第40話 挨拶

 翌週、エモーナ村の教会でアリサとポーレの結婚式が執り行われた。


 当初、アリサとポーレ、ポーレの両親、ドラガンで行う予定であった。

だがスミズニー夫妻がアリサを養女という扱いにしてくれて、アリサ側の親代わりとなってくれた。

スミズニーの妻のアンナが自分のヴェールを貸してくれて、それを身に付けることになった。

ムイノクたちも冒険者仲間を誘って出席してくれて、親族の席もそれなりに埋めることができた。

おかげで流れ者のアリサなのに、かなり恰好の付いた式を挙げることができたのだった。


 結婚式が終わった後は、皆でサファグンの居住区に行き酒宴となった。

朝から屋台のおじさんたちが、腕によりをかけて大量の料理と酒を用意してくれた。

代表してコウトが挨拶し出席者たちに食べてもらった。




 翌日からポーレ夫妻は新婚旅行に出かけた。


 新婚旅行というのはこの辺りの風習らしく、ドラガンにはイマイチピンとこない。

サモティノ地区の北にビュルナ諸島という島々があり、新婚夫妻は多くが定期便でそこに向かうらしい。

ビュルナ諸島は火山島で、そこかしこに温泉が湧き出ている。

その為、温泉を客引きに宿泊所がいくつも建てられている。

噓か真かは知らないが島ごとに効能が違うとされていて島ごとに客層が異なっている。

新婚の夫妻は子宝の湯の島に行く。

その温泉に浸かりながら二人だけの時間を過ごすのだそうだ。


 満潮になると波が押し寄せる露天風呂なんていうのもあり、慰安旅行や家族旅行でも人気の島らしい。

スミズニーの奥さんのアンナがそう説明していると、娘のレシアが遠くを見ながら、私もいつか結婚したら連れていってもらうんだと言い出した。

それを聞いたスミズニーは、仕事してるんだから行く金くらいあるだろと指摘。

アンナは大きくため息をつき、レシアもドラガンに今のどう思うと聞いてきた。

ドラガンがスミズニーに、旅行がしたいんじゃなく思い出が欲しいってことだと思いますよと指摘するとレシアはうんうんと頷いた。


「よくわかんねえな。おう、ドラガン。そんなことよりコウトのとこに行こうぜ」


 アンナとレシアは、やれやれという態度だったが、ドラガンは何だか面白くなって笑い出した。




 ドラガンの次の挨拶回り先はユローヴェ辺境伯であった。


 以前からポーレとユローヴェ辺境伯は懇意にしているらしい。

ポーレは旅行に行く前に書簡をドラガンに渡しており、次の休みに行くと事前に連絡をしておいたと言っていた。


 ドラガンがユローヴェ辺境伯の屋敷に到着すると家宰のトロクンが出迎え、話は伺っていますと言って中に通してくれた。


 今回も随員はムイノクとエニサラ。

今度はどんな美味しいものが食べられるんだろうと二人は道中ニコニコだった。

客間に通されると辺境伯はおらず、三人は椅子を案内されお茶とケーキを出され、辺境伯の来室を待つこととなった。

朝採れの新鮮な卵を使って焼いたケーキに、エニサラは大喜びだった。


 お茶を飲みながら三人でケーキの感想を言い合っていると、ユローヴェ辺境伯が楽しそうで何よりだと言って入室してきた。


 ユローヴェ辺境伯は髪は短く赤髪で髭も赤い。

背はそこまで高く無いが、かなり筋肉質で、腰に長めの両刃剣を帯びている。

顔はいかつく浅黒い。

漁師だと言われても違和感が全くない。


 ドラガンはユローヴェ辺境伯と握手をすると、まずはポーレからの書簡を手渡した。

ユローヴェ辺境伯はドラガンをじっくりと品定めするように見て、そなたがカーリクかと言って小さく頷いた。


 ユローヴェ辺境伯はドラガンたちに席に着くよう促すと自分も席に着いた。

執事がお茶を淹れて持ってくるとそれを一口口にし、ポーレの書簡を見始めた。


「そうか……ポーレはそろそろだと見ているのか」


「そろそろというのは?」


「愚かなドゥブノ辺境伯と、暴虐に耐える領民が衝突するのが、だよ」


 ユローヴェ辺境伯の言葉に、ドラガンではなくムイノクとエニサラがため息をついた。

二人の表情を見てユローヴェ辺境伯もかなり渋い顔をした。


「ポーレが家宰になっておればなあ。あの馬鹿者をしっかり躾けてくれたであろうに」


 ユローヴェ辺境伯はトロクンの顔を見て大きくため息をついた。


「ドゥブノ辺境伯ってどんな方なんですか? 治政については随分と評判が悪いですが、人となりはどうなんですか?」


「先代はちゃんとした方だったのだがな。かなり歳がいってからやっとできた子だからと溺愛してしまってな。まともに統治者としての教育を施されなかったのだよ」


 どんな悪戯をしても元気があって良いと育てられたと聞く。

諍いがあれば相手の方を一方的に処罰する。

そんな育てられ方をされてまともな人物が育つと思うか?

