第7話 会談

 議会が始まるよりかなり早くヴァーレンダー公は海路で王都アバンハードに入った。


 到着して二日ほど屋敷でゆっくり過ごし、その間に国王へ謁見の申請を行った。

さすがにヴァーレンダー公は公爵であり国王も無下にはできず許可を出した。


 ヴァーレンダー公は、トロルのマクレシュに正装をさせ、親衛隊長バラボイと共に帯同し王宮へと向かった。

国王レオニード三世はヴァーレンダー公の顔を見るとかなり面倒そうな顔をし、何の用かと問いただした。


「ブラホダトネ公が、ヴァレリーが暗殺されそうになったという報告はお聞きになりましたか?」


 レオニード王は、すぐにはヴァーレンダー公の言う事が理解できなかった。

だが突然ガタンと椅子から立ち上がり、真かと問いただした。


「私の派遣した監査官が暗殺したという筋書きが書かれる予定だったようですが、事前にそういう陰謀があるかもと忠告を受けまして。密かに我が用心棒をヴァレリーに付け事なきをえました」


 国王は力無く椅子にへたりこんだ。

それまでかしずいていたヴァーレンダー公は、すくっと立ち上がり、責め立てるような目で国王を見ている。


「その……ヴァレリーを暗殺しようとしたのが誰かはわかっておるのか?」


 レオニード王は酷く動揺し、少し声を震わせてヴァーレンダー公に尋ねた。


「陛下、いやレオニード。お前たちの悪仲間はお前たちを邪魔者だと判断し排除に動き出したんだよ。ここでそいつらの名前を言ってやっても良い。だがそれだとお前が困るだろうから、あえて名前は伏せてやってるんだよ」


「な……何の事だ?」


「もう全ての悪事は露呈してしまってるんだよ。それを春の議会で全て話してしまっても良いんだぞ? そうなったら自分がどのような事になるか、それが想像できないほどお前は愚かではあるまい?」


 それでも知らないと顔を引きつらせながら白を切るレオニード王に、ヴァーレンダー公は大きくため息をついた。


 お前たちはそれぞれの利害に基づき手を組んだ。

そして数々の悪事を重ねてきた。

ところがそのほとんどは証拠が残ってしまっている。

その証拠を消そうとさらに悪事を重ねてきた。

だがもはやほころびは繕えきれないところまできてしまっている。

そしてついには邪魔になった者から消されようとしている。

そのうちお前の番も来るだろう。


 ヴァーレンダー公の指摘に、レオニード王は動揺で椅子に立て掛けてあった杖をぱたりと倒した。


「ヴァレリーは殺されかかってやっと目が覚めたぞ。単身ロハティンを逃げ出し、今アルシュタの私の屋敷にいる。今回の件の最大の証人であるドラガン・カーリクも議会に出席するように呼んである。お前の罪が消えるわけではないが、せめて自分で後始末くらいはしたらどうだ?」


 後始末。

国王としての最後の務めをしてから幽閉されろということである。

議会で糾弾されれば最悪公開処刑である。

それよりは先手を打って悪仲間を先に始末して蟄居になった方が良いのではないか?

