第11話 グレムリン
ドラガンはマーリナ侯に連れられ竜産協会の本部へと向かった。
随員はザレシエとアテニツァ。
アバンハードの街は中央に幅広の大通りが縦に貫いていて、その奥に『パラーツ宮殿』が鎮座している。
パラーツ宮殿の奥には城壁があり、その奥には草原が広がっており、さらにその奥はベルベシュティの森となっている。
草原は『王の狩場』と呼ばれ、ベルベシュティの森から草を食みに動物が訪れている。
国王は年に何度かその動物たちを狩っている。
中央通りはそのまま西街道と交差しており、東西に無数の脇道が生えている。
一番北の宮殿に近い場所が貴族たちの屋敷群となっており、その手前が裕福な者たちの邸宅。
さらに手前に軍の設備や将校の屋敷があり、その反対側には官僚たちの屋敷がある。
そこから市場の通りを挟んで、市民たちの居住区となっている。
市民たちの居住区の南西の端、西街道に面した場所に競竜場はある。
アバンハードの競竜場は飛竜によるもので、観戦席が海岸線に作られ、実際に竜が飛ぶ競技場は海の上となっている。
アバンハードの街では条例としてパラーツ宮殿より高い建物は建ててはいけないことになっている。
新規の建物を建てる時には、基本的にはパラーツ宮殿より明らかに低い建物を建てている。
だが、極稀に条例を無視して同じような高さの建物を建てる者がいる。
特に富裕層のエリアでそういう家を見かける。
大抵そういう家は商売に失敗して没落し、建物を接収され壊されることになる。
どうしても高い建物を建てたいという場合には実は抜け穴がある。
それは城壁に近い場所に建てる事。
城壁は防犯の為にパラーツ宮殿よりも高く建てられていて、その周辺であれば、高い建物もお目こぼししてもらえている。
その為、セイレーンが上空からこの街を観ると、まるですり鉢状に建物が建っているように見えるのだそうだ。
そのすり鉢状の街の中央、官僚たちの住む一角、中央通りに面した場所に、まるで棘でも生えているかのように竜産協会の本部は建っている。
建物の高さはパラーツ宮殿と同等か、もしかしたら高いかもしれない。
周囲の建物からしたら一棟だけ異常に高い建物が建っている。
諸悪の根源とドラガンたちが思っている竜産協会の本部。
ついにドラガンはそこに足を踏み入れたのだった。
入口には受付の女性がカウンターに座っていて、マーリナ侯の姿が見えると立ち上がってお辞儀をした。
マーリナ侯が手を振ると、廊下の奥からマーリナ侯の執事が案内に出てきたのだった。
マーリナ侯とドラガンたちは建物四階の一室、貴賓室へと通された。
貴賓室より上にも階があり、そこは竜産協会の理事長や幹部の執務室になっているらしい。
その時点で、ここがどのような建物であるかが透けて見えるかのようである。
マーリナ侯は執事からここまでの調査でわかった事の報告を受けた。
新たにわかった事は大きく別けて三点。
一点目は竜産協会と麻薬精製の関係について。
二点目は竜産協会と人身売買の関係について。
三点目はグレムリンについて。
一点目と二点目については、これまでザレシエたちが状況証拠や風聞など、耳にし目にした事で推測していた内容を、ただ裏付けただけのものでしかなかった。
ドラガンとザレシエが注目したのは三点目のグレムリンの部分。
ザレシエたちは、これまでグレムリンという亜人について、存在そのものは知っていたし、実際にアルシュタで対峙しその残忍さを目の当たりにはしていたが、生態についてはイマイチ理解していなかった。
時には狡猾と言われ、時には野蛮と言われる、どこか反対の評価をされるグレムリンについて、確かにこれまでザレシエもその実情を掴みかねていたのだった。
ほぼ『人語を解する
各個体で固有の名前も持っているらしい。
ただ知能の高い者はごく一部であり、基本的にはほとんどの個体は猿鬼と変わらないらしい。
恐らくそれは自分たち大陸の人類が当たり前のように行っている若年者への教育というものを行っていないからだと推測される。
群れの中から定期的に現れる知能の高い個体に、先達の知能の高い個体が教育を施す。
こうしてコミュニティの支配階層を作り出している。
個体の名前はその支配階層が決めているらしい。
つまり、その一部の知的支配層が圧倒的多数の『ほぼ猿鬼』という市民を従えているという状況らしい。