ユローヴェ辺境伯の説明に、一同は無言で首を横に振った。


「聞くところによるとロハティン総督の親族だそうですが?」


「親族には親族なのだが、ブラホダトネ公とは悪童仲間という感じじゃないのかな?」


 ブラホダトネ公ヴァレリーの妻ヤナの父がマロリタ侯。

そのマロリタ侯の妹がドゥブノ辺境伯の妻という婚姻関係であるらしい。

 

「今も二人はそのままの仲なんでしょうか?」


「あの統治状況を見るに、そのままなのだろうな」


 ドラガンがため息をつくと、ユローヴェ辺境伯も渋い顔をした。

しばし四人は無言でお茶を飲んだ。

さすがに辺境伯の屋敷が淹れるお茶である。

非常に濃く淹れられている。

ポーレ家のように薄さを誤魔化す為に乾燥昆布が入れられたりはしていない。



 お茶を飲むと、話題を変えようとドラガンは、先日サファグンの族長から産業振興の案が無いか聞かれたという話をした。


「そうか。あの御仁も、さすがに民の流出に危機感を持ち始めたか」


「ポーレさんも同じ事を言ってました」


 彼らにはビュルナ諸島がある。

これまで彼らは何かというと自分たちはビュルナ諸島があるからと言っていた。

だが、ビュルナ諸島の主目的は観光業である。

サモティノ地区全体から富と人が減れば、観光地を訪れる人が減り、そこで落とされる金も減る。

その事に今さらながらに気が付いたのであろう。


「産業かあ。これまで色々と金を注ぎ込んできてはみたのだがなあ……」


「例えばどのような?」


 ドラガンに尋ねられ、ユローヴェ辺境伯はこれまでの惨憺たる成果を思い出し、がっくりと頭を垂れた。


「それこそ色々とだよ。小さな案でもとりあえずやってみようという感じでな」


「真珠の養殖とか?」


 真珠の名が出ると、ユローヴェ辺境伯の前にトロクンが小さくため息をついた。

それに次いで、ユローヴェ辺境伯も再度ため息をつく。


「そんなの何度試したかわからんよ。他にも色々やったが、今のところモノになったのは砂糖黍の栽培くらいなもんかなあ」


 大陸では甘味はそれなりに高額な物ではある。

当初はアバンハードの北で自生していた『甘葛あまかずら』という植物の根を煮詰める事でしか甘味は得られなかった。

キシュヴェール地区で砂糖大根という根菜の栽培に成功すると、完全にそれに取って代わられた。

その後、ベルベシュティ地区で養蜂が始まり、さらにサモティノ地区で砂糖黍栽培が始まったのだ。

それなりに高額で取引はされるのだが、いかんせん消耗品であり、高額といっても知れている。


「族長は何か高価な加工品が欲しいと」


「それは族長だけじゃない。この地区だけでもない。この辺りの大小の領主全員の悲願だよ」


 心底困ったという顔でユローヴェ辺境伯はドラガンを見た。

ドラガンは少し考え込み、高価な加工品関係ではどんなことを試したのかと尋ねた。


「まあ一番はもちろん真珠だろうな。それと『緋扇貝ひおうぎがい』という貝を知っているか?」


「いえ。初耳です」


 ドラガンがムイノクとエニサラの反応を見ると、二人も知らないと首を横に振っている。


「鮮やかな色の貝があるんだよ。それの養殖ができないかと試してみたな」


「上手くいかなかったんですか?」


「稚貝からの養殖は上手くいった。だがそれだけだった。皆、身が旨いといって食べて終わりだ。食べ終えた貝殻は愛でる事もせず、ゴミとして海にポイだ」


 ユローヴェ辺境伯の説明に、ドラガンだけでなくムイノクたちも腹を抱えて笑った。

この辺りの住人は、どうにも美よりも機能を重視する傾向が強くてと、ユローヴェ辺境伯は苦笑いした。



 ユローヴェ辺境伯の屋敷を出るとドラガンたちはすぐ近くの村へ行き、先ほど聞いた緋扇貝を見せてもらうことにした。

最初、緋扇貝が見たいと言ったら、当たり前のように食堂広場を案内された。

そうでなく養殖しているところと言うと、昔はやっていたが今はやっていないとのことだった。

貝殻が美しいと聞いたと言うと、それならやはり食堂広場だと案内されてしまったのだった。


 食堂広場に行き緋扇貝を見せて欲しいと言うと、皿に乗せられた立派な貝柱と貝ひもを見せられた。

ここでもこれかと呆れ、貝殻はどうしたのかと尋ねると海の中を指さされてしました。


 がっかりして帰ろうとすると、別の屋台の人が今から剥くから見たければ見ろと言ってくれた。


「何これ! 綺麗っ!!」


 貝殻を見たエニサラが身を乗り出して凝視した。

貝によって、赤だったり、黄色だったり、紫だったり、緑だったり、青だったり。

虹の色を写したようで非常に美しい。


 屋台のおじさんは欲しければ持っていけと言って、いくつかの貝殻をごみ入れから取り出し海水で洗って手渡してくれた。

その後で、俺はこっちの方が綺麗だと思うんだがなあとアワビの殻も手渡した。

ムイノクもエニサラも、どう見ても緋扇貝の方が綺麗と笑い出した。

アワビの殻はアワビを食べる時のお皿じゃないかとムイノクが笑うと、エニサラもわかるわかると爆笑だった。

屋台のおじさんは、俺から言わせれば緋扇貝の貝殻だって貝を食う時の皿だと言って笑ったのだった。

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