第8話 自害

 パラーツ宮殿をヴァーレンダー公の屋敷の者たちが取り囲んでいる。

親衛隊長のバラボイは宮廷警備隊のウルズフ副隊長の首を刎ねると、一本の矢を外に放った。

矢には笛が付いており、ぴぃぃと音を立てて大空へと飛んで行く。

それを合図にヴァーレンダー公の屋敷から一斉に武器を手にした者たちが宮殿内に向かったのだった。


 『ヴァーレンダー公が謀反』


 その光景を見たアバンハードの市民たちは騒然となってしまっている。


 明らかに変事が起こっているパラーツ宮殿をアバンハードの軍が取り囲んでいるのだが、相手がヴァーレンダー公の家紋である『炎を食べる怪鳥』の描かれた旗を掲げており手が出せずにいた。


 すると徐々に他の貴族の屋敷からも使用人たちが武器を手にアバンハードの軍の外に集結してきてしまった。

そのせいで、アバンハード軍は余計に手出しができなくなっていた。


「聞け! アバンハードの兵たちよ! 今、この宮殿ではこの国の未来に関わる大事な会談が行われている。手出しは無用! 大人しく静観せよ!」


 アバンハード軍を外から囲んでいる使用人たちの中から、若く張りのある声が響き渡った。

男性は剣を天に掲げ注目を浴びている。

使用人たちは自然とその男性の前に道を作った。


「これはスラブータ侯! これは一体どういう事ですか?」


 アバンハード軍の総司令官であるゾルキノ将軍は前に進み出てスラブータ侯に事情の説明をお願いした。

そのゾルキノ将軍の態度からスラブータ侯は、軍はまだ『奴ら』に取り込まれていないという事を察した。


 スラブータ侯が説明を始めようとした時だった。

宮殿のテラスから怒声が飛んできた。


「何をしておる!! 早く謀反者を掃討せぬか! 国王が人質に取られておるのだぞ!!」


 ゾルキノ将軍は動揺した。

そう命じているのは宰相のホストメル侯なのだ。

宰相の命は国王の命と同義である。


 二人の話を総合して判断すれば、回答は一つであろう。

ヴァーレンダー公がスラブータ侯と組んで謀反し、王宮で国王を人質に立てこもり、宰相が討伐を命じている。


 ゾルキノ将軍はスラブータ侯の言葉を無視し、隊列に戻り宰相の命に従おうとした。

腰の剣を抜き空に掲げる。

その時だった。

宰相の後ろから一人の身なりの良い男が返り血でべっとりとなっているトロルに護衛されて現れたのだった。


「ヴァーレンダー公の手紙を読ませてもらった。ホストメル侯! よくも母と組んで祖父を殺害してくれたな! それだけじゃない、グレムリンを使ってスラブータ侯をグレムリンに食べさせるとか、一体どういうつもりなのだ!」


