第9話 オラーネ侯
各貴族は、元々どの家もタウリカ王家の子弟から別れた家である。
建国当初は功臣による家が何家かあったのだが、全て断絶し現在は全て王家の一族の家となっている。
最も王家に近い家から順に公爵、侯爵、伯爵となっている。
公爵家は現在ブラホダトネ家とヴァーレンダー家の二つしかない。
これはここ数代、男児の出生が少なかった事に起因している。
断絶した公爵家はいくつもあり、もしグレゴリー王子に男児が多く生まれれば、その断絶した公爵家を継ぐということになるだろう。
侯爵家の数は決まっており、王都アバンハードから時計回りにホストメル侯、オラーネ侯、スラブータ侯、マロリタ侯、マーリナ侯、オスノヴァ侯、コロステン侯、ゼレムリャ侯、ソロク侯の九家。
それ以外に小さな領土を持つ伯爵家と、各亜人を押さえる辺境伯家がある。
基本的に侯爵家は跡継ぎ無く断絶してしまうと、その家の縁者から後継が選び出されることになっている。
その為、余程の事が無ければ侯爵家の家系が変わる
だがキマリア王国の長い歴史の中には、その余程の事がそれなりに発生している。
原因は多く別けて二つ。
一つは当主の統治能力の欠如。
もう一つは当主の不祥事である。
基本的に前者での改易は少ない。
それは貴族による統治に対し市民が疑問を抱かないようにと歴代の宰相が考えてきた結果である。
良い例がドゥブノ辺境伯であろう。
エモーナ村で反乱が起こった際、ユローヴェ辺境伯は当主アナトリーの縁者であるビタリーを後継に据えた。
本来、国法であれば反乱を起こされた領主は責任を取って改易となっているのにである。
後者の改易は簡単に言えば謀反である。
謀反と言っても、実際に兵をあげて王都に攻め込んで来るなんて事はさすがに無い。
多くは議会での粗暴な振る舞いや、国王の勘気を被ったという事が原因である。
最後に国から改易処分を受けたのはオラーネ侯である。
先王ユーリー二世の先代ヴィークトル二世がまだ王太子時代の話である。
当時オラーネ侯はマロリタ侯と非常に仲が悪く、議会でいつも口論ばかりしていた。
他の貴族たちはそんな二人に対し、関わり合いたくないという態度を取っていた。
だがある日、二人の議論は予想外に白熱してしまう事になる。
その議題は竜産協会が独占販売している竜の管理を民間に委託すべきか否か。
当時マロリタ侯は竜産協会の理事長で、断固反対という態度であった。
一方のオラーネ侯は推進派。
昨今竜の購入費が大幅に上昇しており、もはや村の財政では利用が難しくなってきている。
このまま竜の購入費が上昇を続けてしまえば竜は各貴族が購入せざるを得なくなり、そうなれば税金を上げねばならなくなる。
財政に悪影響が出てしまう。
山賊や盗賊に身をやつす者も増えてしまうだろう。
竜の購入費が高騰する主原因は竜産協会の放漫経営と、営業担当による水増し請求にある事は明白である。
ランチョ村にしてもホドヴァティ村にしても、老人から子供に至るまでどこの貴族領よりも良い暮らしをしている。
我々は彼らを富み太らす為に日々畑を耕し荒れた海に漁に出ているわけでは無い。
そう主張してマロリタ侯と対立していたのだった。
竜産協会は元々は竜を生産する人々を管理する団体に過ぎなかった。
竜は人より力も生命力が強く、野良化してしまうと非常に危険である。
その為、あまりに好き放題に生産されると市民生活に害を及ぼすようになる。
そこで竜産を登録制にし野良竜の発生を防ごうというのが設立の目的であった。
ある時、キマリア王国は他国と戦争をすることになった。
その際、竜は軍に欠かせない生き物であるからと、生産を一時的に国営化したのである。
当時の宰相も戦時下の一時的な処置だと宣言していた。
だが、そこからどれだけの年月が経過したか知らないが、未だにその一時的な処置が続いているのである。
オラーネ侯の意見は多くの貴族の賛同を得る事になった。
