第54話 内ゲバ
翌日、警察が公安の事務所に駆け込んできた。
ブロドゥイは警察から大神父ブリャンカ失踪の報告を聞き、額に一筋汗を垂らした。
その日、ブロドゥイを青ざめさせる報告が他にも三件届いている。
奴隷商バタリノエ、漁業協同組合長ドミトロフカ、食堂街組合長カルポフカも失踪したのである。
間違いなく次は自分だ。
ブロドゥイは恐怖にふるえていた。
だが同時に一体誰がという疑問が浮かぶ。
誘拐犯は間違いなくこの街の闇組織に連なる人物に狙いをつけて誘拐している。
ブロドゥイは暫く考え、一つの答えを出した。
『裏切り者がいる』
ブロドゥイは部下を呼び出し、カタリン・オゾラというエルフの冒険者を誘拐の重要参考人として拘束するように命じた。
どのような拷問を施してもよいから、絶対に自白させろと命じた。
だがオゾラはブロドゥイの部下の尋問に何も知らないを貫き通した。
業を煮やしたブロドゥイは自ら尋問すべくオゾラの元へと向かった。
「お前、以前ステジャルとかいう冒険者に情報を流しただろ。今回も流してるんじゃねえのか?」
どうなんだと頬を張りながらブロドゥイは尋問。
以前情報を流したのは嗅ぎまわっていた奴らの情報を得る為にやった事だとオゾラは釈明した。
それに情報を流したのは同行した冒険者で俺じゃないとブロドゥイを睨んだ。
「そいつを紹介したのがお前だって事は知れてるんだよ。尋問で死ぬ前にその冒険者が吐いたからな」
オゾラは直を首を横に振る。
「あれはバリシコフからの指示だったんだ。俺はバリシコフからの命に従っただけで……」
ブロドゥイはいい加減な事を言うなと何度かオゾラを蹴りつけた。
「これは……罠だ……俺たちに……仲間割れを……させようとする……罠なんだ……」
ブロドゥイが黙れと言って顔を殴りつけるとオゾラは意識を失った。
街では、ここ数日失踪者が相次いでるという噂で持ち切りであった。
金貸しチェレピンと奴隷商バタリノエが失踪したという話を聞き、どうやら正義のヒーローが活躍してくれているらしいと話題になっている。
ただ、その中に医師会長シュペトフカ、大神父ブリャンカ、食堂街組合長カルポフカ、漁協組合長ドミトロフカの名が加わると正義のヒーローの仕業では無いのではないかと言われ始めた。
もちろん、こんな噂を大通りで話せばすぐに公安に逮捕されてしまう。
人々は住宅街で噂しあっているのだが、その噂は瞬く間にロハティン全体に広がって行った。
カルポフカたちが失踪した三日後、広間で公開処刑が行われた。
罪状は誘拐。
処刑されたのはオゾラであった。
オゾラは前歯が何本も折れていて、顔は痣だらけ、明らかに酷い暴行を受けたと誰の目にもわかった。
「うう」しか声の発せないオゾラを公安は座らせて首を刎ね飛ばした。
自分の手駒を拷問にかけ公開処刑にされ、盗賊ギルドの長アンドレイ・バリシコフは激怒した。
その日の夜、盗賊ギルドに所属する冒険者はブロドゥイ宅を襲撃。
幼かろうがなんだろうが関係無く家の者を皆殺しにし、ブロドゥイを捕縛し拠点に誘拐した。
翌朝、中央広場にはバラバラに切り刻まれたブロドゥイの遺体が打ち捨てられていたのだった。
ブロドゥイの遺体を見た家宰のヴィヴシアは、盗賊ギルドが裏切ったと判断した。
街道警備隊のラズメ隊長を呼び出し、バリシコフの殺害と盗賊ギルドの壊滅を命じた。
既に街道警備隊が街道を警備しなくなってから久しい。
公安がジャームベック村というところを攻める時に街道警備隊も隊員を出している。
そこで大敗北を喫しほとんど隊員は帰ってこなかった。
