第57話 仕上げ

 ロハティン脱出前に最後の仕上げがある。

報復リストには無いブラホダトネ公からの依頼である。



 ブラホダトネ公の妻ヤナと息子ミコラ。

この二人が後回しになったのはそれなりに理由がある。

もちろん警備が堅いというのもある。

一番大きな理由は、この二人を途中で弑いると他の者たちが警戒を強めすぎてしまうというものであった。


 方法はもう最初から決まっている。

ミコラの行動を観察し、夜中に総督府のバルコニーに現れる時間がある事がわかったのだ。

毎日というわけではない。

どうやら夜中に癇癪かんしゃくを起すらしく、何かしら失敗した母の侍女をバルコニーで鞭打ちにしているのだ。


 しかも大声を発せないように別の侍女に口を塞がせる。

声にならない悲痛な叫びが行商のいない横貫通りにこだまする。


 こんなのが総督になった日にはロハティンはこの世の地獄になってしまう。

総督府を見張っていたタロヴァヤは、学校に戻ってそう心情を吐露した。



 バルコニーに現れるなら狙撃は簡単である。

これまでは横貫通りには昼夜問わず公安がうろちょろしていた。

だが委員長のイレムニアが失踪し、ブロドゥイ警部補が殺害された事で、すっかり公安は機能不全に陥ってしまっている。

警察が対処すればと普通は思うのだが、元々横貫通りは警察の縄張り外らしく近づこうともしない。



 それと最後のヤナであるが、実はヤナは他の使い道を考えている。

決行はヴァーレンダー公の到着を待って。

ザレシエたちはそう言い合っていた。




 その日は思ったよりも早く訪れた。

ヴィヴシアが惨殺されてから、わずか三日。

ロハティンの外から歓声が上がった。


 兵たちの様子から、どうやらヴァーレンダー公たちが到着したらしい事がわかった。

そこでザレシエはこれまでの報告とここから数日の事を書いた紙を矢に縛り付け、民家から外の兵に向かって射込んだ。


 その紙には最後にこう記してある。

”この手紙をお読みいただけたら、街の南に兵を向け軽く攻撃をしかけていただきたい。我々は北から脱出する。”



 一本だけ不自然に飛んできた矢は、すぐにヴァーレンダー公の元に手渡された。

はっきりと見えるように”ヴァーレンダー公へ”と書かれていたためである。


 ヴァーレンダー公は細く折り畳まれた手紙を手に取ると、まず差出人の名前に満足した。

『フローリン・ザレシエ』

文をじっくりと読むと、一言、掃除はほぼ終わったらしいと呟き、手紙を篝火で燃やしてしまった。


 その後で、南の防御壁の脆い所を探りたいから一度軽く攻めてみてくれとユローヴェ辺境伯に命じた。




「私をこのような目に遭わせて、ただで済むと思うなよ」


 手足を縛り付けられた裸の女性が目の前の男を睨んでいる。


「あまり大声を発しねえ方が身のためだぞ。公爵妃がそんな恰好をしていると知ったら、城兵や市民たちがどんな行動に出るかわんねえからなあ」


 チェレモシュネはかつての山賊の頭領時代のように口元を歪めてヤナを見ている。

その顔に苛ついたヤナが下衆がと吐き捨てるように言う。

チェレモシュネは、それすらも笑い飛ばした。


「下衆? 下衆はどっちだ。とっかえひっかえ良い男と見れば寝所に呼んでたくせによ。愛人のヴィヴシアが死んだらさっさと別の執事と楽しく買い物かよ。ロハティンの市民が恐怖で寝れない思いをしてるってのにいい気なもんだぜ」


 その買い物の途中をチェレモシュネは狙ったのだった。

共にいた執事は隣で同じように裸にされて手足を縛られてううと唸っている。


 ヤナはチェレモシュネに唾を飛ばし怒りを示した。

チェレモシュネはそれをものともせずに口元を歪めニヤついた顔を向ける。


「心配すんな。俺たちはあんたを殺しはしねえよ。殺すのは一人だけだ。それも殺してくれという依頼だったから渋々だ。明日の朝には解放してやるさ」


 そう言うとチェレモシュネはヤナに猿轡をして部屋を出た。




 その日の夜、ミコラは母が帰って来ない事に癇癪を起こし、いつものようにバルコニーに出て侍女を折檻しようとした。

すると一本の矢が飛んできてミコラの首を貫いた。

ヤナが行方不明になっており、警察は日が暮れてもあちこちを捜索、執事たちも捜索に加わっている。

その中での大胆な犯行であった。


 街の統治機構はそれほどまでに機能低下している。

そう実感させられる出来事であった。




 娘が拉致され、孫を殺害され、マロリタ侯は激怒していた。

犯人を草の根別けても探し出せ、南北二人の警察の署長を呼びつけそう指示した。

だが北の警察署長マザンカは首を傾げた。


「ここはロハティンです。総督もしくは家宰から指示されるのならわかるのですが、どうしてマロリタ侯から指示をされなければならないのですか?」


 南の警察署長オレアンダも、マロリタ侯の家の事は侯爵屋敷でお願いしますと困り顔で指摘。

マロリタ侯は激怒し家宰のルサコフカを呼びつけた。


 ルサコフカは腰の剣を抜き、金なら望むだけくれてやるから大人しく命を聞けと脅した。

だが二人の署長は逆にマロリタ侯とオレアンダを拘束してしまったのだった。



 二人の警察署長も公安のイレムニアたちがどうなったかは知っている。

恐らくいづれ自分たちの番が来る、そう言い合っていた。

マロリタ侯たちを捕捉して外の兵に引渡せば、自分たちの保身は図れるのではないかと二人は考えていたのだった。


 そこで二人は部下たちに公安の領域を犯さないようにと厳命。

二人の思惑通り総督府は襲撃を受けミコラが犠牲となった。

マロリタ侯に呼ばれた二人は、最初からマロリタ侯たちを拘束する事を目論んでいたのだった。



 二人の警察署長は、マロリタ侯とルサコフカを引き連れて街の門へ向かった。

門を開けよ、そう命じたのはオレアンダであった。

だが守備隊長のデルガチはそれを断固拒否。


「この街は降伏するのだ。大人しく門を開けられよ」


 そう命じたマザンカにデルガチは槍を突き付けた。


「ブラホダトネ公かヴィヴシア様、もしくは騎士団長の命ならば聞く。貴様らに何の権限があってかような事を命ずるのか」


 デルガチは部下に命じて二人の警察署長を拘束し、マロリタ侯たち共々、かつて行商の待機宿だった場所に監禁してしまったのだった。

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