竜の購入価格の高騰は、それほどまでにどの領主も悩みの種となっていたのである。
議会の大勢はほぼ決していた。
ところがそこでスキャンダルが発覚した。
家出をしていたオラーネ侯の子の一人がアバンハードで市民を惨殺したのである。
原因は薬物の乱用。
オラーネ侯の子が所有していた薬物の量は尋常ではなく、オラーネ侯爵領では法で禁止されている薬物の精製を行っているという疑惑がもたれる事となった。
竜産の民営化の話は放置されることになり、薬物精製の疑いでオラーネ侯爵領は調査されることになった。
複数の貴族が調査隊を出したが、薬物の精製場所は特定できなかった。
だが代わりにオラーネ侯爵領でとんでもないものが見つかった。
グレムリンの集落である。
見つけたのはマロリタ侯の調査団であった。
集落はベルベシュティの森の奥に作られていて、オラーネ侯は全く気付いていなかった。
それについては、やむを得ないという声が議会では出た。
だがマロリタ侯は、その集落からオラーネ侯の子が所持していた物と同様の麻薬が見つかったと報告した。
恐らくオラーネ侯は捜索に際して精製所を取り潰して隠蔽を謀ったのだろう。
必ずオラーネ侯爵領のどこかで麻薬精製の痕跡は残っているはずで、徹底的に調査すべきとマロリタ侯は主張。
時の宰相だったゼレムリャ侯はマロリタ侯の意見を採り上げ、オラーネ侯を拘束し、マロリタ侯にオラーネ侯爵領の調査を命じた。
マロリタ侯の調査は苛烈を極め、無辜の領民が酷い尋問に遭って何人も虐殺されることとなった。
散々オラーネ侯爵領で虐殺を働いてから、マロリタ侯はあらかじめ用意していた証拠品を提出し証拠が見つかったと議会に報告した。
オラーネ侯は公開処刑。
家は改易処分となった。
オラーネ侯の現当主はペトロという。
先王ユーリー二世の妃にして現王レオニードの母エリナの実弟である。
ペトロの父はパーヴェルといい先代のオラーネ侯で、その父リナートはホドヴァティ村の近くに小領を持つ伯爵であった。
改易となり空白となったオラーネ侯の継承者としてマロリタ侯が推薦したのが、このリナートであった。
リナートはホドヴァティ村を管理する伯爵の一人で、マロリタ侯曰く、非常に真面目な人物とのことであった。
だがその人事に多くの者が眉をひそめた。
ようは自分の息のかかった者を侯爵に据えて派閥を作りたいだけではないか。
宰相のゼレムリャ侯はリナートの身辺を調査することにした。
領土での統治は決して評判の良いものではなく、どちらかといえば放漫に近いものであった。
自身もホドヴァティ村から零れる富によって贅沢な暮らしを謳歌しており、どうあっても侯爵に相応しいとは思えない。
当初、ゼレムリャ侯も難色を示していた。
ところが、ある時急に賛成に回り半ば強引にリナートをオラーネ侯にしてしまったのだった。
オラーネ侯となったリナーテは、娘を隣のホストメル侯の長男に嫁がせ、さらに孫娘を当時王太孫であったユーリーに嫁がせた。
リナーテの息子パーヴェルは、コロステン侯の代替わりに乗じて、ホストメル侯の推薦で竜産協会の理事になった。
パーヴェルの子で現当主のペトロはついに竜産協会の理事長になったのだった。
家が変わってからオラーネ侯は竜産と婚姻にしか興味を示さなくなった。
それが社交界でのオラーネ侯の評価である。
まるでマロリタ侯が二人に増えたかのよう。
そう評している者もいる。
そんなオラーネ侯だが、現在体調不良を言い訳に一年以上議会には顔を出していない。
普通であれば代役として次期当主を派遣したりするものだが、それすらしていない。
もしかしてオラーネ侯の屋敷で何かあったのではないか?
もしやオラーネ侯はもう他界しているのではないか?
そんな噂がアバンハードでは流れている。
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