第2話 合流
ボクシャ村の井戸が掘り終わった頃にはアリサも体調が回復し、井戸掘りを見学しに来れるようになっていた。
ベルベシュティ地区では人間側にも井戸に適した場所を事前に探る技術が無いらしい。
とりあえず欲しいところに穴を掘ってみて、井戸になるかどうかは運という感じだったようだ。
人間たちの居住区は元々木々が生い茂っていた所を切り開いた場所で、エルフの居住区は元々開けた場所の周辺の森である。
そのせいか人間たちの居住区は掘っただけで井戸になるような場所が多く、エルフの居住区はほとんどが井戸として利用できない場所だった。
それをドラガンは次々に井戸に適した場所を探り当てていく。
さらに竹を使って水路を作って溜池に川の水を引いてくれたので、溜池の水が常に綺麗に保たれる事になった。
ドラガンによってどれだけのエルフが命を救われたかわからない、そうエルフたちはアリサに語った。
井戸が掘り終わると、ドラガンとアリサはボクシャ村の方々に礼を言い、エルフの族長の屋敷へと向かった。
ドロバンツ族長はアリサを見ると、ドラガンに望みが叶って良かったなと微笑んだ。
ドラガンも本当にありがとうございましたと深々と頭を下げた。
アリサが弟がお世話になりましたと言うと、ドロバンツは豪快に笑い出した。
「世話になったんはこっちの方ですわ。私はそれに族長として答えたにすぎませんよ」
ドロバンツは昼食を一緒にどうかと二人を誘った。
ドラガンがアリサの顔を見ると、アリサはお気遣い感謝いたしますと微笑んだ。
ドラガンはエルフの食事にかなり慣れてきているが、アリサはそうではないようで、かなり四苦八苦している。
香辛料の匂いがどうにも慣れないという感じである。
食事が終わり香辛料入りのコーヒーが出されると、ドロバンツはアリサに少しは心の整理はついただろうかと尋ねた。
アリサはコーヒーのカップを机に置くと、私も何が起こったのかまだ何も聞かされていないんですよと答えた。
ドロバンツは、そういう事ならば話を一緒に聞いてもらいたい人物がいるから、後日、話のすり合わせを行ってはどうかと提案した。
ドラガンとアリサは、ドロバンツに再度頭を下げて屋敷を出た。
その後、木漏れ日のジャームベック村へと向かった。
村へ向かう途中、ドラガンはプラジェニ母娘の事をアリサに説明した。
アリサはニコニコと笑顔で話を聞き、お二人にもお礼を言わないとねと微笑んだ。
夕方頃プラジェニ家に到着すると、ドラガンはドアの呼び鈴をコンコンと叩いた。
中からイリーナが出てきてドラガンの顔を見ると、お帰りなさいと微笑んだ。
だがベアトリスが顔を出さない。
ベアトリスはどうしたのと尋ねると、イリーナは困り顔で、またへそを曲げてると愚痴った。
ドラガンがイリーナにアリサを紹介すると、アリサは弟が大変お世話になりましたと頭を下げた。
イリーナはそんなアリサを見て少し涙ぐみ、家族に会えて良かったわねと言ってドラガンの肩に手を置いた。
三人で居間に進むと、実に不機嫌そうなベアトリスが椅子の背もたれを抱えるように腰かけて顔を背けていた。
帰っても口きいてあげないと拗ねていたと、イリーナがドラガンに報告した。
「あの……ただいまベアトリス」
恐る恐るという感じでドラガンはベアトリスに話しかけた。
「ふんっ!」
ベアトリスは顔を背けたままこちらを見ようともしない。
「何を怒ってるかわからないけど機嫌を直してもらえないかな」
そのドラガンの一言がベアトリスの怒りにさらに燃料をくべた。
くるりと振り返ると怒りの形相でドラガンを睨んだ。
「何でわからへんの!」
「いや、何でって言われても……」
「前回言うたよね! 何日も他所の村行って、よろしくやってるんやないって!」
ベアトリスは椅子から立ち上がり、腰に手を当てドラガンを指差して激怒している。
「いや、別によろしくやってたわけじゃ……」
「その言い訳もう聞き飽きたわ」
