第8話 晩餐

 翌日、ヴァーレンダー公に誘われ晩餐会となった。


 かなりまでドラガンたちの体調は回復してきていると医師が判断したようで、食事にはしっかりと肉料理がでている。

ただし医師からは飲酒はダメと報告を受けているようで、ヴァーレンダー公たちも、酒ではなく紅茶や果実水を飲んでいる。



 ヴァーレンダー公は晩餐会が始まるとドラガンに、これまで聞こえている噂話がどこまでが真実なのか一つ一つ聞いていった。

ドラガンの口から語られた内容はホロデッツたちすら知らない内容が多数含まれており、時々話に聞き入ってしまい食事の手を止める事も多々あった。


 一方でヴァーレンダー公からも新たな情報ももたらされていた。

『奴ら』の中でちょっとした内紛があったらしい。

発端は例の街道警備隊の大敗。

あの敗戦をどう取り繕うかでかなり揉めたらしい。


 街道警備隊の独断的な行動か、マロリタ侯が街道警備隊をそそのかしたか。

ロハティン総督たちは、どちらにするかで意見が対立したのだとか。

独断的な行動となれば隊長の処分という事になる。

マロリタ侯の野望という事になれば侯爵を処分せねばならない。


 最終的に、マロリタ侯の処分は国家運営の問題になると判断され、街道警備隊が勝手にやった事でマロリタ侯はそれに巻き込まれたという処理をされたらしい。


「ですけど、それだと街道警備隊の隊長は納得がいかないのではないですか? そもそも街道警備隊だって竜産協会や公安からの協力要請でやってた事でしょうし」


「邪魔になった尻尾が切られた。そういう事じゃないのかな? その協力要請とやらを盾に、これまで奴らはそなたを探すという名目で、強盗や強姦など街道で好き放題やっておったと聞くし」


 街道警備隊の隊長は、ロハティンの中央広場で公開処刑になったらしい。

警備隊を私物化し、旅人を襲い、私腹を肥やし、いたずらにサモティノ地区に侵攻した。

処刑の際は何も喋れないように口には猿轡がされていたらしい。


 なお新たな隊長には、ロハティン軍から副司令官だった人物が赴任する事になったそうだ。

ホロゼウが戦死し、そこからずっと空白になっていた副隊長の座も新たな隊長の側近が就任する事になったらしい。


「つまり、街道警備隊は完全にロハティン総督の指揮下に入ったという事ですか」


「そういう事になるだろうな。本当は内閣の工相の麾下組織なのだがな。だがこれまではまるで愚連隊のような状態だったのだ。今回の人事でしっかり統率がとれるようになった……となれば良いのだがな」



