第3話 廃村
翌週、ドラガンたちはドロバンツ族長に呼ばれ族長の屋敷へと向かった。
ドラガンたち以外に、ジャームベック村のヤローヴェ村長とバラネシュティ首長も呼ばれている。
屋敷に入ると四人は豪奢な応接間に通された。
コーヒーと菓子が出され、暫く四人で待っていると、一人の老紳士が付き人を伴って入室してきた。
ヤローヴェが思わず立ち上がり頭を下げるのでドラガンたちもそれにならった。
その紳士は右手で座るように合図すると、ドラガンたちの正面の席に座った。
ドラガンがヤローヴェにどちら様ですかと尋ねると、ヤローヴェはリュタリー辺境伯だと紹介した。
リュタリー辺境伯は、お初にお目にかかるとドラガンたちに挨拶をした。
少し遅れて、リュタリー辺境伯より若い壮年の紳士が、こちらも付き人を伴って入室してきた。
ヤローヴェは、またも椅子を立ち頭を下げた。
それにドラガンたちもならった。
その紳士もリュタリー辺境伯同様に右手で座るように合図すると、ドラガンたちの正面の席に座った。
リュタリー辺境伯が久しいなと声をかけると、その紳士もお久しぶりですと挨拶を交わした。
ヤローヴェはドラガンにボヤルカ辺境伯だと紹介した。
二人はコーヒーが来ると、菓子を摘まんでコーヒーを飲んだ。
最初に口を開いたのは後から来たボヤルカ辺境伯の方だった。
「軽く話は聞きましたが酷い話ですな」
リュタリー辺境伯は真っ白に色の抜けた長い髭をさすりながら全くだと頷いた。
国王が高齢になり目が行き届かなくなってやりたい放題なのだろう。
宰相にあんな縁故だけの無能を就けるからこういう事になるんだとボヤルカ辺境伯は憤り、リュタリー辺境伯はため息をついた。
暫く二人の貴族はドラガンたちを気にはしながらも、二人で話を続けていた。
そこにドロバンツが入室してきた。
ドロバンツは一同の顔を見渡すと、よく来てくれたと礼を述べた。
二人の貴族は椅子を立ちドロバンツと握手を交わす。
次いでヤローヴェたち、最後にアリサとドラガンが握手を交わして各々席に着いた。
ドロバンツの元にコーヒーと菓子が運ばれてくると、ドラガンたち、次いで貴族たちにコーヒーのお替りが注がれ菓子が補充された。
話を始めようとしたところでアリサが便所に立ち、戻ってくるまでコーヒーと菓子を楽しむ事になった。
アリサが戻ると、では始めようかとドロバンツが一同に向かって言った。
「リュタリー辺境伯、ボヤルカ辺境伯、事前にざっくりと話はさせてもらったんやけど、実際に本人たちの口から聞いたら、どんだけ酷い話か実感できる思てな。わざわざ来てもろうたんや」
二人の貴族はドラガンたちを見渡して小さく頷く。
「そしたら時系列的には、まずはヴラドから話すんが良えのかな?」
「発端は僕たちの件だと思います」
「そしたら、まず君の方から頼むわ」
ドラガンは、ロハティンに到着し休息日に競竜場に行ったところから話を始めた。
するとアリサが間髪入れずに、そんなところに行くから変な事に巻き込まれるんだとドラガンを責めた。
貴族の二人は笑い出し、まあまあとアリサを宥めた。
泣きそうな顔をするドラガンを、ドロバンツは少し憐れんだ目で見た。
街の施設でお金を落とさせるのが休息日の目的なんだとヤローヴェが説明すると、アリサは多少納得したような顔をした。
翌日発生した竜盗難事件の話、そこから公安に拘束された話、ロハティンを逃げ出した話をしていくと、二人の貴族のみではなくドロバンツと家宰のミオヴェニも表情を歪めた。
街道警備隊だと言って公安が近づいてきた事、ロマンたちが殺害された事、略奪を受け竜車ごと森の木陰に捨てられた事、それを山賊たちが助けてくれた事、それらを順を追って話していった。
あまりにも酷い話に、二人の貴族は怒りを露わにしている。
