第52話 惨状
「お前、大丈夫なんか? そんな娘と一緒に仕事で遠出なんしてもうて」
ここまでの話を聞き、バラネシュティ首長はステジャルを責めた。
「情報は集めましたけども、これ以上は厳しいでしょうね。暫く大人しうしてへんと」
「そうやない。お前が目付けられて、この村が危険に晒されへんか言うてんねん」
バラネシュティはステジャルを睨みつけ、出て行く前に散々説明しただろうと強い語気で言った。
「リュドミラは明るくて人懐こい性格から、万事屋でも人気者やったそうです。彼女の処刑の件はロハティン市民にもかなり否定的に見られたようですよ」
「だからなんや」
「こんな事で目付けられるんやったら、行商に来ている多くの村が目付けられとるいう事です」
切られた木を見てどこの森の木かわかるのか、ロハティンは今、そういう状況なんですとステジャルは説明した。
なるほど、だから最初の酒場の状況なのかと、バラネシュティは少し納得したようだった。
「そんで、ベレメンド村について何かわかった事はあったんか?」
「鉞を得物にしている冒険者の人間がキシュベール地区の人で、行商の護衛から話を聞いたんやそうです」
ティヴィレに代わり、途中からステジャルが話しをしている。
どうやらここからはかなり重い内容になるようで、飲み物を口にし大きく息を吐いてから話し始めた。
――リュドミラの話でフリスティナが泣き出してしまい、そこで話は一旦途切れた。
だがそこは冒険者、思い切り泣くとかなり持ち直した。
その後、まずは討伐依頼をこなしてしまおうということになり目撃現場の近くに行った。
大バッタの落とし物と思しきものがあちこちに落ちており、付近の草も食べられるだけ食べられ土がむき出しになっている。
鉞を持った人間が、不意に指を口に当てしっと音を発する。
フリスティナが前に出て投槍を構える。
よく見ると街道方面の草地で『大バッタ』が草を食んでいる。
フリスティナが、前腕程度の長さの短い槍を投げると、槍はバッタの顔と胴の間の隙間を貫いた。
『大バッタ』は堪らず飛び立とうとする。
そこをオゾラが弓で羽の付け根を撃ち抜き『大バッタ』が地面に落ちる。
人間二人が走って行き鉞で頭を落とし、開いた胴にもう一人が剣を突き刺した。
そこから七匹ほど同様に狩りをし、一旦、地面がむき出しになったところに戻った。
火を焚き解体作業をしながら、再度、雑談が始まった。
ステジャルから尋ねたのではなく、世間話を始めると、人間の一人、キシュベール地区出身の男性が突然『ベレメンド村』という名前を口にした。
あの話はあまりにも悲惨、そうその男性は言った。
他の村の行商隊が帰って来たのに、自分の村だけ行商隊が帰って来ない。
一体何があったのか、村長は首長と二人で一緒に行った村の行商に話を聞きに行った。
酷い話があったんだと、二人は竜産協会による竜窃盗事件の話を聞いたらしい。
だが残念ながら彼らが知っているのはそこまで。
事の顛末までは知らなかった。
公安に事情聴取で呼び出され一緒に帰って来れなかったというところまでしか聞けなかった。
何か面倒ごとに巻き込まれたらしいと二人は言い合いながら村に戻った。
すると村長宅に竜産協会の人物が客人として訪ねて来ていた。
竜産協会の人物は、ロマンとセルゲイという人物が竜を購入しにきたのだが、代金を踏み倒されたと言い出した。
公安に間に入ってもらい支払いを求めると村に請求しろと言われた。
だから未払いの竜の代金を払って欲しい、そう説明された。
金額は二頭で金貨七十枚。
当然、そんな大金を今すぐ払えなどと言われ払えるわけがない。
行商隊が帰ってくるまで待って欲しいと村長は懇願した。
「五日待ってやる。もし払えないようなら、おたくの村とは金輪際取引はしないからそのつもりで」
竜産協会の人物はそう言って引き上げて行った。
村長は、周辺の村々に金の都合をお願いしてまわった。
行商隊が帰ったら必ず返すからと。
だが普段からベレメンド村を快く思っていなかった周辺の村々は銅銭一枚すら貸さなかった。
ドワーフの首長がティザセルメリ族長の元に出向き事情を話し、なんとか金を集めて貰うことになった。
ただドワーフたちは、どの村もそこまで裕福ではなく、金貨四十枚をかき集めるので一杯だった。
村長の方も村人に事情を話し、何とか財産の提供を呼びかけ金貨十枚をかき集めた。
村人からなけなしの金をかき集め、なんとか金貨六十枚まで都合する事ができた。
ところが、竜産協会の人物との約束の日の前夜、村長宅に盗賊が押し入った。
それに気が付いたのは当日の朝だった。
