第51話 暴虐

 行商隊が村に戻って来た。


 帰って来た日は、購入依頼品の配布と売上金の配布で潰れた。

プラジェニ家にも行商のティヴィレがやってきて薬の売却代を置いていった。


 翌日の昼、ドラガンはヤローヴェ村長に食事処『樫のうろ亭』へ呼び出しを受けた。

バラネシュティ首長と共に食事処に向かうと奥の部屋に通された。

そこには、ヤローヴェ、ティヴィレ、護衛のステジャルが待っていた。


 ティヴィレとステジャルの重苦しい表情から、ドラガンたちはかなり悪い報告を覚悟した。

ティヴィレとステジャルは顔を見合わせて、どっちが話すかで牽制しあっている。

ステジャルがかなり言い渋り、ティヴィレが話す事になったらしい。




 ――ロハティンでは、現在、例の事件は表立って口にできなくなっている。


 横貫道路は以前に比べ公安が多数うろうろするようになっていて、どこかピリピリした雰囲気が漂っている。

竜窃盗事件は禁句になっているので、お客にも絶対に話を振ってはならないと、前の組から引継ぎがあった。


 サモティノ地区の店でお客に竜盗難の件はどうなったか聞いた行商がいたらしい。

それを聞いていた公安がお客と行商を公安事務所に連行していった。

尋問を受け店に戻ると、店は賞品の多くがが壊されぐちゃくちゃにされていた。

隣の店の行商に話を聞くと、公安に連行された後暴漢がやってきて暴れまわっていたらしい。

御者が代わりに店番をしていたのだが御者も暴行を受けていた。

話を聞いた護衛の二人が急いで駆けつけると、二人の姿を見て暴漢は逃げ出した。

その後、御者を暴行した容疑で護衛の二人が公安に逮捕された。

護衛の二人は行商の最終日まで拘束され、公安の勘違いであったと釈放された。



 そのような状況のため、どうやって情報を集めれば良いか非常に悩んだ。

最初、酒場で情報を集めようと思っていた。

だがそれも断念させる出来事があった。


 ベルベシュティ地区は、自分たちの順番より前にロハティンに入る。

キシュベール地区の行商隊と合流し事前にバザーで買い物をするためである。

ロハティン到着後は待機宿に宿泊し、買い物を済ませ自分たちの順番を待つ。


 待機宿はロハティンの東の入口、街道から入ってすぐの場所にある。

どこの行商隊も行きつけの食事処というのが決まっている。

そこで休息日になったら競竜場に行こうという話をしていた。

前回は全然勝てなかったが、今回は家族に何かおみやげを買っていきたいと言って笑い合っていた。

竜の戦績をもっと見た方が良いやら、パドックの観察が全てだやら言い合っていた。


 ビールを持ってきた給仕の娘がテーブルにビールを置くと、小声で囁くように警告していった。

『竜』という単語を無暗に出さない方が良い。

カウンター席に座った私服の男性に視線を移し、毎日ああやって公安が来ていると。


 そこからティヴィレは公安に目を付けられたらしい。

商店から見えるところに公安が立ち、毎日こちらを監視し続けていた。

休息日も外に公安が張り込みしていて、競竜場にまで付いて来られ何も話ができなかった。

結局ティヴィレは、ロハティンにいる間全く身動きが取れなかった。



 一方のステジャルは、初日から万事屋に行き、オゾラという馴染みのエルフに何か変わった話は無いかと尋ねた。

オゾラは、例のドワーフに知恵を貸した二人のエルフのうちの一人である。

これから仕事を受けるにあたり、他の冒険者との話題に置いて行かれないようにと思ってと言い訳した。

するとオゾラは受付のカウンターの方を見た。

何人かの冒険者がこちらをチラリと見て酒を呑んでいる。


 特にこれと言って変わったことは無いと、受付のカウンターを見た状態でオゾラは言った。

つまり色々あるがここでは言えない、そういう事だとステジャルは判断した。


 ステジャルはオゾラに、何か行商の間の暇つぶしができそうな討伐の依頼なんかは出ていないかと尋ねた。

