最終話 安住の地
ダニエラたちが来て数日の後、アテニツァの姉たちがトロルを引き連れてプリモシュテン市にやってきた。
マクレシュはあの後すぐにアルシュタに帰り、家宰ロヴィーにこれまでの事を報告した。
その翌日には早くも道場での指導を再開している。
マクレシュの道場の最初の免許皆伝の者は、ルガフシーナ地区に帰って自分の道場を開いている。
そこで見どころのある者に紹介状を持たせ積極的にアルシュタの師の下へ送り出している。
ルガフシーナ地区のトロルの中で武芸者が儲かるという噂が広まり、子供を武芸者にしようというトロルが多く道場は大盛況となっている。
そのせいでアルシュタのトロルの居住区は大賑わいとなっている。
だが中には当然、武芸者になる事に嫌悪感を抱く者たちもいる。
アルシュタにもそういう者たちがいて、そういった者たちは新たに農地開拓の乗り出している。
その中の一人がアテニツァの姉たちであった。
アテニツァの姉たちは家族総出で毒沼の開拓化事業に参加しており、ある程度それが終わると自分たちの居住区付近を開拓しようとした。
だがそこまで農業知識があるわけではなく、一からとなるとなかなか上手くはいかない。
そこで、プリモシュテン市に行って本格的に農業を学ぼうと言い合っていたのだ。
おあつらえ向きに弟たちもいる事だしと。
それを聞いた夫たちの友人が自分たちも一緒にプリモシュテン市に行きたいと言い出した。
さらにはクレニケの姉夫婦まで自分たちも付いて行きたいと言い出した。
これまでであればアルシュタから西へは、毒の沼もあり、オスノヴァ川もありで容易にはたどり着けなかった。
ところが今は北街道がある、毒の沼は水が抜かれている、オスノヴァ川には橋も架かっている。
陸路で簡単に行く事ができてしまうのだ。
アテニツァとクレニケは、突然自分の姉一家が大挙押し寄せてきて困惑した。
逃げ出そうとしたところを目ざとく発見され、首根っこを捕まれてドラガンへの案内をさせられてしまったのだった。
アルシュタではドラガンが手掛けた毒の沼の農地化が完全に軌道に乗った。
ドラガンたちが去った後も担当のユリヴは頻繁にマチシェニの所に相談の手紙を送っている。
どうやらユリヴは個人的にセイレーンを雇用したようで、毎回同じセイレーンが飛んでくる。
その中に、麦は根が腐ってしまう事が多く何かお薦めの穀物は無いかという相談があった。
それに対しマチシェニは、湧き水が豊富な地であれば麦よりも米がよく育つと思うとアドバイスした。
米は畑で育てても良いのだが、畑に薄く水を張り、その中で育てるとよく育つと指導。
その結果、かつての毒の沼は徐々に黄金の稲穂が実りを付ける水田へと変えられている。
マチシェニの噂はアルシュタでは大地神のように広まっているらしい。
それを聞きつけたセイレーンのアスプロポタモス族長は各村の村長を呼び集めた。
自分たちも本格的に農業指導を受けようと思うと述べ人材の提供を呼び掛けた。
アテニツァの姉たちが来た数日後に、そのセイレーンの一団が到着したのだった。
にわかに活気づいているプリモシュテン市に、ある日張り紙が貼られた。
パン・ベレメンドが開発した竜のいらない船のお披露目が行われるという張り紙であった。
工員宿舎の周りには一目見ようと人々が立ち並んでいる。
商魂逞しくコウトの両親がそんな群衆相手に食べ物を販売している。
さらに酒まで販売している。
港では湯沸かし船を走らせる準備をラルガとダニエラ、ゲデルレー兄弟が行っている。
工員宿舎の前でエレオノラを抱っこしたドラガンが、ザバリー先生やヴェトリノ先生相手に色々と説明をしている。
するとそんな群衆の奥から場違いな声が聞こえてきた。
「おうおう、俺たちの帰還をこんなに歓迎してくれるだなんて感激だねえ」
一人の男がそう言うと、他の三人の男が全くだと笑い出した。
声のする方を見たエレオノラは突然ぽろりと涙を零し手足をばたつかせる。
群衆はエレオノラと四人の男たちの間に通路を作ってあげた。
ドラガンがエレオノラを降ろすと、エレオノラは群衆をかき分け声のする方へと駆けて行った。
「とおさん!!」
