第10話 晩餐
「私はね、君たちがやろうとしている事がわからないほど、まだ
マーリナ侯は、夕食にドラガン、ポーレ、ザレシエを招いて、最初の食前酒を飲むと三人にそう語りかけた。
マーリナ侯の横の席にはちょこんとエレオノラが腰かけている。
自領から連れてきた執事の一人に給仕をさせ、部屋に誰も近づけるなと命じて、疑似的に密室を作り上げての食事会であった。
「当たり前だと思います。もし閣下に
ポーレの並々ならぬ覚悟にマーリナ侯ももはや説得は不可能だと判断した。
ドラガンはポーレの顔もマーリナ侯の顔も見ずに黙っている。
その様子から内心ではドラガンは納得いっていないのだろうとマーリナ侯は感じた。
四人が静かに次の言葉を探っていると、外で見張っていた執事が入室し食事を運んでもよいかと許可を求めてきた。
暫く皆、無言で食事を堪能した。
エレオノラが食事に苦戦しているのを見たマーリナ侯は、エレオノラが食べやすいように小さく切り分けてあげた。
メインディッシュを食べ終わり、執事が酒を注いで、皿を下げて部屋を出て行くと、やっとマーリナ侯は口を開いた。
「君たちは奴らの組織がどんなものだと想像しているのだ? 私たちには未だにその一端すらわかっていないのだが」
マーリナ侯に尋ねられ、ザレシエは香りを楽しんでいたルガフシーナ地区特産のワインを机に置いた。
これはこれまで集まった情報から推測した話なので、合ってるかどうかはわからないという前提で聞いて欲しいとザレシエは前置きした。
「恐らく誰か一人によって支配されたり意志決定されてるいうわけやなく、複数人が同じ目標の為に手を握り合うてるいう状況なんやと思います。『同盟』いうたら良いんですかね」
しかもその者たちは世襲で、それぞれが役割を担っている。
拠点も一か所ではなく複数個所に散らばっていて、伝達によって意思疎通を行っている。
普段は連携していないが、同じ目的を共有している為、その目的を阻害されると連携してあらゆる手段を講じてくる。
各所がバラバラに手段を講じて対処してくるため、反撃の術が派手になりがちなのだと思う。
またそのせいで万事行動が雑になりがちで痕跡が残りやすい。
「ふむう。してその目的というのは何だと思っているのだね?」
マーリナ侯の問いかけに答える前に、ザレシエはワインで一度喉を湿らせた。
「恐らくは『独占している竜産による既得権益を守る』いうことやと思います」
たったそんな事の為に、こんなに人が死んだのか。
マーリナ侯は何ともやるせない気持ちに襲われた。
だがザレシエの言葉を咀嚼しているうちに、マーリナ侯はちょっとした疑問を抱いた。
「ちょっと待ってくれ。もし目的がそんなことなら、アルシュタやロハティンで行われていた人身売買や麻薬取引なんかはどうなるんだ? あれはさすがにその目的とは結び付かないのではないか?」
ザレシエはマーリナ侯の目をじっと見て、少し視線を落とす。
現状ではそれも『既得権益』の一つなのだと呟くように言った。
「マーリナ侯はこの『同盟』がいつ頃から稼働しているとお考えですか? それと、いつ頃から過激になり始めたと考えているんです?」
マーリナ侯も竜産協会の専務理事をしている。
ドラガンたちから竜産協会が諸悪の根源だという話を聞いてから、執事を数人本部に派遣し、調査を行わせている。
まだ一部ではあるものの、これまでそれなりに報告が届いてはいる。
「報告内容の限りではあるが、稼働は竜産を国営化し海外遠征を行ったすぐ後から、過激になったのがいつかはまだちょっとわからないな。もしかしてオラーネ侯が改易になった後からでは無いのか?」
マーリナ侯の回答をザレシエは小さく頷きながら聞いている。
「私が思うに、どっちも竜産を国営化したすぐ後やと思うんです。それと恐らくですが最初のメンバーの中にもうグレムリンが入り込んでたんやないかと思うんです。むしろ国営化自体がグレムリンの誘惑やも知れません」
協会本部の職員にしても、官僚にしても、竜産牧場にしても、貴族にしても、自分の手を汚さずに美味しい思いをしたい。
そんな者たちの代わりにグレムリンが暗躍していたのだとザレシエは考えている。
だがグレムリンは狡猾であり残忍。
グレムリンだけにやらせると後々自分たちが足元をすくわれる事にもなりかねない。
だからグレムリンに対抗できるように奴隷商人や麻薬密売人といった組織を用意することにしたのではないだろうか?