村長は何とか六十枚の金貨で猶予を貰おうとしていた。
だが閉めていたはずの鍵が開いており、六十枚の金貨は全て盗まれていたのだった。
村長も竜産協会のやつが放った盗賊だと直感で感じた。
つまりこの村ははめられたのだ。
呆然としていると、竜産協会の人物が何食わぬ顔で現れ代金を払えと言ってきた。
その隣にはこの地区を治めるベレストック辺境伯が立っている。
どういう事か説明しろ、ベレストック辺境伯は村長を問い詰めた。
村長はベレストック辺境伯に、行商隊が帰って来ず何が起こっているのか自分たちもよくわからないと説明した。
するとベレストック辺境伯は驚く事を口にした。
「この村の行商隊なら、とっくに崩壊しているそうじゃないか」
ロハティンの公安事務所のイレムニア委員長がわざわざ報告書を届けてくれたらしい。
報告書によると、行商隊について行った御者の息子が護衛のドワーフをそそのかし、父と行商を殺害し売上を持って逃亡した。
もう一人の護衛が何とか逃げ出して公安に訴えてきたのだそうだ。
その後仲間割れをしたらしく、街道を一人逃げていたドワーフは街道警備隊に拘束された。
調べてみるとロハティンでの竜窃盗事件の首謀者で、その場で処刑された。
だが御者の息子は未だに逃亡中で今も捜索が続けられている。
村長は、ベレストック辺境伯のいう事の多くが嘘だと感じた。
ドラガンの事なら幼い頃から知っているが絶対にそんな子ではない。
ラスコッドだってそうだ。
冒険者らしく素行が良いとは言えないが、少なくともそそのかされて悪事に手を染めるような人物では無い。
だが相手は敵意をむき出しにしており、そんな事を言っても詮無いであろう。
村長は自分が全ての責任を負うから村には手を出さないで欲しいと懇願した。
竜産協会の人物はそんなわけにいくかと凄んだのだが、ベレストック辺境伯は約束しようと頷いた。
村長は最後に遺言状を書かせて欲しいと懇願した。
竜産協会の人物はいい加減にしろと喚いたのだが、ベレストック辺境伯はそれも許可した。
村長は暫く部屋に籠り遺言状をしたためると、それを妻に渡し、竜産協会の人物が連れて来たロハティンの公安警察によって拘束された。
翌日、辺境伯の屋敷前で村長は処刑された。
だが問題はその後だった。
ベレメンド村は竜産協会によって区画ごとに競売にかけられる事になった。
周辺の村が次々に落札していった。
ドワーフの居住区も関係なく競売にかけられ落札された。
競売が終わると、周辺の村の人間たちはベレメンド村に押し入って村民を虐殺してまわった。
金目のものは全て略奪された。
ベレメンド村のドワーフたちは武器を手に抵抗したのだが、衆寡敵せず全員が討死する事になった。
この行為に対し、ドワーフの族長は辺境伯に抗議したのだが、裁定の結果を受け入れなかったのが悪いとあしらわれる事になってしまった。
かき集めたなけなしの金貨五十枚も返ってこず、ドワーフたちの間でもベレメンド村への怨嗟の声があがった。
年頃の人間の女性は捕縛され、公安の牢付きの竜車に乗せられ連れていかれた。
その多くは若い人妻で子供は一人もいなかったらしい。
女性たちは、恐らくはロハティンの闇市で奴隷として売買される事になるのだろう――
「何でロハティンがそんな状況やのに、そんな詳しい話が伝わっとんのやろ?」
バラネシュティは口に手を当て疑問を口にした。
「あの時ベレメンド村と一緒に行商に来てた隊の護衛のもんと、その後で一緒に討伐依頼受けたらしいんですわ。そん時に聞いたんやそうです」
ロハティンの万事屋でもベレメンド村の情報を欲していて、その護衛は涙ながらに話していたらしい。
「妙齢の女性以外、生き残りはおらへんのか……」
バラネシュティは沈痛な面持ちでため息をついた。
「それがですね、どうやら何人か事前に逃げたらしいんですわ。逃げる途中で捕まったもんもおったようですが。捕まった村人に子供がおらへんかった言うたでしょ?」
村長はこうなることを予想し、誰かに子供を集めて村を出ろと指示した可能性がある。
ステジャルはそう言って、バラネシュティの顔を見てニヤリとした。
「とするとや、ヴラドの姉は年齢的に生きとる可能性が高いんかもしれへんな」
バラネシュティは沈みきっているドラガンの肩を叩いて微笑んだ。
「ですね。ただ……
バラネシュティは余計な事を言うなという顔をしてステジャルを睨みつけた。
ここまで無言で話を聞いていたヤローヴェ村長が一筋の涙を零した。
「何とも野蛮な話ですね……」
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