第37話 年明け

 年が明けた。

サモティノ地区の冬は、毎日のように風が強く吹き、その風に雪が便乗する。

キシュベール地区やベルベシュティ地区では雪は舞い降りるものだったが、ここでは吹き付けるものである。

刺さるように痛い。



 ドラガンは事前にアリサから二人で教会に行こうと誘われておりポーレ宅へと向かった。


 人間の新年の迎え方はどこでも同じで、教会に行き神様に一年の加護を祈るだけである。

神に名前など無く神は神である。


 教会から一歩外に出ると松林の向こうが大賑わいだった。

どうやらサファグンにとっても新年は非常に特別な日らしい。


 サファグンの宗教は『モレイ・ボガット』という水神を唯一神とする一神教で、居住区の筏の一番北、最も沖に近い場所に祠が建てられている。

大抵その場所はどこの集落でも食堂広場の隣である。

新年になるとそこに全てのサファグンが一斉に参拝する。


 祠には『モレイ・ボガット』を描いた札が祀られているらしい。

『モレイ・ボガット』は見た目は水色の髪をした美しい女神であるのだとか。

手に弦楽器を持っていて足を組んでいる。

首と手首、足首にそれぞれ真珠の数珠を付けている。

耳には白く美しい貝殻を付けている。

衣類は布地が少なく、組んだ脚がすらりと衣類の裾からはみ出ていてかなり煽情的な服装らしい。

美の女神でもあり、音楽の女神でもあり、豊漁の女神でもあり、酒の女神でもあり、水神でもあり、戦の女神でもある。


 唯一神なのに名前が付いているのは悪の存在がいるからである。

『グラッド』という魔獣がおり、女神『モレイ・ボガット』は三又の銛を持ち、日夜『グラッド』と戦い続けているのだとか。

『グラッド』は魚を食べ尽くす魔獣で、鮫のような鋭い歯を持ち大きな背びれを持っている。


 そんな女神を唯一神として崇拝しているせいで新年は大宴会の日なのだとか。

大人も子供も関係なく朝から飲めや歌えやの大騒動である。




 アリサとドラガンは新年のお祈りが終わるとポーレ宅へと向かった。

年明け早々にポーレはアリサと結婚することになっており、その準備で大忙しという感じだった。


 ドラガンの顔を見ると、ポーレは居間に来るように促した。

居間に行くとポーレの父アレクサンドルとヴォロンキー村長が料理を囲んで酒を呑んでいた。

二人はドラガンの姿を見ると座るように促し酒を注いだ。


 四人は改めて乾杯。

ドラガンから見ても一体何度目の乾杯なんだろうという感じの二人の顔の赤さであった。


「ついにデニス坊も身を固めることになったか」


 赤ら顔の村長がポーレの背をパンパン叩いて、めでたいめでたいと豪快に笑う。


「村長。そういう言い方をされると、僕がこれまで女遊びにうつつを抜かしていたように思われちゃうじゃないですか」


「えっと……なんと言ったかサファグンの娘の……」


「何の話ですか! 何の!」


 村長がガハハと笑い出すと、ポーレは、まったくもうと少し不貞腐れて村長に酒を注いだ。

アレクサンドルまでサファグンの娘って何の話だと言い出し、ポーレは村長の作り話を真に受けるなと怒り出した。


 そこから暫くは、笑い話や冗談まじりに歓談していたのだが、徐々に話は村を取り巻く情勢の話になっていた。


 村長の話によると、村に昨年末ドゥブノ辺境伯の執事が来たらしい。

市場の利用税を引き上げる事にしたらしく、その通達だった。

これ以上引き上げられると村民の生活が窮乏してしまうと抗議したのだが、お前たちが言われたように税を支払わないから思ったような税収がなく、税を上げざるを得なくなるのだと言われてしまった。


「税収が落ちてるのは、地区全体が税の取られすぎで貧しくなってしまっているからじゃないですか!」


 ポーレは激怒し床板を叩いて憤っている。


「取れる所から、それも生活に直結する所から徹底的に取ろうとするんだものな。たまったものでは無いよ」


 村長も新年だというにため息交じりである。


「よくもまあ、あんなに増税の案が出てくるなって思いますよね」


「噂によると、辺境伯の屋敷では次はどんな形で増税しようと、日々会議を繰り返していると聞くな」


 他にも考えなければいけないことは山ほどあるだろうに。

ポーレと村長だけでなくアレクサンドルもため息をついた。


「これでまたユローヴェ辺境伯領に逃げる人が出るでしょうね」


 ポーレの一言に村長は静かに目を伏せ首を横に振る。


「また税収が下がることになって、さらに増税されることになる。愚かな話だよ」


 村長は呆れ口調で言うとアレクサンドルのコップにビールを注いだ。


 