エレオノラは男性の一人、ポーレに勢いよく抱き着いた。
「ただいま、エレオノラ。ちゃんとドラガンおじさんの言う事聞いて良い子にしてただろうね」
ポーレの声を聞いてエレオノラは号泣し、ぎゅっとその首にしがみついた。
ポーレはエレオノラの頭を優しく撫でると右腕で抱きかかえた。
左腕はまだうまく動かせないらしく、首から布で吊っている。
ふと見ると隣のアルテムにも号泣したイネッサが抱きついている。
「よくぞご無事で。絶対に帰って来るって信じてましたよ」
ドラガンはポーレたちをそう言って労った。
「脱出でしくじってしまってね。ボダイネとスラブータ侯の屋敷で養生させてもらってたんだよ」
するとポーレは、聞いてくれよドラガンと言って愚痴を言い始めた。
チェレモシュネとタロヴァヤはスラブータ侯に以前の礼を言ってからプリモシュテン市に帰ろうと侯爵屋敷を訪れていた。
そこに瀕死の重傷を負ったポーレとアルテムが運び込まれて来たのだった。
二人をこのままにしてはおけないとチェレモシュネたちは侯爵屋敷に留まる事になった。
アルテムの足は徐々に回復したのだが、ポーレの傷はかなり深く中々回復しなかった。
特に左腕の傷が酷く回復にかなりの時間を要した。
その間、家宰のソシュノが事ある毎にやってきてポーレに家宰になってくれと要請してきた。
時にはスラブータ侯と一緒にやってきて、二人から懇願されたりもした。
どこで知ったのか、途中からアリサによく似た女性を看病に付けて情をわかせようという
このままではプリモシュテン市に帰れない。
そう考えたポーレは、チェレモシュネとタロヴァヤ、アルテムと謀って夜中にこっそりと逃げ出してきたのだった。
「おかげで俺たちは、こいつらの分まで荷物持たされてよ。踏んだり蹴ったりだぜ、まったくよう」
チェレモシュネは少し不貞腐れたような顔をして、泣いている妻ダヤナを抱き寄せて愚痴った。
全くだと同様に不貞腐れているタロヴァヤにも奥さんが泣きながら抱き着いている。
そんな四人に群衆は大歓喜であった。
「そうだ! ポーレさんたちも見ていってよ! 湯沸かし器で走る船の第一号が完成したんだよ!」
ドラガンは完成した船を指差してポーレに笑顔を向けた。
よく見るとその瞳は少し潤んでいる。
ポーレはアルテムの顔を見るとクスリと笑った。
「ドラガンのあれを見ると、いつもの場所に帰って来たんだって実感するな」
アルテムも楽しそうなドラガンを見て、本当ですねと微笑んだ。
数日後、これまで建設中だったプリモシュテン市が一応の完成を迎えた。
街として正式にスタートとする事になったのだった。
その式典の中、統治体制が発表される事になった。
市長 ドラガン・カーリク
法務統括 デニス・ポーレ
総務統括 フローリン・ザレシエ
外務統括 ダニーロ・バルタ
経済統括 ルメン・アルディノ
外交官 ヴァシリス・プラマンタ
伝令官 ゲオルギオス・エピタリオン
財政管理 トリフォン・ボロヴァン
市場管理 ミハイロ・タロヴァヤ
物資管理 オレスト・ヴィクノ
食堂管理 エドゥアルド・コウト
建築管理 アンドレイ・オラティヴ
港湾管理 ハラン・ゾルタン
戸籍管理 アルテム・ボダイネ
福祉管理 アナトリー・ホロデッツ
校長 ペトロー・ネヴホディー
教育担当 イーホリ・ザバリー
医療担当 マイコラ・ベールシャジ
農業担当 マリウス・マチシェニ
造船担当 オレクサンドル・リヴネ
水産担当 マクシム・ペニャッキ
行商 クリスティヤン・ベロスラフ
護衛 ヘオリー・マイオリー
護衛 ヴラドレン・イボット
研究者 ユーリ・ラルガ
鍛冶屋 ゲデルレー・バルナバーシュ
鍛冶屋 ゲデルレー・リハールド
軍事担当 ダニーロ・ムイノク
親衛隊長 ボヤン・アテニツァ
親衛隊 ドゥシャン・クレニケ
親衛隊 リベセン・ラースロー
治安維持 ユーリ・チェレモシュネ
門番 ボイコ・ヤコルダ
冒険者 フリスティナ・アルサ
冒険者 イェウヘン・カニウ
冒険者 イリア・ロタシュエウ
「抗竜記」-完-
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