アリサも瞳を閉じ唇を噛んで怒りと悲しみに打ち震えている。
父と義兄、恩人のドワーフを埋葬し、数少ない遺品を持って休憩所に宿泊したら、その遺品も竜産協会の職員に盗まれ、街道警備隊に虚偽の報告をされ、指名手配を受ける事になった。
その後、木陰に隠れながら逃亡したのだが力尽きてしまい、エルフたちに介抱される事になった。
そこまで話し俯くと、アリサは目に涙を浮かべ、そっとドラガンを抱きしめた。
「ずいぶん酷い目に遭ったのね。辛かったわね」
アリサは何度も優しくドラガンの頭を撫でた。
その光景にヤローヴェとドロバンツが貰い泣きした。
次に話をしたのはヤローヴェだった。
ヤローヴェの話は、行商のティヴィレから聞いたその後のロハティンでの事件の話である。
処刑された竜産協会の職員が、何の事かわからないと最後まで叫んでいたという件、竜産協会の支部の前に真犯人としてラスコッドの首が掲げられた件、そしてラスコッドの共犯者としてサファグンのリュドミラが公開処刑された件。
ヤローヴェがそこまで話すと、ドロバンツがこの件は、ドワーフ、エルフ、サファグンの三種族をあげて議会で抗議する事になっていると貴族二人に言った。
「当然だ! こんな理不尽な話があってたまるか!」
ボヤルカ辺境伯が怒りの感情のまま机を叩くと、リュタリー辺境伯は、狂ってると静かに呟いた。
アリサのみ、ここまでの話を全く知らず、ただただ驚いている。
何それと、話を聞きながら何度も呟いた。
ここからアリサの話になった。
ここからはドラガンたちも知らない話になってくる。
アリサは気持ちを落ち着ける為にコーヒーを口にした。
それでも気分が落ち着かないらしく、少し震える指で菓子を手に取った。
その姿を見てドラガンがアリサの手を握った。
不安そうなドラガンの顔を見て、アリサはニコリと微笑んだ。
――アリサの話は、村に竜産協会の職員がやってきたところから始まった。
ロマンたちが竜を盗難したので代金分を差し押さえに来たと竜産協会の職員が言っていると、ペトローヴ村長がカーリク家に来て話した。
だがペトローヴの話では、どうにも胡散臭いという事であった。
詐欺師なんじゃないだろうか、ペトローヴはそう疑っていた。
だがもし本当だとしたら大問題になってしまう。
そこで一応金をかき集める事にした。
ところが支払い当日の朝、金を盗まれたと、ペトローヴが顔を青くしてアリサのところに来た。
何かがおかしい、そうペトローヴは言った。
念の為すぐに村を離れられる支度をしてくれ、そうアリサは言われ、イリーナと二人身支度を始めた。
どうやら帰りに学校にも寄ったらしく、続々と子供たちがカーリク家に集まって来た。
ゾルタンとアルテムもペトローヴから話を聞いたと言ってやって来た。
カーリク宅は村の大通りから外れており、すぐ裏から畑を抜けるとドワーフたちの山に出れる。
アリサたちは静かに家で待機していた。
そこにペトローヴの奥さんがペトローヴの遺書を持ってやってきた。
アリサはすぐにその中を見た。
それは全く遺書などではなく、恐らくドラガンは生きているからキシュベール地区を脱しドラガンを探しに行けと書かれていた。
村の未来を担う子供たちを頼むとも書かれていた。
義母さんも一緒にと言ったのだが、ペトローヴの奥さんは静かに首を横に振った。
「アリサさん。村の子たち、いえ、私の子供たちをお願いね。短い間だったけど楽しかったわ。あなたが嫁で良かった」
こうして、人間の子が五人、ドワーフの子が三人、ゾルタンとアルテム、イリーナとアリサ、総勢十二人の逃亡が始まることとなった。
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