痴話喧嘩のようなやり取りを聞いて、イリーナとアリサは顔を見合わせ、お腹を抱えて笑い出した。
イリーナがいい加減にしなさいと言っても、ベアトリスは拗ねてドラガンを睨んでいる。
「だいたいその女の人誰なんよ! よう他所の女連れ込めたもんやわ」
ベアトリスの怒りの矛先はアリサに向かった。
どうやらドラガンが愛人を連れ込んだと勘ぐっているらしい。
「いや、この人は……」
「『この人』やって! ああ、いやらしい」
アリサはクスクス笑っているが、イリーナはかなり恥ずかしくなってきたらしく、いい加減になさいとベアトリスを強く窘めた。
それでもベアトリスはドラガンを睨むのを止めない。
「なんでだよ! 別にいやらしい事なんて何もないよ。この人は僕の姉ちゃんなんだから!」
「……えっ?」
ベアトリスは驚いてアリサの方に顔を向けた。
アリサは笑いすぎて涙ぐんでおり、涙を拭いながらペコリとお辞儀をした。
「姉ちゃんが僕を訪ねて来てくれたんだよ!」
「ほんまに生きてたんやね……」
正直口には出さなかったものの、ドラガンの姉はもうこの世にはいないだろうとベアトリスも思っていた。
奇跡。
そう感じている。
「良かったね。だから言うたやろ。願い続けたら願いは叶うんやって」
「そうだね。本当に……」
アリサが弟と仲良くしてくれてありがとうと言うと、ベアトリスは焦ってアリサの下へ駆け寄った。
アリサの手を取り、ご無事でなによりでしたと頭を下げた。
急に態度を変えたベアトリスにアリサはまた笑い出した。
「これからどうされるんですか?」
ベアトリスはアリサに椅子に腰かけるように促した。
「ドラガンと二人でどこかに空き家を借りて住もうかと。ベアトリスさんたちのご迷惑になってしまうから」
アリサは隣に座ったドラガンの頭を撫でてからベアトリスに笑みを見せた。
ベアトリスはその仕草を見て、この人は本当にドラガンの姉なんだと実感した。
「迷惑やなんてそんな。でもその……お仕事とか」
「仕事は飯盛りでも酒場の給仕でも、何かしらできる事を探そうかなって」
ベアトリスは少し狼狽えてイリーナの顔を見た。
イリーナも少し寂しそうな顔でドラガンの顔を見ている。
「ねえアリスさん。もしよろしかったらうちの農園の手伝いしてもらえへんやろか。それと、できたらこの家に一緒に住んでもらえへんやろうか。母娘二人だけいうんはどうにも色々と寂しうてね」
イリーナは優しく微笑んでアリサに提案した。
「よろしいのですか? そんな……」
「ええ。すぐに農園のお仕事さぼって何日も家空けて井戸掘りに行ってまう子がおりましてね。困ってたんですよ」
アリサが冷めた目でドラガンを見ると、ドラガンは必死に目を泳がせた。
それを見てベアトリスが大笑いした。
「その……申し訳ありませんでした。ドラガンがご迷惑を」
アリサがドラガンの代わりに頭を下げると、イリーナは焦って頭を上げてとお願いした。
イリーナとしては責めるつもりでは無く、冗談のつもりだったのだ。
真に受けられてしまって、かなり焦ってしまった。
「ええのよ。ドラガンはもう、うちのドラガンや無うてうちの地区の子になってもうたんやから」
「そんなにお役に立ってるんですか?」
「それはもう。それにうちにいてくれたら喜ぶ子もいますし」
イリーナがベアトリスを見ると、ベアトリスは恥ずかしそうに顔を背けた。
ベアトリスはドラガンが自分を見ていると気づき、材木屋のダニエラの事よと強い口調で言った。
ドラガンは、ああと納得したが、ベアトリスはその態度にも苛ついた。
「そしたら、話まとまったとこで夕飯にしましょか」
イリーナは、くすくす笑いながら台所へと向かった。
よろしくねベアトリスさんとアリサが微笑むと、ベアトリスはその笑顔に見惚れ、こちらこそよろしくお願いしますとぺこりと頭を下げた。
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