第39話 会談

 ヴラディチャスカ族長は改めてドラガンに席につくよう促した。

族長は隣に家宰エルホヴォを座らせており、ドラガンもムイノクとエニサラを隣に座らせた。


「エルフの族長からの書状、読ましてもろうた。カーリク殿は中身について何か聞いとるんじゃろうか?」


「いえ。無事辿り着けたら、これを渡してくれと渡されただけでして」


「ほうか……」


 手紙の内容についてバラネシュティ族長からは特に見るなとは言われてはいないのだが、ドラガンは一般的なマナーとして見る事はしなかった。


「差し支えなければ、どのようなことが書かれていたか教えていただけますか?」


「たわいも無いことじゃ。困っとる事があったら、遠慮のう君に相談したら良えと書いてあった。きっと力になってくれる事であろうと」


「そうですか。で、何か困りごとでも?」


 ヴラディチャスカとしても、噂では聞いていたとしても、初対面の人物に進んで自分たちの窮地の話をする気にはなれなかった。

だがバラネシュティ族長からの手紙にはきっと力になってくれると書かれている。

であれば恥を忍んで打ち明けるのもありだろうとも感じたのだった。


「君はこの地区の経済状況をどう見る?」


「そうですねえ。正直言えば、キシュベール地区、ベルベシュティ地区に比べると、少し経済力が弱いかなあと」


「君もそう見るか……」


 族長は少し俯き気味に呟いた。

族長の話によると、ここサモティノ地区は漁業と小麦栽培に経済を頼りきってしまっているという。

それについてはキシュベール地区の鉱石、ベルベシュティ地区の木材も似たような状況だろう。

だがサモティノ地区の扱う海産物と小麦は、鉱石や木材に比べ単価が安いのである。


 酒は椰子酒以外にビールを作っている。

だがビールは大麦以外にホップという植物が必要で、これをベルベシュティ地区からの輸入に頼っている。

墨、松脂はこの地区の独占販売品で比較的高く取引されているものの、総販売額という面から見たら小さいと言わざるをえない。

高価な品といえば真珠だが、天然のあこや貝を採取しても真珠を持っている確率は極めて低く、希少すぎて単なる贅沢品で終わってしまっている。


 何か画期的な流通商品があれば。

かねてからドゥブノ辺境伯、ユローヴェ辺境伯と何度も協議を重ねてきた。

金を出し合い産業促進も行った。

だが全て徒労と金の浪費に終わったのだそうだ。


「君たちから見てどうかな? 新たな商売になりそうな品に心当たりが無いじゃろうか?」


 突然そう言われても、そのような目で見ていないので何も思いつかない。

ドラガンたちが困り顔をしていると、族長は、せめてうちらも何か加工して工芸品が作れれば良いのだがとため息をついた。


「え? 何も無いのですか? 工芸品」


「反対に聞くが、サモティノの工芸品を何か聞いた事があるか?」


「……言われてみれば。真珠の宝飾品くらいでしょうか」


 自分だけが無知なのかと思い、ムイノクとエニサラの顔を見るのだが、二人とも確かに知らないと首を傾げている。


「山が無いけぇ金属が無い、森が少ないけぇ獣が少のうて皮が捕れん。布といやあ安い亜麻布だけ。どうにもならんのじゃよ」


「深刻ですね……」


 何か考えてみて欲しい、何か少しでも見つかればぜひ教えて欲しい。

そのための資金提供は惜しまない。

これはこの辺り一帯の領主共通の悩みなんだよと、族長は心底困った顔をした。


「少し時間がかかるかもしれませんが、何か見つかり次第お知らせいたします」


「うむ。我々だけではもう手詰まりでな。期待しとるよ」




 屋敷を後にした三人は難題ですねと言い合った。

確かにここに来て思ったが、経済が地区内でほぼ完結してしまっている。

さらにエモーナ村周辺のドゥブノ辺境伯領は、税が高く生活も困窮し始めている。


「ですけど、産業振興は良いんですけど、ドゥブノ辺境伯に税で持っていかれるのは癪に障りますね」


 ムイノクの言に、エニサラもそれよねと力強く賛同した。

ユローヴェ辺境伯領だけで振興したら良いとムイノクが意地悪い顔をすると、ドラガンは、それではドゥブノ辺境伯領の住民が見捨てられたと絶望してしまうと指摘した。


「ねえ、エニサラ。君はこの地区で何ができたら喜ばれると思う?」


 少し発想を変えてみようとドラガンは促した。

エニサラは腕を組んでううんと唸っている。


「そうやねえ。真珠がいっぱい採れたら嬉しいんと違うかな?」


「養殖化かあ。でもそれだと希少価値が下がって値段落ちちゃうよね?」


「でもよ。身近になったらまず真珠いう選択になると思いません?」


 今はあまりにも希少だから幻の宝石となってしまって、貴族以外が手に取ることの無い品になってしまっている。

養殖化できれば一般的な希少な宝石になるのではないか?