その後、ホロゼウが街道警備隊の半数を率いてサモティノ地区に攻め入り、その多くを戦死させた。
その二つの敗戦の痛手から街道警備隊はまだ回復できていないのだ。
だが、そうは言っても盗賊ギルドと全面対決するくらいの隊員は確保している。
ロハティンの街の外でアバンハード軍が包囲する中、ロハティンの街中では盗賊と街道警備隊が斬り合いを始めたのだった。
だが街中の諍いはそれだけでは済まなかった。
バリシコフは万事屋に、盗賊ギルドが潰されれば次はお前たちだと煽った。
オゾラがどうなったか見ただろう。
俺たちは公安の敵になったのだと。
冒険者たちは顔を覆面で隠し、続々と盗賊ギルド側に参加。
街道警備隊は竜産協会経由で公安に助力を要請。
竜産協会の総務部長ボーダン・ゾロテから街の治安維持の為と言われ、公安の警官が続々と参加。
横貫道路は完全に戦場と化してしまったのだった。
竜産協会の臨時の支部長を務めている営業統括のオレクセイ・プリモルスキーはヴィヴシアの元へ行き、反乱が長引くと街の防衛にも支障が出ると指摘。
ヴィヴシアは南北の警察の屯所へ『反乱の鎮圧』を命じたのだった。
警察が介入した事で、数において圧倒的に不利となった盗賊ギルドの反乱は鎮圧された。
バリシコフは捕縛され、反乱の首謀者として中央広場で直ちに処刑される事となった。
ところがこれで事は終わらなかった。
盗賊ギルドの残党は翌日、堂々と竜産協会の事務所を襲撃。
出口を封鎖し、中にいた職員を手あたり次第に殺害していった。
さらには冒険者たちもこの襲撃に加担。
竜産協会の職員はわずか一時間で皆殺しにされたのだった。
プリモルスキーとゾロテの首が窓から掲げられると冒険者たちから喝采が沸き起こった。
公安と警察から責任者が家宰の執務室にやってきて、彼らの始末をどうつけるか相談する事になった。
ヴィヴシアは頭を抱えた。
マロリタ侯たちが逃げ込んで来てわずか半月。
これまでヴィヴシアたちが何十年もかけて作り上げてきた闇社会は完全に崩壊した。
責任者が全員行方不明か死亡したのである。
もしかしてマロリタ侯が?
まさか家宰のルサコフカが?
疑い始めたらきりがない。
そもそもマロリタ侯たちが主犯なのだとしたら、それはもうやむを得ない事ではないか。
何のためにマロリタ侯の娘ヤナを篭絡したと思っているのだ。
全てはこの街を牛耳るため。
この街の富を吸い上げる為。
手駒が消えたのなら、また作れば良い。
ヴィヴシアは公安と警察には、これ以上騒ぎが大きくなると街の防衛に差し障るとこれ以上の手出しを禁じた。
冒険者たちも不問に付すようにと命じた。
自宅の豪邸に戻ったヴィヴシアは、地下の一室に足を運んだ。
そこにはかなり血色の悪い者たちが『食事』をしていた。
目が異常なまでに大きく、背には蝙蝠のような羽が生えている。
グレムリンである。
「戦況ハドウカ?」
グレムリンの一人がそうヴィヴシアに尋ねた。
「最悪だよ。すでに各地で我らは敗北を喫し、この街も完全包囲されている」
ヴィヴシアの報告に驚き、そのグレムリンは何でそんな事になっているんだとギリギリと歯を軋ませながら憤った。
「シシアン。頼みたい事がある。人を一人消して来て欲しい。このままではお前たちに十分な食事を提供できなくなってしまうかもしれぬのだ」
シシアンと呼ばれたグレムリンは、食べ尽くされて、顔だけになった人間の女性をチラリと見て、誰を消せば良いかとたずねた。
「マロリタ侯の家宰ルサコフカ。あれを消してくれ」
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