第12話 遺品
「これはこれはマーリナ侯。よくぞおいでくださいました」
営業部門の部屋の一番奥、そこに統括の執務室があり、その中にマクシム・コノトプはいた。
やや細身で長身、髪は短く整えて整髪剤で固めている。
松脂のような匂いがほのかに漂ってくる。
顔には恐ろしく特徴が無く、何度街で会っても気付かないであろう。
だがその服は非常に高級そうで、身に付けている装飾品はまるで貴族のそれであった。
「失礼ですが、そちらの方々はどちら様ですか?」
コノトプ統括はマーリナ侯と一緒に部屋に入って来た二人の青年に興味を示した。
しかも一人はエルフである。
どう考えてもマーリナ侯には接点が無さそうに感じる。
「最近できた私の友人たちだよ。我が領内で新しく市長になった者と、新たに採用した執事だ。後学のために連れてきたのだよ。こういう若い者と接しているといつまでも気持ちを若く保てる気がしていてな」
マーリナ侯が豪快に笑い出すと、コノトプ統括はそれが閣下が常に若くいられる秘訣なんですねと笑い出した。
「ところでどうされたのですか? 領内で何かございましたか? もしかして竜の大量買い付けが必要になったとか?」
コノトプの発言にドラガンはそういえばこの人は営業統括だったと今更ながらに思い出した。
営業統括、つまり以前プリモシュテン市に来て狼藉を働いたタラシヴィカの上司という事になる。
「残念ながら苦情を言いに来たのだ。お前たち、随分と質の悪い者を営業として使っているようだな。先日、うちの領内で暴れまわって捕まった者がおってな。今もうちの屋敷の牢に繋がれておる」
コノトプ統括は短くそうですかと言うと、膝の上で手を組んだ。
「竜産協会という組織を前面に出してやりたい放題する者はいます。外回りだとちやほやされるので余計にそうなるのでしょう。そういう心得違いをする者は遠慮無く処断いただいて結構ですよ。恥さらし以外の何者でも無いですからね」
ドラガンもザレシエもコノトプ統括の発言が少し意外であった。
てっきり業務妨害だと怒り出すと思っていたのだ。
マーリナ侯はコノトプ統括の顔を睨みつけている。
「その者は牢の中でお前の名前をしきりに出しているのだぞ? コノトプ統括に知らせてくれと。お前の耳に入ったら私など翌日には棺桶だとも言っていたぞ? これについてはどう思うのだ?」
マーリナ侯の指摘をコノトプ統括は鼻で笑った。
「困りますね、そういう場面で勝手に人の名前を出されては。そんな事が脅しとして使えると思っている事自体が度し難いですよ。私から営業の者たちに訓示を出しますね。お客様に対し謙虚さを持てと」
以前マーリナ侯が言っていた事をザレシエは思い出していた。
確かにこの男は対峙しただけではごく普通の真面目な能吏でしかない。
だがこの男の今の顔は仮面で、その裏にはもう一枚の顔が隠れているのだ。
何とかこの仮面を剥がしてしまいたい。
そういう衝動に駆られるのだが、ここに来る前にマーリナ侯からお前たち二人は極力喋るなと言われているのだ。
「ならば今度の議会で竜産協会の理事としてそう周知してしまってかまわないのだな?」
コノトプ統括は一瞬顔色を変えたが、すぐに元の営業用の顔に直した。
「そうですね。理事長が不在の今ですから、お手数ですがマーリナ侯の方からお願いできますか?」
本当に構わないのだなとマーリナ侯は念を押した。
「私はこれでも統括部長です。営業に対する怨嗟の声というのは聞こえてきていますよ。いつもそれを苦々しく思っていたのです。何せ彼らが外で暴れれば暴れるほど、指導はどうなっているのかと私が叱責を受けるわけですからね」
全くたまったものではないとコノトプ統括は憤るような仕草をする。
その時、ドラガンはふと部屋を見渡した。