「そもそも税って何のためにとられるんですか?」


 ドラガンの素朴な質問に、ポーレ、村長、アレクサンドルは、ドラガンの顔を一斉に見て首を傾げた。

村長とアレクサンドルは、そんな事考えたことも無かったと言い出した。


 だがそこはさすが元神童、ポーレはすぐに自分の推論を口にする。


「恐らくだけど、こういうものって最初は善意から始まったと思うんだよ。例えば富む者に金を出させて弱者救済をしたとかね」


「救済なんて何もして貰えてないような……」


 ドラガンの指摘に村長とアレクサンドルは豪快に笑い出した。

酔っ払い二人はお互いの肩をパンパン叩き合い、違いないと言い合っている。

ポーレは咳払いをして酔っ払い二人を牽制した。


「確かにうちは論外なんだけど、例えばロハティンでは葬儀や医療に税金が投入されてるよね?」


「そういえばそんなこと言ってましたね」


「その分配には人手がかかるだろ? 途中で手数料を取ったんだと思うんだよ」


「じゃあ、いつの間にかその手数料が全額になっちゃったんですか?」


 ポーレも村長と父ほどでは無いにしても酔ってはいる。

そのせいで、いつものようには考えがまとまらないでいる。


「いつしか弱者救済の中に、市民の安全確保が入れられちゃったんだと思うんだよ。そのせいで、治安維持や軍隊の増強なんかに税金が使われることになったんじゃないかな?」


 しかも富める者から貰うはずだったお金は、いつしか富める者からは取らなくなり、一般の市民から広く徴収するようになった。

さらには本来の弱者救済の方はおざなりになっていった。


「なるほど! 領主が贅沢するためのものじゃないんですね」


「……それを言うと身も蓋もなくなるわな」


 ポーレが笑い出すと二人の酔っ払いも笑い出した。


 元はどうあれ、今はドラガンの言うように領主の贅沢の手段になっている。

どこかでそれを止めさせないと、もう引き返せない事態になりかねない。

そう村長が呟くとポーレは酒をくっと飲み干した。


「今年、いろいろと動こうと思っています。ドラガンたちが来てくれた以上、早急に手を打つ必要がありますから」


「具体的に何か方針案みたいなのはできているのか?」


 それまで酔っ払いそのものであった村長は少し酔いが飛び、かなり真面目な顔でポーレに指摘した。


「味方を募ろうと思います。幸い僕は材木の買い付けに行っていますから、その途中で外交が可能ですので」


「あまり派手にやると目を付けられるぞ?」


 村長の指摘にポーレは頷くと、視線をドラガンの方に向けた。


「ドラガンがやれるところは、ドラガンにやってもらおうと思っています。僕は出先だけで」


 村長は無言で頷いた。

アレクサンドルは息子にビールを注ぐと細く息を吐いた。


「そうか……いよいよ、その日が近づいてきたという感じだな……」


 アレクサンドルも顔から笑顔を消し酒をぐっと喉に流し込んだ。


 これまで長い我慢を強いられたと、村長とアレクサンドルはしみじみと言い合った。



 ポーレは、ちっとも酒が進んでいないドラガンのコップに、ほんの少しだけビールを追加した。


「ドラガン。君には暫くの間、こちらの陣営に取り込めそうな人たちに挨拶回りをしてもらうことになる」


 突然役割を言い渡され、ドラガンは自然と背筋を伸ばし姿勢を正した。


「急に僕が行って対応してもらえるもんなんですか?」


「君が行くのは、ドロバンツ族長に賛同した貴族ばかりだから大丈夫だよ」


「でも僕のことを知ってるかどうかはわからないですよね?」


 ポーレはドラガンの懸念に何を言っているんだという顔をする。

だがすぐにその違和感の正体に気が付いた。


「彼らは君の名前はよく知っているよ。君は自分で思っている以上に有名人なんだぞ?」


「え? 何でそんなに僕そんなに有名なんですか?」


 そこから説明なのかと、ポーレは面倒そうな顔をして後頭部をぽりぽりと掻いた。

その態度を見たアレクサンドルが、お前が知っていることは他の皆が知っているわけじゃないといつも言ってるだろうと窘める。

父に叱られ、ポーレはそうでしたと少し不貞腐れた態度をした。


「ドロバンツ族長はね、君を『水神の使い』として紹介していたんだよ」


「それ以前言ってましたね」


「その『水神の使い』が、ロハティンの惨劇の生き証人だという順番で紹介したんだよ」


 ポーレはその事を懇意にしてもらっているユローヴェ辺境伯から聞いたらしい。

実はポーレがドラガン・カーリクの名前を知ったのも、それがきっかけだったのだ。


「じゃあ貴族の人たちは、僕の事を神聖な存在と思っているんですか?」


「多かれ少なかれな」


 ドラガンが村長たちを見ると、村長もアレクサンドルもうんうんと頷いている。

二人の反応でポーレが言っていることが恐らくは真実なのだろうと推測した。


「ドロバンツ族長があんなことになって、今、反ロハティンの気運が雲散霧消しそうなんだよ。それを僕はもう一度結び付けようと思っているんだ」


 その為には、まずユローヴェ辺境伯、サファグンの族長と会談をしてコアな勢力を固めておく必要がある。


「……僕がその旗頭なんですか?」


「残念ながら今の君では弱いね。だから別の人を考えてる」


「じゃあアルシュタ総督ですか?」


 ドラガンの口からすぐにアルシュタ総督の名前が出てポーレは面食らった。

どうやらそれはポーレだけじゃなかったらしく、村長とアレクサンドルも驚いた顔でドラガンを見つめている。


「ほう! 真っ先にその名前を出すんだ。だいぶ皆、色々君に言ったと見えるね」


「ええ……まあ……」


 ドラガンはバラネシュティ族長たちの顔を思い出し思わず苦笑いした。


「だけど物事はそう簡単にはいかないよ。利害や思惑というのが誰にもあるからね。まずはこっちの力を示していかないと。認められなければ助力は得られない」


「それはつまり第三勢力ということなのでしょうか?」


 ドラガンの発言にポーレはぎょっとして目を見開いた。

村長とアレクサンドルはドラガンの言った意味がわからず顔を見合わせ首を傾げている。


「どうやら僕は、君のことを過少評価していたらしい。少し落ち着いたら一緒に今後の対策を練って行こう」

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