「なるほどね。天然より良質な養殖真珠ができたりするかもだしね」


「できへんのですかね? 養殖」


「どうなんだろう。さっきの族長の感じだと、試したけど失敗したって感じっぽいよね」




 ドラガンは村に帰ると、さっそくポーレに族長との会談を報告した。

その中で産業振興をお願いされたと言うとポーレは苦笑いした。


「そうか。あの族長もついにそんなことを言い出したか」


「ついにって?」


「サファグンはビュルナ諸島を所有しているから安定した収入があるんだ。だから以前は、豊かさというのは漁獲高のことだ、なんて言ってたんだけどね」


 ビュルナ諸島は温泉地でユローヴェ辺境伯領の港から直行便が出ている。

管理も運営も全てサファグンが行っており、非常に有名な一大観光地となっている。


「何か心境の変化でもあったんですかね?」


「昨今、若いサファグンが冒険者になって、ロハティンに行くことが増えたからねえ」


 族長は漁業と観光だけでは先細ってしまうと感じているのかもしれない。


 ドラガンは帰り道に話題に出た、真珠の養殖について聞いてみた。

ポーレはうんうんと頷くと、それなんだよなあと渋い顔をする。


「誰しもが真っ先にそれを思うんだよ。だからもちろん、これまで何度も試してきてるに決まってる」


「上手くいかないんですか?」


「いってないね。お金もたくさん注ぎ込んだみたいなんだけどね」


 真珠養殖は底なし沼。

一見普通の大きな水たまり。

だが一歩足を踏み入れたが最後、もがけばもがくほど沈んでいく。


「ポーレさんは原因はどの辺にあると思ってるんですか?」


「さあなあ。研究内容すら見た事無いからなあ」


「何だかポーレさんらしくないですね。真っ先に首突っ込んでそうなのに」


 ドラガンの発言に、ポーレは少し気分を害したという顔をする。

ドラガンを指差し、どういう意味だと問いただした。


「人をお祭り野郎みたいに言うんじゃねえよ。経済は多少理解できるけど、そういう分野は苦手なんだよ」


 ドラガンはすみませんと謝ったのだが、笑いを堪えているのが丸わかりだった。

ポーレは口を尖らせてじっとりした目でドラガンを見ている。


「研究って今でもやってるんでしょうか?」


「どうかなあ? でもその前に、まずは君は挨拶回りだよ。順番を違えたらいけない」


「そうですね。やらないといけないことから片付けないとですよね」


「そうだよ。そういうことは、大勢を固めてからじっくり腰を据えてやれば良い」



 ポーレ宅を出る際、アリサがドラガンを呼び止めた。


 アリサは、いよいよ数日後に結婚式を挙げることになっている。

結婚式で着る服は借りれそうなのかとアリサは心配した。

スミズニーさんが貸してくれることになっていると答えると、アリサは、それは良かったとニコリと微笑んだ。


「そういえば、スミズニーさんの娘さんとは仲良くやれてるの?」


「レシアちゃん? 何でそんなこと聞くの?」


「お世話になってるお宅の娘さんなのよ? 粗相があったら困るじゃない」


 最近、アリサがドラガンに接する態度は、姉ちゃんというより母さんのそれになってきている。

アリサからしたら、いつまでもドラガンはベレメンド村に暮らしていた頃のままなのだろう。


「そんな粗末な扱いなんてしてないよ!」


「そう? 結婚式であなたの事愚痴られたりしないでしょうね?」


「……さあ。でも、めでたい日にそういうことする娘じゃないと思うよ」


 ドラガンはいつもの物陰でこそこそとこちらを見ている気の小さいレシアの姿しか思い出せない。

だからそんな言いつけるような事はしないと思っている。

だがそんなドラガンにアリサは、からかうような顔をする。


「あら、よく理解してるのね」


「姉ちゃん。そういう人をからかうの良くないよ。昔はそんなこと言わなかったのにな」


 ドラガンの指摘に、アリサは顔からすっと笑みを消した。

人をあばずれみたいに言ってとドラガンの頬を強くつねる。

二度と言いませんと言えと、アリサはドラガンを叱りつけたのだった。

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