依頼自体はそこそこあるから今日中に聞いておいてやると、オゾラは言ってくれた。


 翌日、万事屋に向かうと、オゾラが三人の冒険者の元に案内してくれた。

人間の男性が二人とサファグンの女性が一人。

その三人にステジャルとオゾラが加わって、五人で『大バッタ』の討伐依頼を受けることになった。



 『大バッタ』は草食ではあるのだが、とにかく大食漢で植物とみれば何でも食べつくしてしまう。

『大バッタ』と一口に言うがイナゴやキリギリスなんかも含まれる。

なお、大きさは羊くらいの大きさがある。


 空を飛ぶ生き物の中には、この『大バッタ』を捕食するものもいるのだが、そういった生き物は人も襲う。

その為、生態系の下部にいる『大バッタ』を街道から駆除する事で、そういう肉食生物が街道に現れるのを防ごうというのである。


 依頼主はロハティンの北の二人の伯爵領主。

伯爵領から北西に行くと、竜の一大生産地『ランチョ村』がある。

つまり依頼された場所より北西に行き、南東のベルベシュティの森に『大バッタ』を追いやらないといけない。

ただし追いやるとベルベシュティ地区の村に迷惑になる為、できれば討伐してしまいたい。




 翌日、五人はロハティンの横貫道路の東に集合した。

人間の二人の得物は、まさかりと長剣。

サファグンは投槍で、ステジャルとオゾラは弓である。



 一行は西街道を北上し、一日かけて目的地に近い『パホルブ』という休憩所に到着した。


 翌朝、休憩所を発ち街道を外れると、突然オゾラがステジャルに、あの件の何が聞きたいんだと聞いてきた。

それに反応するように、他の三人もステジャルの方を見た。

これまでその話には一切触れるなという態度だったのに、突然話を切り出され、ステジャルはかなり警戒した。


 なんだか以前来た時より街がピリピリしているように感じるとステジャルは切り出した。

オゾラは歩みを進めながら、ステジャルたちが村に帰った後何があったかを話し始めた。



 あの後、ロハティン総督は竜の窃盗事件の真相を公表した。

処刑された竜産協会の職員と、数人のドワーフが結託して行っていた事が判明した。

その首謀者は晒し首になったラスコッドというドワーフ。

公安の関係者への取調べの結果その事が判明し、ラスコッドは逃亡先で拘束されその場で斬首となった。

それに合わせドワーフの冒険者数人が投獄されている。


 だが万事屋の冒険者たちは、すでに本当の真相を独自に情報収集して知っている。

不当逮捕だ、冤罪事件だと噂を流した。

すると公安が万事屋にやってきて、噂を流す指揮を執っていた一人のサファグンの女性を逮捕した。


 翌日、そのサファグンの女性は、中央広場に下着一枚で引き立てられ、木の柱に縛り付けられた。

公安の警察官が槍を持ち、腿と二の腕を刺す。

血が滴ったが致命傷ではなく、サファグンは苦しみ続ける事になった。

貧血で意識が飛びそうになると、石突で腹部を突かれ叩き起こされる。


 腹部を突くと傷口から血が噴き出す。

公安は何度も、極悪犯ラスコッドとの関係を吐けば一命は救ってやると囁いた。

だがその女性は、じっと公安を睨みつけ何も言わなかった。

純白だった下着は血で深紅に染まっている。

柱の下にも血だまりができている。

その惨たらしい光景を多くの人が目撃した。


 過度の出血によって、石突で突いてもサファグンは目を覚まさなくなった。

最後に喉を槍に貫かれサファグンの女性は絶命した。



 オゾラがそこまで話をすると、サファグンの冒険者がその場にうずくまって泣き出した。

人間の一人がサファグンの背を撫でながらステジャルに言った。


「そのサファグン、リュドミラって言って、この娘フリスティナの姉なんだよ」

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