それがヴァーレンダー公の慈悲であった。


「……私の後はグレゴリーに継がせてはもらえないだろうか?」


 簒奪さんだつ禅譲ぜんじょうは勘弁して欲しい。

レオニード王は一段高くなった王座から降りひざまづいた。

そんなレオニード王の肩にヴァーレンダー公はそっと手を置いた。


「それも含めて、別室で今後の事を話し合おうじゃないか」




 二人で別室に向かい、飲み物だけを運び込んでもらい、親衛隊長のバラボイに絶対に誰もこの部屋に入れるなと命じた。


 アルシュタ産の高級な紅茶を飲んで人心地つくと、ヴァーレンダー公は議会冒頭で退位を宣言するべきだと進言した。

その上で事の元凶である者たちの名前を公表し討伐を呼びかける。


 関連する者たちの処分がどの程度の人数まで膨れ上がるかはわからないが、心を鬼にして徹底して行わないといけないだろう。

最終的には完全に支配されてしまったロハティンの解放にも動かないといけない。

だがそれらは新王の最初の事業とした方が良い。

全てはレオニード王の悪政のせいだったということにするのだ。

後世の評価は最悪になるが、そもそも親殺しで即位したのだからそれは甘んじて受け入れろ。


 レオニード王は返す言葉も無かった。


「宰相はどうする気なのだ? 当然ホストメル侯も罷免なのだろう? それと後継のロハティン総督は誰を考えているのだ?」


「それはグレゴリーとじっくり決める。お前にはもう関係の無い事だろう?」


 それもそうだ。

レオニード王は、そう呟いてがっくりと肩を落とした。



 すると部屋の外から何やら金属がぶつかり合うような激しい音が聞こえてきた。

レオニード王は驚いてヴァーレンダー公の顔を見た。


「何の騒ぎだろう?」


「ホストメル侯が宮廷警護隊のニコルスクにお前の暗殺を命じたのだろう。もしかしたらグレゴリーもろともな。だが、そこのドアの外にいるトロルは大陸一の武芸者だ。奴を破ってここに入る事は不可能だよ」


 グレゴリーの所にも念のため用心棒を派遣している。

マクレシュほどでは無いが、そんじょそこらの者では何十人が束になっても歯は立たないだろう。


「これでよくわかったであろう。グレムリンなんぞにそそのかされやがって」


 『グレムリン』という単語が出ると、レオニード王は視線を落としため息をついた。

そうするしかなかった。

絞り出したような声でそう呟いた。


「巧みなんだよ……人の欲望をくすぐってくるのが。誘いに乗るまでは徹底して下手に出て利を解いてくる。乗ったが最後それを脅迫のネタにいう事を聞けと脅してくるのだ。脅しに屈したら、さらにそれをネタに脅しをかけてくる」


 レオニード王は今にも泣き出しそうな顔で声を震わせて独白した。

だが、そんなレオニード王をヴァーレンダー公は冷めた目で見ている。


「国王たる素質がハナからお前には欠けていたのだよ。先代ユーリー王が生前よく言っていた。お前が道を踏み外した時はぶん殴ってでも矯正してくれってな。それができるのはお前だけだって」


 レオニード王からしたら初めて聞く話であった。


「ならばなぜ、どうしてこうなる前に殴ってくれなかったんだ。もっと早く手を下してくれていればこんな事態にまではならなかったのに……」


 振るえる声でレオニード王は訴えた。

そんなレオニード王をヴァーレンダー公は呆れるような目で見た。


「まさかお前に父を殺して王位を『簒奪』するような大それた真似ができるとは思っていなかったんだよ。気付いた時にはもはや手遅れだったんだ」


 レオニード王は無言で項垂れた。



 気が付けば部屋の外の剣戟の音が止んでいる。

こんこんとドアをノックする音がする。


 ヴァーレンダー公は剣を鞘から出し、ドアの横に立ち短く何事かと尋ねた。


「宮廷警備隊の襲撃を受けましたが、無事撃退いたしました。副隊長のウルズフという者を捕らえましたがいかがいたしましょう?」


 その声は親衛隊長のバラボイの声であった。

少し息は上がっているが、バラボイが指示を仰いできたという事は、マクレシュも無事ということであろう。


「ウルズフは首を刎ねろ。国王への反逆は大罪だ。それと降伏した隊員は全員武器を取り上げ縛り上げろ。第二陣が来るかもしれん。その時は恐らく矢を撃ってくる。隊員はその時の盾にしてしまえ。それと今のうちに休んでおけ」


 ヴァーレンダー公の命にバラボイは御意と短く答えた。

先ほどの戦闘はかなり激しかったと見えて、かなり息が上がっている。



 剣を鞘に納め椅子にどかりと座ると、ヴァーレンダー公はレオニード王の顔をちらりと見た。

レオニード王は沈みきった顔をしており、絶望感を全身から醸し出している。


「……暫く会っていないが、アリーナさんとヴァシルは息災か?」


 まるで何十年も会っていなかった友に語り掛けるようにレオニード王は尋ねた。

ヴァーレンダー公は、二人とも元気にしていると短く答えた。


「私もあのような心優しき女性を妃にできていたならばなあ……」

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