第38話 門番

 新たな年になり数日が経ったある日、ドラガンはサファグンの族長の屋敷に挨拶伺いに向かった。


 元々ドラガンはバラネシュティ族長からサファグンの族長宛ての書簡を預かってきていた。

すぐに渡しにいかねばと思っていたのだが、ポーレから時期尚早と言われてしまっていたのだった。


 ポーレの考える『時期』とは、ドラガンがエモーナ村に顔が売れるまでということだった。

ドラガンという人物像についてはポーレが噂話として広めていて多くの村人が耳にしている。

エルフの集落に、エルフたちが『水神の使い』と大事にしている人物がいると。


 そんな人物が訳あって自分たちの村に来ることになった。

それがどんな人物なのか、自分たちが未来を託すに足る人物なのか、ある程度見定めが終わってからの方が良いという判断だった。


 ポーレが睨んだようにドラガンは実に真面目に漁に取り組んではいるのだが、なかなか上手くはいかなかった。

その話はすぐに人間の漁師たちの酒の肴になっていた。

サファグンの漁師たちは、その真面目に取り組む姿に感心している。

夜の食堂広場では、連日、漁師たちはドラガンの噂でもちきりだったのだ。



 ドラガンが村から出る時には、ポーレの指示で必ず万事屋から護衛が付くことになっている。

基本的にはムイノクとエニサラが付くことになっているが、困難であれば別の人が付き、必ず二名が両脇を固めることになっている。


 サモティノ地区のちょうど中央、ドゥブノ辺境伯領とユローヴェ辺境伯領のちょうど間の海岸にサファグンの族長の屋敷はある。

隣の筏には立派な寺院が建てられ、主神『モレイ・ボガット』の立像を祀っている。

サファグンの住居の例に漏れず、族長の屋敷も寺院も海の上、大量の筏の上に建てられている。


 周囲のサファグンの居住区と違うことと言えば、まるで生垣のように防風林の松林が入口を取り囲んでいることだろう。

サモティノ地区の西街道の両脇には椰子の木が等間隔で植えられている。

サファグンはこの椰子の実を使って酒を造っている。


 西街道から族長の屋敷の松林までには椰子の林がある。

そこで取れる椰子の実を使って酒を造り、各村の酒場に販売し屋敷の運営費に充てている。


 さらに防風林の松からは松脂を取り防水材として造船所に販売しており、切り倒した松は筏として利用している。

松の葉や松ぼっくりは火を付ける際の種火としても使える。


 松を薪として利用すると灰に松脂が含まれ、それを練ると墨となる。

墨はサモティノ地区、それもサファグンの有名な特産品となっている。

普段からサファグンたちが松の薪を、毎日、あちこちで燃やしているのは灰を集めるためだったりもしているのである。




 ドラガンたちは、西街道から椰子林を通り松林を抜け屋敷の入口に向かった。

ところが守衛に用向きを伝えると、そんな話は聞いていないと門番に止められてしまったのだった。


「確かに事前に話はしていないのだけど、族長に会わなくてはいけない用事があるんですよ」


 ドラガンはその守衛に何とかならないかと懇願した。

だが守衛は銛をドラガンたちに付きつけ断固拒絶した。


「何遍言われようとも、聞いとらんものは聞いとらん!」


「であれば、族長に来客だと伝えるだけでも良いので伝えていただけませんか?」


「事前にほんの少しでも聞いとりゃあそれもできるが、突然押しかけて会わしてくれ言われて、はいわかった言うたら俺の門番としての責が果たせん!」


 ふざけるなこの石頭とムイノクが門番に詰め寄ったが、ドラガンがそれを制した。

門番は持っている三又の銛をムイノクに向け牽制している。


 冷静に考えてみれば門番の言う事も、もっともといえば、もっともではあった。

事前にドラガンたちが来ると全く聞いていないのである。

ここで族長に来客だと告げに行けば、族長が在宅だと教えているようなものである。

つまり来客があったことは後で伝えておくから、こちらからの返答を待てと言いたいのだろう。


「あの、それでしたら後からで構いませんから、僕が来たということだけでもご報告いただけませんか?」


「わかった。族長が会うても良えとなったら、後日こちらから連絡がいくじゃろうけえ、それを待ってつかあさい」


「ではその際これを族長にお渡しください」


 ドラガンは、バラネシュティ族長からの書状をその門番に手渡した。

大事な書状をあんな石頭の門番に託してしまって大丈夫かとエニサラは心配した。

だがドラガンは彼なら大丈夫と笑い出した。




 翌日、エモーネ村にサファグンの族長の家宰エルホヴォが大慌てでやってきた。

真っ直ぐクネジャ首長のところに行くと、息を切らせてカーリク様は今いずこにと尋ねた。

首長はとりあえず落ち着いてと水を手渡した。

エルホヴォはその水をぐいっと一気に飲み干すと、この村にカーリク様がおられるはずだと言った。


 カーリクさんならまだテテヴェンの爺さんと漁に出てると首長は呑気に笑った。

エルホヴォは首を傾げる。

状況の理解が全く追いつかない。

はて?

