第55話 ヴィヴシア

「そろそろグレムリンが出る頃やろうな」


 むしろここまでやってグレムリンが出てこなかったのが不思議なくらいだとザレシエは言った。

ポーレもそれには同感であった。


 アバンハードでの感じだともっと色々な奴がグレムリンを飼っていて、夜に誘拐された奴の捜索を行ってくると考えていた。

ところがここまで一度もそういう事が無かった。


 ここまで聞いている話によるとグレムリンを近隣の大陸から呼び寄せる為にこの反乱は行われているという事であった。

とすればロハティンはその足掛かりの地であるはずで、その地にグレムリンがいないとはおよそ考えづらい。

そこから想像すると、恐らくはこの街のグレムリンは誰かが一手に飼っているという事になるだろう。


 誰か。

可能性の最も高いのは家宰のヴィヴシアであろう。



 勝手に内ゲバを始めてくれたおかげで、作ってきたリストも残るは三人だけになった。

ヴィヴシア、ヤナ、そしてミコラ。


 ここでグレムリンを繰り出して来てくれたら楽なのに。

ザレシエは不敵に笑う。


「ところで地下の奴らはどうするんだ? 娼館から接収した麻薬を三日間も嗅がせ続けたりして。あれに何の意味があるんだ?」


 ポーレはザレシエに尋ねた。

全員嘔吐して糞尿も垂れ流していて、かなりの悪臭が地下に充満してしまっている。

あれでは早晩気付かれてしまう。

さっさと殺すなりなんなりした方が良いんじゃないのかとポーレは指摘した。


 するとザレシエじゃなくアルテムが厳しい目をして睨んだ。


「ポーレさんはビュルナ諸島での惨状を見てないからそんな事が言えるんですよ! あれだけ尋常じゃない量の麻薬を嗅ぎ続けたあいつらはもう死んだも同然ですよ。せいぜいもがき苦しんで死ねば良いんだ!」


 この七人の中では一番温厚と思われるアルテムが鬼の形相で言うのでポーレはかなり面食らった。

どういう事かとチェレモシュネに尋ねると、チェレモシュネは麻薬は切れると酷い禁断症状が起きるんだと説明した。

その後、前回の救出劇の後でビュルナ諸島で何が起こったのか赤裸々に語った。


「そうだったのか……救出した者の多くが命を落としたとは聞いていたが、そんな話だったとはな……」




 グレムリンのシシアンたちを差し向けた翌朝、ヴィヴシアは何食わぬ顔で総督府へと向かった。

そこでヴィヴシアは絶望的な光景を目にしたのだった。


 総督府の前に人だかりができており、ヴィヴシアは邪魔だと言って群衆をかき分けて総督府に向かった。

その時点ではシシアンたちがやりすぎたのかもなどと思っていた。

だがそうでは無かった。


 十二人のグレムリンが惨殺されて総督府の門前に捨てられていたのだった。

ヴィヴシアは顔が青ざめた。

グレムリンが殺されていた事にではない。

その十二体の遺体の中にシシアンがいなかったのだ。


 しかも明らかにこれだけのグレムリンが殺害されたにしては血の量が少ない。

恐らくどこか別の場所で殺害され、この場所に捨てられたのだ。

一体誰がこんな事を……


 ヴィヴシアは総督府に足を踏み入れた。

すると執事たちがやって来て拘束されてしまった。


「何のつもりだ!」


 ヴィヴシアは暴れて抵抗しようとした。

そこにマロリタ侯と娘のヤナ、家宰のルサコフカが現れた。


 ルサコフカの隣の執事は、斬り殺されたシシアンを抱えている。


「ヴィヴシア、これはどういうことだ? 何故我々を殺害しようとした?」


 知らないは通用しないであろう。

このシシアンの事はマロリタ侯たちも知っているのだから。


「それは、この者が勝手に……」


 ヴィヴシアの苦しい言い訳に、マロリタ侯は大きくため息はついた。

マロリタ侯は無言で懐から一通の手紙を取り出し、ヴィヴシアに見せた。


「密書だ。差出人は無い。密書には今日か明日、グレムリンがお前たちの命を奪いに来るとある。半信半疑ではあったのだがな、念のため警備を厳重にと言っておいたら本当に来るのだものなあ」


 マロリタ侯は腰の剣を抜き、無表情でヴィヴシアの腿にちくりと刺した。

ヴィヴシアは激痛のあまり叫び声をあげる。

だがマロリタ侯もヤナもルサコフカも表情一つ変えない。


「もう一度聞く。どういうつもりだ?」


 腿から血が流れ激痛が全身に走る。

腿を押さえたくても両手を執事に抱えられ動かす事ができない。


「誤解です……私が閣下のお命を取ろうだなんて。ただルサコフカがいなくなれば自分が家宰にと……」


 マロリタ侯はヴィヴシアを汚物でも見るかのような目で見るとルサコフカに処分は任せると言ってヤナと二人で屋敷の奥へと帰ってしまった。


「そうかそうか。私がいなくなればか。正直な事だな。その正直さに免じて命だけは助けてやろう」


 ヴィヴシアは少しほっとした顔をした。

だがその後のルサコフカの言葉に絶望した。


「舌を焼いて喋れないようにして男色娼館に送り込め。大罪人だから好きにしろと言っておけ」


 ルサコフカが執務室に向かうと、絶望した顔のヴィヴシアが地下の『調査室』へ連れて行かれた。



 そこからわずか三日後、街の南の防御壁近く、かつて孤児院のあった場所で生首が発見された。

両目は潰され、舌が焼かれ、耳と鼻が削がれている。

もはやそれがかつてのこの街の家宰だとは、誰もわからなかった。




「ここロハティンは間もなく戦場になります。総攻撃が下されることになるでしょう。そこで提案なのですが、我らと共にプリモシュテン市に来ませんか? もちろん子供たちも一緒に」


 ポーレはそう言ってヴェトリノを誘った。

間もなくヴァーレンダー公が到着する。

恐らく我々が街から抜け出たのを合図に総攻撃となるだろう。


 ヴァーレンダー公の性格からして市民に迷惑がかかるような攻撃方法は選ばないだろう。

だがマロリタ侯たちもそうだとは限らない。

むしろ彼らなら進んで市民を盾に使ってくるだろう。


 そうなれば、最初に犠牲になるのは孤児や低所得者たちだろう。

つまりヴェトリノたちは極めて危険なのだ。


「我々がこの街に潜入している事を知っている方が間もなく到着します。その御方にお知らせして、総攻撃の前日の深夜に脱出します。その時に一緒に脱出しましょう」

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