ふかふかの応接椅子の奥にコノトプ統括の執務机がある。
その机の上にあったある物を見てドラガンは激しく動揺した。
手の平から少しはみ出す程度の大きさの小箱。
ありふれた小箱ではない。
ドワーフたちが好む細かい絵が散りばめられた工芸品の小箱である。
遠目でもそれが何かドラガンにはすぐにわかった。
青い大空に赤いトンボが無数に飛んでいるデザインの小箱。
ラスコッドから預かった小箱である。
そこからドラガンはマーリナ侯がコノトプ統括と何を話していたか、全く耳に入ってこなくなってしまった。
ロハティンから逃げ帰る途中で街道警備隊に襲われ、その時にラスコッドから預かっておいてくれと頼まれた小箱である。
エルヴァラスチャの休憩所に行こうとして辿り着けず、その前の休憩所で荷物ごと盗まれてしまった。
中に入っていたラスコッドからの手紙は捨てられていて無事だったが、中に入っていた金貨ごと盗まれてしまった。
確かあの時、休憩所の職員は竜産協会の人たちと言っていた。
とすると、このコノトプ統括という人物があの時休憩所にいたのか、もしくは休憩所にいた人物から戦利品として譲渡されたのか。
その後程なくして、マーリナ侯とコノトプ統括との会話は終了した。
部屋から出る際に横目で見てみたのだが、やはり間違いなくラスコッドの小箱であった。
マーリナ侯たちは、その足で今度は総務部長の執務室へと向かった。
総務部長はエイブラムス・ディブローヴァといい、先ほどのコノトプよりもかなり年齢が上の人物であった。
髪は真っ白で、少し小太り。
全体に丸いその顔はどこか緩さを感じるが、目だけが切れ長で不釣り合いな印象を受ける。
ディブローヴァもコノトプ同様、ふかふかの接客椅子に三人を座るように促した。
ディブローヴァは小机を挟んで向かいの椅子に腰かけている。
その小机の上で、ドラガンはまたも懐かしい物を目にした。
鹿の皮をなめした小物入れ。
その内部は小さなポケットが綺麗に付けられている。
外からは一見すると質素なデザインに見えるのだが、よく見ると燕が飛んでいる絵が掘られている。
ラスコッドはこれに暗器となる小刀をしまっていた。
小物入れの膨らみからして、どうやらディブローヴァは筆記用具入れとして使っているらしい。
ポケット部分にインクが染みている。
もはやその時点で、ドラガンは周囲が何を喋っているのか全く耳に入らなくなってしまった。
「どうやら両名とも、君がカーリクだという事には気付かなかったようだな」
最初の会議室に戻って来てマーリナ侯がドラガンに微笑んだ。
だがどうにもドラガンの顔色が悪い。
「パン、どうされたんです? 営業統括の部屋に行った時から何や様子が変ですよ」
ザレシエの問いかけに、ドラガンは少し震えながら先ほどの小箱と皮の小物入れの事を話した。
ザレシエもマーリナ侯も顔を強張らせ生唾を呑んだ。
「恐らくだけど、あの二人はわかってたんだ。僕がドラガン・カーリクだって事に。わかっていたからわざと僕の思い出の品を目に付くところに置いたんだ」
偶然ではと指摘するザレシエにドラガンは、多分あれば普段は机の中に入れてあったはずと主張した。
百歩譲って皮の小物入れは偶然かもしれない。
だが小箱は机の上に置く必要が無い。
ドラガンが怒りで震えているのを見てマーリナ侯は何でわざわざそんな事をと疑問を口にした。
「偶然やないやとしたら、挑発して暴れた所を警備員に始末させる気やったんやないですかね? それかアバンハードから生きては帰さんいう意味か」
どっちにしもあの二人は事務屋という仮面を被ったクズという事がわかった。
そうザレシエは静かに言った。
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