第13話 天誅事件
マーリナ侯の屋敷に戻るとエレオノラが駆けてきてドラガンに抱き着いた。
当初エレオノラはプリモシュテン市に置いていこうとポーレと言い合っていた。
レシアにもエレオノラの面倒をお願いと言っていた。
だが、いざ出発という段になってエレオノラは父さんとおじちゃんと一緒が良いと大泣きしてしまったのだった。
ポーレの母もレシアの母アンナもエレオノラを嗜めたのだが、エレオノラは頑としてドラガンの服を離さない。
ドラガンも危ないからダメだとエレオノラを諭すのだが、エレオノラは何としてでも離れないと服を強く握りしめる。
ポーレが我がままを言うなと叱るとエレオノラはさらに泣き出してしまったのだった。
結局、ザレシエからアテニツァならエレオノラ一人くらい増えても護衛できるだろうと助言されてしまった。
もしかしたらマーリナ侯もその方が喜んでくれるかもしれないと言われるとドラガンが折れてしまった。
ドラガンが折れるとポーレも諦めるしかなかった。
マーリナ侯は、もはや陸路は危険だと判断している。
そこで領府ジュヴァヴィから海路アバンハードを目指すことになった。
その航海の間、エレオノラは船の中を所狭しと走り回ってはマーリナ侯にもじゃれついていた。
だが周囲が暗くなると急に怖くなるらしく、ドラガンかポーレにしがみ付いて離れない。
食事の時も二人の間に挟まるか、マーリナ侯の隣で食事を取っているし、寝る時も絶対に二人のどちらかの寝床に潜り込みしがみ付いて寝る。
そして朝になるとまた元気を取り戻して大はしゃぎするのだった。
マーリナ侯はそんなエレオノラが可愛くて仕方がないようで、船員にやたらとお菓子を作るように言って、エレオノラと一緒の時間を作ろうとした。
大事な会議だからとポーレとドラガンが部屋から追い出しても、マーリナ侯がエレオノラを抱き上げ膝に乗せてしまう有様であった。
この日も夕食時にマーリナ侯はエレオノラを隣に座らせて、淑女の嗜みだとテーブルマナーを教え込んだ。
エレオノラにしたら、これまでスプーンやフォークの持ち方くらいしかアリサから教わった事が無かったのだが、それをマーリナ侯は丁寧に教え込んだ。
さすがに年の功というべきか非常に教え方が上手い。
いつもはこういう事をやらせるとすぐに泣き出すエレオノラだったが、実に楽しそうに教わっている。
「ポーレ、私はね、自分の目の黒いうちに、この娘をどこか貴族に嫁がせようと思うんだよ。もちろん父親の君が反対すれば諦めるがね」
ポーレが勿体ない事だと恐縮すると、マーリナ侯は嬉しそうにエレオノラの頭を撫でた。
秋の議会の開催が翌日に迫っていた日の朝のことであった。
王都アバンハードは大騒ぎになっていた。
アバンハードの東側にチェルヴォナ川というソロク川の支流が流れている。
その河原の土手に生えている木々に、複数人の男女とグレムリンが殺害され吊るされていたのである。
中には子供の遺体もあった。
木の一本にはナイフで『天誅』と文字が掘ってあった。
全員顔は恐怖に怯え切っており、服装からはそれなりに裕福な家の者と判断された。
死因は全て胸部への一突き。
アバンハードの警察隊は、見てすぐにその男女が誰かわかった。
竜産協会の営業統括コノトプの家族である。
すぐに現場にコノトプ統括が呼び出された。
コノトプは上の娘と共に河原に駆けつけた。
別人であってくれと二人は思ったであろう。
だがその願いも虚しく、木に吊られていたのは変わり果てた姿の妻と娘、息子夫妻であった。
上の娘はその光景を見て気が触れたかのように絶叫した。
コノトプの家は竜産協会の本部からほど近い富裕層が住む居住区の一角にある。
昨晩、仕事を終え家に帰ったところ、執事たちが慌ただしくしている事ですぐに何かあったと気が付いた。
執事の話では、夕方に買い物に出かけてから妻と下の娘が帰らないという事だった。
コノトプには三人の子がいる。
一番上は長男で数年前に結婚し、妻は今妊娠中である。
二人目と三人目は娘で、下の娘は七歳。
その七歳の娘と妻が出かけたまま帰らないというのだ。
コノトプは息子夫妻の家に行っているのではと思い、同じく富裕層の居住区にある息子夫妻の家に走った。
だがこちらももぬけの殻であった。
すぐにその足で警察隊の詰所に行って事情を話した。
誘拐かもしれないから家でじっくりと犯人からの反応を待った方が良いと警察隊に言われ、家で待つことになった。
念のためと屋敷の回りは警察隊が見回りをしてくれることになった。
深夜になりコノトプはこっそりグレムリンを呼び出した。
夜目の効くグレムリンに探し出してもらおうとしたのである。
グレムリンを呼び出す時には合図がある。
暖炉に火を焚き、そこに少し匂いのする玉をくべるのである。
そうすると煙突から黄色の煙が立ち上る。
人間には夜中の煙の色など見えはしないのだが、グレムリンは見る事ができるらしい。
その時やってきたのは『シャオ・バオ』というグレムリンであった。
そのシャオ・バオが首をおかしな方向に曲げられて逆さ吊りで吊るされている。
しかも自分の家族と仲間のグレムリンたちと一緒に。
遺体は木から降ろされ河原に並べられていった。
上の娘の叫び声のせいで、集まって来た野次馬にこの惨い遺体群がコノトプの家族だという事が知れ渡ってしまった。
それと同時に何でコノトプの家族がグレムリンと一緒に殺されたのかという疑問の声があがった。
それまで気が動転していてコノトプはそこまで気が付かなかったが、その疑問の声が聞こえて初めて犯人の狙いに気が付いた。
そして『天誅』の文字の意味にも。
グレムリンとつるんで悪事を働いた事を糾弾するという意味だ。
何とかこの場を言いつくろわなければ。
コノトプはかなり焦っていた。
その時、発狂したように叫び声をあげていた娘がコノトプに詰め寄った。
「どうして? どうして母さんと兄ちゃんたちはこんな殺され方したの? 私知ってるんだからね! 父さんが夜中にこの薄汚いグレムリンとこそこそ会ってた事を! 父さんはこいつらと一体何をしてたのよ!」
群衆は騒めている。
警察隊がコノトプに視線を集中している。
知らない、私は何も知らないと、コノトプは娘から遠ざかるように後ずさった。
しかし後ろの何かに当たってしまった。
コノトプ統括が当たった後ろの何か――警察隊の隊員は背後からコノトプの肩にそっと手を置いた。
「コノトプ統括。先ほど娘さんがおっしゃった事について、少しお話を伺わせてはもらえませんでしょうか?」
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