 嫌な奴らの話はその辺にしておこう。

ヴァーレンダー公はかなり強引に、無理やり話題を変えた。

アルシュタの街に来てみて何を感じたか、そんなふわりとした質問をドラガンに投げた。


 そう言われてもドラガンも、まだあまり屋敷から外に出てはおらず、市井の話を全く聞いていないため大きな街だという事くらいしか感想が無い。

するとヴァーレンダー公の方から、実はこの街には大きな問題があるのだと言い出した。


 一見するとアルシュタの街は、水の便が良く足りない物資は海路で仕入れれば良く、およそ問題があるようには思えない。

だがヴァーレンダー公からしたら問題山積なのだという。


 まずこの街には、これといった大きな収入源が無い。

大きな海軍を抱えているが、その運営費用は国から賄われている。

だが軍隊には大量の兵がいる。

彼らを生活させていかなくてはならないのだ。

維持費を貰ってはいるのだが、だからといってそれで全ての物資が賄えるわけではない。

なぜならその多くは軍隊と軍装の維持費に消えてしまうから。


 できれば街の予算を軍と民で別けてしまいたい。

現在は大赤字の軍を、民の税収で補っている状況なのだそうだ。

兵たちに支払った給金を税と言う形で巻き上げるという歪な体制になってしまっている。


「ロハティンも大きな軍隊を持っていますけど、運営はどうされているんでしょう?」


「あそこには大きな競竜場があるだろ。あれの運営は竜産協会が行っているのだが、管理は総督府となっているのだよ。金さえあれば物資は市場で賄えるからな」


 総督府管理という事は、つまるところ竜産協会から運営利益の一部が納められるという事である。

賭博場というものは非常に高利益の施設であり、納められる金額も尋常な額ではない。

ロハティンの福祉を全て賄っておつりがくるという莫大な金額なのである。


「アルシュタには競竜場は無いのですか?」


「水竜のものがあるよ。ただその……あれだ。利用者があそこほど金を使ってはくれんのだよ」


 しかも水竜の生産はどういうわけかアルシュタからかなり離れたマロリタ侯に握られてしまっている。

竜産協会に何度もアルシュタの近くで生産をと要請しているのだが、頑として聞き入れて貰えない。

そのせいで水竜は全てマロリタ侯爵領からの購入という形になり、その出費も利益を減らしている理由の一つである。


「何で利用者がお金を使わないのか、理由はわかっているんですか?」


「簡単なことだよ。競竜場に来る者が純粋にお金を持っていないのだ」


 軍を維持するためには、どうしても市民の税を上げざるをえない。

そうなれば市民たちは生活に余裕が無くなる。

当然、賭け事に使う金など真っ先に絞ってくる。

悪循環になってしまっているのである。


「現状で輸入品はどのような物が多いのですか?」


 一番は圧倒的に食料品。

特にサモティノ地区からの小麦の輸入が多い。

次いで芋などの根菜。

更に酒。

アルシュタ近辺は水は豊富にあるのだが、逆に沼になってしまっている場所が非常に多く、耕作に適さない土地が多い。

作物、特に穀物はすぐに根腐れして枯れてしまう。

根菜も腐ってしまう事が多い。

その為、希少な農地は生鮮食品、特に葉物野菜の生産に使い、それ以外を輸入という形を取っている。


「その沼地っていうのは具体的には、どんな感じなのですか?」


「底なし沼や毒沼だよ。足を入れたが最後、そのまま沈んでもがいても抜け出せないような場所もあるし、有毒の霧が漂っている場所なんかもあるんだ」


 この大陸、特に土地がなだらかな大陸東部に非常に多い特徴的な地形で、どの領主も頭を悩ませている。

底なし沼はともかく毒沼は本当にやっかいで、耕作どころか周辺には人も住むことができない。

大陸西部には西街道が整備されているのに、大陸東部には東街道が無い最大の原因がこの毒の沼地なのだ。


「もしあの忌々しい沼から水を抜き去る事できたらなら、耕作地が増え、そこを兵士に屯田させ、輸入量を減らす事ができるのだがなあ」


「でもそんな沼地だと、たとえ水が抜けても麦は育たないのではないですか?」


「別に麦じゃなくても良い。穀物なら何でも。そこから酒でもできればさらに輸入量は減るだろうし。なんなら同じく痩せた土地で困っているペンタロフォ地区やルガフシーナ地区に輸出ができるかもしれん」



 少し考える時間をください。

そう言ってドラガンはその話をそこで切り上げた。




 沼地を耕作地になんてヴァーレンダー公も夢のような事を言う、部屋に戻ったリヴネが笑い出した。

サモティノ地区だって大昔からずっと同じ事を言い続けているとペニャッキも笑い出した。


 二人は大笑いしているのだが、ドラガンは深刻そうな顔で黙っている。

そのドラガンの態度がホロデッツには気になった。


「どうしたドラガン? そんな難しい顔をしてよ」


 ホロデッツに声をかけられ、ドラガンは少しびくりとして三人の顔を見渡した。


「いやあ、どうしたもんかなと思いましてね。受けるべきか、断るべきか」


「おいおい、受けるべきかって。まさかお前、沼地を耕作地に変える便利な魔法でも使えるってのか?」


「おそらくは。もちろん魔法じゃないですけどね」


 ホロデッツはドラガンの言葉に思わず言葉を失った。

リヴネとペニャッキも驚いて顔を見合わせている。


 ホロデッツはてっきり、ドラガンがどうやって沼地を畑に変えようかで悩んでいるのだと思っていた。

だがそうでは無いのだとドラガンは言う。

恐らくやろうと思えばやれる、だがそれをやってしまうと間違いなくアルシュタからは帰してはもらえなくなるだろう。

ただ一方で、アルシュタ総督には命を救ってもらった恩がある。

できればその恩は返しておきたい。

ドラガンの悩みに、ホロデッツは唖然としてしまった。


「本当にやれる自信はあるのか?」


 ホロデッツは声のトーンを落として真顔でドラガンに尋ねた。


「実はベルベシュティ地区にいた頃、少しだけ試してみていたんです。途中まで上手くいったのをみました。残念ながら最終的にどうなったかまでは、村を出てしまったので確認できていませんが」


 つまり排水の設備を作ってから水が抜けきるまでかなり時間がかかるという事である。

当然、一度始めれば結果が現れるまでヴァーレンダー公はドラガンを手放しはしないだろう。

そうなれば、どれだけかかるかわからない排水作業が終わるまでは村には戻れないという事になる。


「それって、今からやろうとして、すぐにできるような事なのか?」


「物さえあれば。でも多分、その物が無いんじゃないかと思います」


 ドラガンの言っている事がわからず、ホロデッツは首を傾げた。


「何でだよ。そんな高価なもんなの?」


「そうじゃなく、恐らくベルベシュティ地区にしか無いと思うんですよね」


 ならばこういうのはどうか、ホロデッツは何か良案を思いついたようで、得意げな顔でドラガンを見た。

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