人語を解するのもその一部の知的な支配層だけで、その他の市民は独自の短い単語を発するだけ。
支配層は『お腹が空いた』と言う事ができるが、市民は『飯、食う』しか言えない。
我々の共通言語は支配層しか喋れない為、我々には彼らが何を言っているのか見当もつかない。
だが彼らはこちらの言っていることがわかる。
その為、こちらは彼らの真意がわからず、その発言の上澄みを信用するしかなくなるのだ。
支配層でも市民でも、彼らには共通していることがある。
それは『モラルや社会通念という観念が一切無い』ということである。
他人の物は奪った者の物。
他者を殺してもこちらが傷つけられなければ問題は無い。
生殖衝動が起きたら、だれかれ構わず性のはけ口にする。
親子の情などというものすらない。
彼らの言う食べ物には他の人類も含まれているし、彼らにとって他の人類の血は最高のジュースであり、彼らにとって他の人類の赤子は極上の果物なのである。
過去に何人かのグレムリンが捕縛されている。
中には支配層と思しき者がおり、その者から聞き取りを行った記録が残っている。
それによると、彼らは自分たちの事をグレムリンとは言わないらしい。
彼らは自分たちを『ロンヌイ』と呼んでいる。
『グレムリン』というのはどうやら彼らを蔑む呼び方らしく、あまりの素行の悪さに付けられたあだ名が広まり、定着し、当たり前にそう呼ばれるようになったのだそうだ。
ちなみに『ロンヌイ』とは『竜人』という意味らしい。
彼らは『カチェプ』という竜神を信仰しており、竜の末裔を自称している。
竜に関する数々の知識は元々グレムリンの技術で、盗まれたものだと彼らは主張している。
そんな盗人どもは血を飲み、生肉で食らってやるべき。
そう代々教えられてきているのだそうだ。
竜産協会の過去の極秘資料の中には、グレムリンと思しき名前がいくつも書かれている。
まだ途中までしか追えていないのだが、竜産協会が国営化した時の極秘資料には、『レシェン』という集落の長『クィン・ムモ』という名前が記載されている。
残念ながら、『クィン』が姓なのか『ムモ』が姓なのかはわからない。
さらに言えば、そもそも姓があるのかすらわからない。
そもそも竜産協会の国有化は、この『クィン・ムモ』というグレムリンの発案らしい。
この国は他国に比べ軍事力が非常に勝っている。
だが何点か劣っていることがあり、その一つが竜の活用である。
他国は国営なのに、なぜこの国では竜産を民間にやらせているのか?
今すぐにでも竜産を国営化し、他国に侵攻できる国に作り変えるべきである。
そう進言したという議事録が残っている。
極秘資料とはいえ、議事録に残っているという事は、グレムリンが会議に出席したという事である。
もしかしたらこの時点では国も竜産協会もグレムリンという種族を危険な種族だとは思っていなかったのかもしれない。
「何故にそのグレムリンはそんな事を進言したのだろうな?」
マーリナ侯の疑問はもっともだった。
執事はわからないと首を傾げた。
「簡単な事ですわ。この国で対外戦争いうたら海外遠征の事です。そうなったら村人が減って襲いやすくなるんですわ。エルフの伝承にそれっぽい話が残ってますよ。国が戦争をしている間に村がいくつか消えたってね」
ザレシエの説明に執事はそういうことかと手を打った。
マーリナ侯も、そういえばそんな話を昔話で聞いた事があると頷いた。
この大陸から貴族がいなくなった時、山から『暗闇の王』が『闇の
『闇の眷属』は村を襲い、次々に村を消していった。
その『暗闇の王』を、英雄が現れて打ち倒した。
そんな内容の昔話である。
「つまり昔話にある『暗闇の王』と『闇の眷属』がグレムリンというわけか」
昔話は過去の悲劇を忘れないようにするための言い伝えだと言われるが、こういう事なのだなとマーリナ侯は感心している。
「今もグレムリンはこの協会本部に入り込んでいるのかね?」
マーリナ侯の問いかけで、全員が執事の顔を見た。
「この本部には来ていないかと思います。ですが、これはあくまで噂ですが、深夜にコノトプ統括の屋敷にグレムリンが飛んで行ったのを見た者がいるらしいです」
マクシム・コノトプ営業統括かとマーリナ侯は口元を押さえて呟いた。
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