第58話 脱出

 陽が暮れた。


 深夜にロハティンを脱出すると聞き、ヴェトリノは子供たちに思い思いに荷物を纏めてもらい、早めに寝てもらった。


 ヴェトリノは自分の荷物とは別に、これまで書いた日記を袋に詰めてポーレたちに運搬をお願いした。

その量は思った以上に多く、七人で手分けして持って行くにしてもかなりの冊数であった。


「誰か欠けてもうたら日記が欠けてまうから、絶対に誰も欠けたらあかんで」


 ザレシエがそう言って笑うと、チェレモシュネがジョークのセンスが無いと非難し、また二人はいがみ合いを始めた。

そんな光景をヴェトリノはニコニコしながら見つめている。




 日付が変わりそうという頃に、まずチェレモシュネとタロヴァヤが立ち上がった。

子供たちはまだ隣の教室でぐっすりと寝ている。


「そんじゃ行ってくるわ。アテニツァ、マクレシュ、皆を、子供たちを頼んだぜ」


 アテニツァとマクレシュは無言で頷いた。

アルテムがお気をつけてと言うと、タロヴァヤはお前もなと言って背を叩いた。


「また後でな!」


 二人は手を振ると、『天誅』と書かれた大きな皮袋を持って学校の地下貯蔵庫へと向かった。



 地下貯蔵庫にはヤナと顔の良い執事が手足を縛られた状態で拘束されていた。

深夜になり二人とも静かに眠っている。


 チェレモシュネはヤナを、タロヴァヤは執事をそれぞれ頭の方から革袋に詰め口を固く縛った。


 二人は革袋を担ぐと、横貫通りにあるキシュベール地区の行商の店舗へと向かった。

そこの二階から革袋を垂らして放置した。

奇しくもその店舗は、かつてドラガンがロマンたちと行商に来た時に使用した店舗だったのだが、二人は知る由も無かったであろう。



 二人は自分の荷物を持って、事前にお願いしていたサファグンの漁師の下に行き、真っ暗な夜の海を南へと向かった。




 ポーレたちも二手に別れた。

ポーレとアルテム、他三人とヴェトリノと子供たち。


 チェレモシュネたちが学校を発って一時間ほど。

ザレシエがそろそろ行こうとヴェトリノたちに促した。


 マクレシュは愛用の戟を手に、アテニツァも愛用の鉞を手に、子供たちがやって来るのを校庭で待った。

するとマクレシュが、先に行って片付けておくから、ゆっくりと来いと言ってその場を離れた。


 子供たちは眠い眼をこすりながら、ヴェトリノに付き添われて校庭へとやってきた。

子供たちの数は全部で十二人。

全員サファグンである。


 ザレシエがマクレシュの姿が見えないと指摘すると、先に行ったとアテニツァは報告した。

ヴェトリノはかなり不安そうな顔をしたが、ザレシエはさすがだと笑って子供たちを引き連れて防御壁へと向かったのだった。


 一昨日、昨日と、昼間に南の防御壁に攻撃があった。

しかも、わざわざ北の兵たちが南に出向いて迎撃を行っている。

そのせいで攻め手側も北側は兵が少なく、それに伴い防御側も北側は兵がかなり少ない。

夜ともなれば見回りの兵くらいしかいない。


 ザレシエたちが防御壁に向かった時には、その見回りの兵すらいなかった。

階段を使って防御壁に登ると、あちこちに兵たちが倒れているのが見える。


 よく見ると城壁の東の方でマクレシュが防御兵を一人一人気絶させ壁から突き落としているのが見える。


 だが問題はここからであった。

内側からは登る階段があるが、外には降りる手段が無いのだ。

さらにロハティンは城壁の周囲に深い空堀があり、そこに尖った杭が無数に打たれている。


 ザレシエが城壁から下を見ると、自分たちが降りる部分だけぽっかりと杭が無い。

実は昨日、一昨日の二日で、メズドラにお願いして船を出して貰い、アテニツァとマクレシュの二人が一晩に数本というペースでこっそり杭を引き抜いていたのだった。


 まずはザレシエが綱を縛って降りていく。

アテニツァは荷物を次々と下に落とし、ザレシエはその荷物を敷き詰めていく。

荷物を下ろし終えると、アテニツァは子供たちにロープを伝って降りるように促した。

もし落ちても荷物があるから大丈夫と言って。


 そうは言っても大人でも尻込みするような高さである。

子供たちは怖がってなかなか思うように降りてもらえなかった。

四人ほどが降りたところでマクレシュが戻って来た。

するとマクレシュは突然ヴェトリノを抱きかかえて、子供たちが降りる前にロープを伝ってさっさと飛び降りてしまった。


「おいアテニツァ、子供だぢさ放り投げろ!」


 アテニツァは女の子を抱きかかえると、声を出しちゃ駄目だよと微笑んで下に落とした。

それを見事にマクレシュが下で受け止める。

よほどそれが楽しそうに見えたのだろう。

残った子供たちは次は私とアテニツァにせがんだ。


 こうして最後の子を抱きかかえてアテニツァが防御壁から降りると、真っ直ぐ攻め手の陣幕を目指した。




 最後までロハティンに残ったのはポーレとアルテムである。

二人が最も危険な役回りであった。


 どうやらアルテムは緊張で手の震えが止まらないらしい。

ポーレも緊張で何度も深呼吸をしている。



 空が白み始めると攻め手の総攻撃が開始された。

その音が聞こえるとポーレは愛用の打刀を手に、アルテムは槍を手に街の門へと向かった。


 ロハティンの門は跳ね橋である。

普段は橋が降ろされロハティンと西街道を繋いでいる。

だが、今はその跳ね橋が上げられて門が閉じられている。



 既に漁師のメズドラによって、この日に街の門が開くという噂を立ててもらっている。

公安も警察も機能不全なので噂は瞬く間に広がった。


 ロハティンの市民たちが総攻撃の音を聞いて、ロハティンから逃げ出そうと徐々に門前に集まって来ていたのだった。

攻撃開始の頃はまだ空も白んだばかりであり、市民の人数はそこまででは無かった。


 だが時を追うごとに市民の数が増えていく。

さっさと門を開けろと口々に兵に叫んでいる。

それを守備隊長のデルガチたちが必死に押えている。


 すると市民の一人が門を跳ね上げている綱に手をかけた。

その市民を守備兵が問答無用で斬り殺した事で市民たちは狂乱の状態に陥ってしまったのだった。


 その狂乱に紛れてポーレは綱を斬って跳ね橋を落としてしまった。

上から見ていた守備兵があの男だと言ってポーレを指差す。

地上にいた守備兵がポーレを見つけ襲い掛かろうとした時であった。

攻め手の兵が一斉にロハティンに突入したのだった。


 ポーレとアルテムは市民に紛れて街の外に逃げ出そうとした。

ところが攻め手の兵が入って来る勢いで街の中に戻されてしまったのだった。


 そこを城兵に斬りつけられた。

ポーレを守っているアルテムも腿を槍で突かれている。

守備兵はそんな二人を取り囲み止めを刺そうとしている。


 これまでか……

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