第50話 蝋燭

 周辺の村々のエルフの居住区にも何か所か井戸が掘られた。

ジャームベック村のエルフの居住区でも、二か所で井戸が掘られている。


 現在ジャームベック村では、四基の水汲み器が取り付けられている。

だが三基は人間の居住区で、エルフの居住区では、まだプラジェニ家の井戸だけ。

その為、プラジェニ家の井戸が楽だと近所の人たちが利用しに来ている。


 取っ手を上下させるだけで水が出てくるというのは子供たちの興味を大きくかき立てるらしく、毎日のように子供たちがプラジェニ家の井戸の周りで遊んでいる。



 そんな光景を横目で見ていたドラガンは、ある日材木屋に行き、竹と細い木、丸太の端材を譲ってもらった。


 材木屋にはダニエラという小さい娘がいる。

黒髪で、エルフにしては目が丸く背も小さい。

ドラガンが自分の家から竹を貰っていったのを見たダニエラは、何をするのと興味津々に聞いてきた。

ドラガンはニコリと笑うと、玩具を作ろうと思うから一緒に作ろうかと微笑んだ。



 竹を節の手前で切って行き、その内の一本をダニエラに渡した。

ベアトリスに言って布切れを貰うと、その一枚をダニエラに渡した。

ベアトリスも興味津々にその光景を見ているので、ベアトリスにも竹と布を渡した。


 竹の節に小刀で小さな穴を開け、布を巻きつけた木の棒を竹に差し込む。

ベアトリスもダニエラも、見様見真似で同じものを作っている。


 丸太の端材に円を彫り泥で汚し洗い流すと、彫った部分に泥の色が染み込む。

端材を井戸の横の木に吊るすと、ドラガンはダニエラの方を向き準備完了と言って笑った。



 桶に水を汲み、突き棒を引き竹筒の中に水を吸い取ると、端材に向けて突き棒を押し出した。

筒の先から水が細く勢いよく端材に向かって飛んでいく。

残念ながら中央に命中はしなかったが、右下に当たり的の端材が揺れた。


 ダニエラは笹の葉のように長い耳を、ぴょこぴょこ上下させ大興奮だった。

ベアトリスが、次は私と、自分の竹筒を持って桶の水を吸い取った。

狙いを定め思い切り突き棒を押すと、何故か水はベアトリスの方に噴き出した。

ダニエラは大笑いだった。


 その後で、ダニエラも同じように突き棒を押したが、水は的まで届かなかった。

ダニエラの水突きは、節に開けた穴が大きすぎる。

ベアトリスのは布の巻きつけが足らない。

ベアトリスの水突きを修理していると子供たちが集まってきた。


 ダニエラがドラガンの水突きで的を狙っていると、子供たちが自分もやりたいとダニエラを取り囲んだ。

ダニエラは怖くて泣き出してしまったのだった。

ベアトリスは子供たちを叱ろうとしたのだが、ドラガンはそれを制した。


 ドラガンはダニエラのところに行くと、しゃがみ込み泣いているダニエラの頭を撫でた。

ダニエラはドラガンに抱き着きわんわん泣いた。


「大丈夫だよ。みんなダニエラと一緒に遊びたいだけなんだから、泣かなくても良いよ」


 ドラガンが背中をぽんぽんと叩いていると、ダニエラは徐々に泣き止んだ。

ドラガンは立ち上がると子供たちの方を向いて優しく微笑み、三つ約束して欲しいと言った。

その約束が守れる子だけ遊んでも良いと。


 一列に並んで一回撃ったら最後尾に回る。

賭け事はしない。

絶対に人に向けて撃たない。


 すぐに子供たちは一列に並んだ。

その後、こっちの筒の方が飛ぶやら、こっちの筒の方が狙いが定めやすいやら情報交換を始め、わいわい騒ぎながら水突きで遊び始めた。



 ダニエラの作った水突きは少し強度が弱かったようで、すぐに壊れてしまった。

ドラガンは水突きを修理しながら、ベアトリスとダニエラに、これが水汲み器の仕組みなんだよと語った。

ベアトリスもダニエラも非常に驚いている。


「さっきベアトリスがやった時、自分の方に水が全部戻ってきちゃったでしょ?」


「戻ってきた、戻ってきた! あれ、何でああなったん?」