ここまで竜産協会が好き放題できたのは、ひとえに貴族の助力があったからに他ならない。
恐らくだが、竜産の拠点に近い貴族が篭絡されていたであろうから、そこからすると最初のメンバーの中にはマロリタ侯とソロク侯がいたのだと推測される。
だがソロク侯は代替わりする中で徐々に竜産協会とは一線を置き始めた。
今のソロク侯はその事を全く知らないかもしれないが、屋敷にはそれなりに何かしら痕跡が残っているかもしれない。
「じゃあ君は、そんなに前からこの大陸にグレムリンがどこかに集落を作って住み着いているというのかね?」
ザレシエはマーリナ侯の目を見て、こくりと頷いた。
「君たちはグレムリンの集落はどこにあるかは検討が付いているのかね?」
残念ながらその部分についてはプリモシュテンの首脳の中でも意見が割れている。
複数個所に集落があるというのは、五人とも一致した見解なのだが、それ以外はここではないか、あそこではないかと見解が一致しないでいる。
ただし、その中でも怪しいと五人が思っている場所が三か所ある。
これまでの捜索の中で、オラーネ侯爵領で一か所発見されている。
例のスラブータ侯を襲って食したグレムリンたちの集落である。
残念ながら捜索する日付が漏れてしまい逃げられた後ではあったが。
だがそこからすると、グレムリンはベルベシュティの森の中に大きな集落を作っているということになるだろう。
怪しい場所一点目は、オスノヴァ川上流地点。
これはアリサの胴体がオスノヴァ川に捨てられていた事から推測される。
そこからすると二点目はソロク川上流にもあるだろうという事になる。
「そして三点目は、マーリナ侯爵領の南、ベルベシュティ地区の北東の外れです」
まさか自分の領内の足下にグレムリンの集落があるなんて。
マーリナ侯は驚きで言葉を失い生唾を飲んだ。
どうしてそう考えるのか、そう尋ねるのがやっとであった。
少し前にアルシュタでグレムリンのアジトが見つかった事がある。
話に聞くと元は誰かの別荘だったようで、そこを接収していたのだとか。
最初それを聞いた時、アルシュタの工作の為に拠点が必要だったのだと思った。
だけどそうじゃない事に最近気が付いた。
「狙った『獲物』を仕留める為に、奴らは長期間かけて『狩り』の準備をするんですよ。だとすると、恐らく次の『獲物』は……」
ザレシエはそこまで言うと、ゆっくりとマーリナ侯を指差した。
ホストメル侯たちを追い詰めた話はすっかり広まっている。
それとグレムリン掃討を呼びかけようとしている噂は必ず奴らに漏れている。
だから今一番危険な立場なのは、マーリナ侯、ヴァーレンダー公の二人だと思われる。
愕然としているマーリナ侯にポーレはゆっくりと忠告する。
「彼らにとって襲撃は『狩り』です。直接閣下を狙いはしません。最初に狙ってくるのは身内の誰かです」
そう考えて、ここに来るのに合わせ、マーリナ侯が帰還するまでラースローとカニウに侯爵屋敷を見張るように指示したとポーレは報告した。
「あいわかった。もはや止めはせぬ。妻が『あの子たち』と、まるで我が子のように慈しんでいるそなたたちのためだ。私も喜んで晩節を汚そうじゃないか。徹底的にやりなさい」
マーリナ侯は決意を体内に取り込もうとするかのように残ったワインを一気に吞み干した。
マーリナ侯の隣でエレオノラがうとうとしている。
それに気付いたマーリナ侯は、エレオノラを抱き抱えてぽんぽんと優しく背中を叩き続ける。
そんなマーリナ侯にザレシエは静かに言った。
「先ほどポーレさんも言いましたけども、我々の行動はパン・ベレメンドとは無関係です。もちろん閣下とも。あくまで私怨による行動ですから」
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