 その身なりの良い男の怒声を、パラーツ宮殿を取り囲む兵たち全員が聞く事となった。

あっという間に形勢は逆転した。


「……ぐ、グレゴリー様」


 ホストメル侯の顔は、まるで悪霊レイスにでも憑りつかれたかのように蒼白となり、目を大きく開き唇を震わせている。

一歩また一歩と力無く後ずさる。


「何故に私を暗殺しようとしたのだ! いや私だけではない! 何故父まで暗殺しようとしたのだ!」


 その声は全てアバンハード軍にまで届いている。

ゾルキノ将軍は振り上げた剣をゆっくり鞘へと納めた。


「違う……私は……謀反人から国王陛下やグレゴリー様を守ろうと……」


 ホストメル侯が後ずさりながら言い訳を始めると、グレゴリー王子の後ろから別の返り血まみれのトロルが現れ、縛り上げられた宮廷警備隊長のニコルスクを突き出した。


「言い逃れができるとでも思ってるのか? この者が全て吐いたのだぞ?」


 ホストメル侯は、ゆっくりと後ずさった。


「あっ!!」


 多くの者が声をあげた。

ホストメル侯はテラスの手すりから真っ逆さまに落ち地面に頭を打ちつけてしまったのだった。



 国王レオニード三世がヴァーレンダー公と共に宮殿の入口から姿を現した。

返り血で真っ赤に染まったバラボイとマクレシュを従えており、その姿にヴァーレンダー公の執事や使用人たちは歓声をあげた。

国王の無事な姿を見れて、アバンハード軍もほっと胸を撫で下ろした。


 だがただ一人ヴァーレンダー公だけが渋い顔をしている。

目の前で首を変な方向に曲げ、手足をぴくぴくと動かすホストメル侯を、道端に捨てられたゴミでも見るかのような目で見ている。




 翌日から貴族たちが続々とアバンハードにやってきた。

ホストメル侯の一件を知ると、皆一様にやるせないという顔をした。




 コロステン侯はアバンハードに到着すると、その足でヴァーレンダー公の屋敷を訪れた。

そこで一人の青年を紹介されることになった。

マーリナ侯と一緒にヴァーレンダー公と楽しく談笑している青年は、恰好からして到底貴族には見えない。

マーリナ侯はその青年を我が領内の特区の責任者だと紹介した。

それに対しヴァーレンダー公が少し納得いかないという顔をしている。

その時点でコロステン侯は、その青年が噂のドラガン・カーリクだと察した。


 ドラガンがコロステン侯に丁寧にお辞儀をし挨拶をすると、マーリナ侯もヴァーレンダー公も、随分社交界に慣れたと見えると大笑いであった。


 マーリナ侯はコロステン侯に、彼が例のロハティンの惨劇の生き残りだと説明した。

そして街道警備隊に討伐隊を仕向けられた事、乗っていた船の竜を麻薬で殺され漂流した事、つい先日などは慕っていた姉を奴らに惨殺された事などを話した。


 つまりこの目の前の青年が毒の沼を平地に変える術を編み出した天才。

そしてこの人物が、ヴァーレンダー公が盟友と持て囃している人物。

だが一見するとその辺の農民や漁師にしか見えない。

何とも不思議な青年だとコロステン侯は感じた。



「ヴァーレンダー公、このカーリクたちの為にもグレムリンの一掃作戦、成功させたい所ですな」


 マーリナ侯が紅茶を啜ると、ヴァーレンダー公もうんうんと頷いた。


「もはやグレムリン掃討に反対する者はいないだろうが、問題は場所だ。ホストメル侯が恐らくはそれを把握していたのだろうが、残念ながら自害に近いような死を選ばれてしまってな」


 ヴァーレンダー公は紅茶のカップを机に置き、腕を組んで悩み始める。

執事たちから報告は受けていたが、このヴァーレンダー公の態度からホストメル侯自害の件はどうやら本当の事らしいとコロステン侯は改めて感じた。


「ブラホダトネ公が知っておられるのでは? 今アルシュタに逃げておられるのでしょう?」


 マーリナ侯の発言にコロステン侯は紅茶を噴き出しそうになった。

あのブラホダトネ公が何故アルシュタに逃げることになったのか?

にわかには信じられない。

だがヴァーレンダー公が眉一つ動かさないところを見ると、どうやらこれも本当の事らしい。


「あやつはどうもロハティンでは傀儡かいらい(=あやつり人形)に近かったらしいな。私への対抗心は強かったようだが、それ以外は妻のヤナと家宰ヴィヴシアが取り仕切っていたらしい」


 周囲の者が悪事を重ねている事は知っており、それが領主たる自分の責任になるという事に怯えていた。

どうやらその感情を利用されてしまったらしい。

ロハティンで起きた事件の中でもとりわけ問題の大きい事件を報告され、これを大事にされたらロハティン総督としてどんな処分を受ける事になるだろうかと、事ある毎に脅されたらしい。


「知っている者がいるとすれば、あいつを裏で脅していたヴィヴシアか、オラーネ侯、マロリタ侯辺りがもしかしたら……」


 ヴァーレンダー公はそう言いながらカップを揺らし、少し残った紅茶から漂う香を楽しんでいる。

恐らくは喋りながら情報を整理し、思案を続けているのだろう。


「どの者も今回の議会は欠席ですな。そうなるとやはり竜産協会の事務方の幹部に黒幕がいると考えるのが筋かもしれませんな。もしかしたら現職じゃなく過去に幹部だった者かも」


 そこは自分とスラブータ侯が理事だから、話を付けてみるとマーリナ侯は意気込んだ。

もしかしたら助力を求めるかもしれないから、その時にはよろしくとヴァーレンダー公にお願いした。



 コロステン侯は奇妙な感覚を覚えていた。

先ほどマーリナ侯は『カーリクたちのためにも』グレムリンの掃討を成功させたいと言っていた。

だがそんなマーリナ侯たちの話を、このカーリクという人物は興味が無いという態度で聞いているのである。

つい最近とても慕っていた姉をグレムリンに惨殺されたともマーリナ侯は悲痛な表情で言っていた。

なのに、その時もこのカーリクという人物は無表情であった。

つい最近という事であれば、そこまで過去の話にはできていないであろうに……

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