 ベアトリスは、ドラガンの話にうんうんと頷いて身を乗り出している。


「巻きつけた布がね、濡れてほどけちゃって出口を塞いじゃったんだよ。出口を意図的に開いたり塞いだりして、常に水を吸うようにしているのがあの水汲み器なんだ」


 そう言うとドラガンは、水汲み器の吹き出し口を指で塞いだり開いたりして見せた。


「そうやったんや! こうやってやってもらうと、ごっついわかりやすいわ」


「みんな不思議なものを見る目で見るけど、やってる事はたったこれだけなんだよね」


 ベアトリスとダニエラは、全く同じキラキラした目で、耳をぴょこぴょこ上下させてドラガンの話を聞いている。

ドラガンはダニエラに水突きを渡すと、みんなと一緒に遊んでおいでと頭を撫でた。




 行商で店を開いていた時、ロマンが言っていた事がある。

キシュベール地区は、ドワーフの採掘のおかげでそれなりに収益をあげているのだが、ベルベシュティ地区には敵わないと。

木しかない地区なのに、とにかく行商での売上が凄まじいらしい。


 ベルベシュティ地区の行商で売られる蝋燭は甘く良い匂いがするので有名である。

一体何からできているのかはロマンも知らないと言っていた。


 キシュベール地区では、蝋燭ろうそくを作るのに『ハゼ』という木の実を煮て蝋を取り出していた。

大量にできるのだがその分安い。

行商では、かさばるわりに利益があがらない。

それを何とかしようと、花を摘んで成型する時に一緒に固め、見た目だけでも華やかにと工夫していた。

その工夫によってそれなりに売れ行きは良くなったのだが、やはりベルベシュティ地区の蝋燭には敵わない。


 ちなみに、サモティノ地区の蝋燭は、これまた何でできているのかわからないが、独特の爽やかな匂いがする。

これもそれなりに高額なので、恐らくは何かしら希少なものでできているのだろう。



 キノコ畑に行く途中、イリーナが木の幹に置かれた箱を指さした。

その箱には小さな蜂が何匹も出入りしている。


「あの蜂の箱ね、自然にああなってるんやなく、ちゃんと飼育してるんやで」


 ドラガンは、へえと言って蜂の巣をしげしげと眺めた。


「でも蜂って刺しますよね? これは大丈夫なんですか?」


「そら刺すよ。そやから刺されへんように工夫するんよ。白い布被ったり、下から煙いぶしたりしてね」


 イリーナの説明によると、下から煙でいぶすと蜂は山火事だと勘違いしてパニックを起こし、攻撃よりも退避をしようとするのだそうだ。


「思い出した! 確か蜂蜜を集める蜂ですよね。学校の先生から教えて貰った気がします」


 へえ、あれが蜜蜂かと、ドラガンは興味津々で蜂の巣箱を観察している。


「蜂の巣はね、蜂蜜のまわりが蝋で囲われてるんよ。そやから、絞って蜂蜜と蝋に別けるんよ」


 イリーナはドラガンに、近づくと危ないよと注意した。


「蝋? えっ? じゃあ、あの甘い香りのする蝋燭って蜂の巣なんですか?」


「そうや。そやから、甘い香りの中に、ほんのり花のような優しい香りがするんや」


 知らなかったでしょと言ってイリーナはクスクス笑い出した。


「何てお得な……」


 お得というドラガンの感想にベアトリスが笑い出した。


「蜂蜜に比べて、蜜蝋はちょっとしか取れへんくてね。だから値段が全然違うんよ」


 蜂蜜は料理に普段使いできるほど安いが、蝋燭は火を灯すのを躊躇うほど高いと、イリーナは説明した。


「なるほどね。だから高価なんですね」


「高価でも、何かしら売りが無いと売れへんけどね。だから、少し香草を混ぜたりもしててね。でも、それに価値を見出して、高値で売ってくれた行商さんに感謝やね」



 それまでニコニコしていたイリーナが突然表情を強張らせた。


「そういえば、そろそろ行商さんが戻ってくる頃やね……」


 イリーナはドラガンの目を見て静かに言った。

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