漁に出ているとは一体どういうことなのか?


 案内されるままに市場で待っていると、確かにテテヴェン爺さんが若い人間と一緒に漁から帰ってくるではないか。

あれは誰かと周囲に尋ねるとカーリクだと皆口を揃えて言う。

仮にもエルフのコミュニティで『神の使い』と祭り上げらているお方に、こいつらは一体何をやらせているんだとエルホヴォは呆れ果てた。


 エルホヴォはドラガンに族長の使いで来たと、両手で胸を隠すようなサファグン式の礼をする。

すぐにでも族長屋敷にお出でいただきたいと申し出たのだが、ドラガンは、さすがにこの恰好で族長に会うわけにいかないと笑い出した。

明日は休漁なので、改めて訪問させていただくとドラガンは微笑んだ。



 翌日ドラガンはムイノクとエニサラを連れ、再度族長の屋敷へ向かった。

門番に用向きを話すと中へどうぞと案内された。

だがドラガンは、その前に一つ聞きたいことがあるとその門番に尋ねた。


「先日の門番はどうされたんですか?」


 ドラガンからしたら、サファグンの細かい容姿の違いがそこまでわかるわけではない。

とりあえず、髪の色、目の色といった特徴をその門番に伝えた。


「それヤコルダのことかなあ?」


 ボイコ・ヤコルダというらしい。

年齢は二五ということなので、ポーレと同じ歳ということになる。


「そのヤコルダさんはどうされたんです?」


「家宰様の勘気被って、今、牢に入れられよるはずじゃ」


「そうですか……ありがとうございます」


 ムイノクとエニサラは、そりゃああれじゃあ怒られるわなと笑い出した。

だがドラガンは浮かない顔をしている。



 ドラガンたちは真っ直ぐ応接室に通された。

ここが海の上の筏の上とはとても思えない豪奢なつくりの一室である。


 部屋の奥には、老齢のサファグンが豪奢な椅子に腰かけている。

その隣には、先日ドラガンを呼びに来た家宰のエルホヴォが侍っている。

ということはこの老サファグンが、族長ヴェレリ・ヴラディチャスカといことになるであろう。


 ヴラディチャスカ族長は、髪は真っ白でかなり薄く、高齢のサファグン特有の口の端に長い髭を蓄えている。

手には特徴的な広い水かきがあり、指に宝石などははめてはいない。

その代わりに大きな耳にいくつも耳飾りを付けている。


「お初にお目にかかります。ドラガン・カーリクと申します」


「あんたがドラガンさんか。お噂はかねがね。ささ、座ってつかあさい」


「その前に、ヤコルダという門番を呼んでいただけませんか」


 族長は渋った。

先日の件をドラガンが怒っており、この場で厳正な処分を要求すると思ったからである。

だがドラガンがどうしてもとせがむので、渋々牢から連れ出させた。


 執事によって罪人のように引き立てられて来たヤコルダは、両手に枷をし、両脚にも鎖を巻かれていて、少し暴力を受けたようで顔に痣ができている。


「ヤコルダさん申し訳ないです。僕のせいで」


 そう言ってドラガンはヤコルダの手を取った。

その後でドラガンは、なぜこんな仕打ちをするのかと族長を責めた。

彼は忠誠心に篤い人物で極めて職務に忠実である。

門番としてこれほど素晴らしい人物はいない。

むしろ厚遇を持って遇するべきなのに。


 族長はドラガンの説明に非常に納得するものがあったらしい。

そして、これが『水神の使い』ドラガン・カーリクかと、改めてドラガンを尊敬の眼差しで見た。


 族長はヤコルダの手足の枷を外させ、すまなかったとヤコルダの手を取って謝罪する。

ヤコルダは涙を一筋流し、恐れ多いことですと恐縮し、族長に顔をあげるように懇願した。

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