にこの問題を解決すべきであると。


 マーリナ侯としては政治的に解決する為には、彼らの現状を知っていく必要があると感じた。

そこで議会に行く前にドラガンたちに会っておいた方が良いと考えて、今ここに来ている。



「カーリクは今どうしておるのだ? ここに来るまでに姿を見なんだが?」


 バルタはドラガンの話題を振られるとくすりと笑い出した。


「よくはわからないんですけどね、毎日湯を沸かして頭を悩ませてます。私もざっと説明はしてもらったんですが、どうにもそういう方面は……何でも湯を沸かして竜車を走らせるんだそうですよ」


 マーリナ侯とキドリーは同時に首を傾げた。

あまりにも突飛な発想すぎて、バルタの説明すら意味がわからなかった。


「湯を沸かすって……それで何で竜車が走るんだろうな? 正直何がしたいのか全く見当が付かんな」


 マーリナ侯はバルタと笑い合っている。

だが、ふとヴァーレンダー公から聞いた沼の水抜きの話を思い出した。

ヴァーレンダー公もどうして水が抜けるのかと説明を受けたのだが、全く何を言ってるか理解ができなかったらしい。

濡れたへちまだと説明をされたとヴァーレンダー公は笑っていた。

その時はただ一緒になって笑っていただけだったが、なるほどヴァーレンダー公はその時こんな感覚だったのかとマーリナ侯は苦笑いした。



 応接室にアルディノが入室してきた。

アルディノはマーリナ侯に挨拶をすると、バルタにいくつか報告をし何かを言い合っている。

漏れ聞こえる話はこの街の人事の話らしい。

最近、ボヤルカ辺境伯領からの移民希望が多いらしく、宿舎の空きが残り少ないと言い合っているらしかった。


 続いて遅くなりましたと煤まみれの顔でドラガンが入室してきて、アルディノからせめて顔を洗ってこいと叱責を受けた。

ドラガンはぽりぽりと頭を掻き、マーリナ侯に軽く挨拶をし、一旦部屋を出て行った。


 それと入れ違いに、ザレシエとポーレが入室してきた。

明らかに以前と顔つきが違うとマーリナ侯は感じた。

二人とも目つきがきつくなった。

表情にも笑みが無い。

マーリナ侯に挨拶をするのだが、口数もどこか少ないという感じであった。


「ポーレ、今回のことは、その……大変残念であった。我が妻も悲しみにくれており未だに立ち直れておらん。犯人を処罰しろと私の顔を見るたびに言ってくる有様だ」


 執事に犯人を調べさせているのだが目撃者もろくにいない状態で、捜査は難航してしまっている。

そもそも何でわざわざ遺体をオスノヴァ川なんかに捨てに行ったのやら。


「犯人はわかってますよ。グレムリンです。オスノヴァ川に捨てたんは、うちらとオスノヴァ侯の関係にひびを入れる為やと思います。いづれにしても、犯人がグレムリンやいうことですから、その後ろにおるんは竜産協会の奴らですわ」


 ザレシエの低く唸るような喋り方に、マーリナ侯もキドリーもぞくりとした。

グレムリンの犯行というのはマーリナ侯も報告で聞いている。

そのグレムリンがどこから来たのかを探らせているのだが、痕跡すら見つからないのだ。


「奴らの小屋には、長期にわたってこの街を見張っとった痕跡がありました。恐らくじゃがあの感じじゃとアリサさんの首を斬り逆さ吊りにして、流れた血を飲みよったのじゃ思う。それらしきロープもありました」


 静かに低い声でアルディノが言った内容にマーリナ侯とキドリーは戦慄を覚えた。

もしそれが本当だとしたら、グレムリンのどこが人類だというのだろう?

猿鬼ゴブリンそのものではないか。

いや、亜人たちの神話に出る悪魔そのものだ。


「私は次回の議会でグレムリン狩りを提案しようと思う。ヴァーレンダー公には事前に相談しており、御仁も賛同してくれている」


 プリモシュテンの五人の首脳は静かに頷いた。


「それとこれはヴァーレンダー公からの要請だ。カーリク。次回の議会にそなたも来るようにとのお達しだ」

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