第4話 逃亡

 ドワーフたちの山に逃れたものの、幼い子供たちを引きつれ遠く逃げるのはかなり無理がある。

そもそも逃げる先に当てがない。


 そこでゾルタンの案でドワーフの神社に一旦逃げ込む事になった。

地位協定違反、そう神社の神官たちは言ったが、ゾルタンは人助けに地位協定も何も無いだろうと憤慨した。


「『大地母神フード・アニャ』は人間ば助けてはならんて言いようとか? 経典のどこにそげん記述があるちゃん!」


 そのゾルタンの主張に神官たちはぐうの音も出なかった。

だが神主が、明らかに訳ありの者たちを神聖な社に入れるわけにはいかないと説明した。

それはゾルタンも反論が難しかった。

ならば敷地内の雨露の凌げる場所を提供して欲しいと懇願した。



 なんとか匿ってもらえる事になり、ひとまずは神社の軒下に隠れる事になった。

一息つくとゾルタンは一人族長の屋敷へ向かった。

ドワーフの庇護を受けられるように交渉してくるというのだ。



 その日の夜ゾルタンは帰って来た。

ティザセルメリ族長はドワーフだけなら庇護すると言ったらしい。

だがベレメンド村の人間は庇護できないのだそうだ。

今回の件で、ティザセルメリの呼びかけで各村のドワーフたちから金を供出してもらっており、それが帰ってこないとわかり首長たちが激怒しているというのだ。

それは盗まれたのだとゾルタンも説明したそうなのだが、証拠があるのかと言われてしまったらしい。

そもそも盗んだのも人間たちじゃないかと言って、聞く耳を持ってくれなかったのだそうだ。



 イリーナとアリサは子供たちを見渡した。

これだけの人数の子供たち全てを引きつれて逃げれるわけがない。

アリサはゾルタンに、明日朝早くドワーフの子三人を引き連れて屋敷に逃げ込んでとお願いした。



 一旦引き受けると決めるとドワーフの神官たちは優しかった。

境内で炊き出しを行い、芋を煮て振舞ってくれたし、寒かろうからと毛布も貸してくれた。

ただここは神聖な境内なので便所は外に行ってくれと言われた。


 翌早朝、アリサが目を覚ますとアルテムの顔が青ざめていた。

ナタリヤの姿が見えないらしい。

人間の子供も一人いない。


 子供たちの話だと、一人の女の子が夜中に便所に行きたいと言い出したらしい。

それでナタリヤが付き添って境内を出たらしい。


 ゾルタンが外を見てくると言って便所として使っていた場所に行くと、ナタリヤの髪留めが落ちていた。

ゾルタンはそれを拾いアルテムに手渡した。

アルテムはその場で泣き崩れてしまった。


 ゾルタンはアルテムを無理やり立たせ、ナタリヤは死んだと決まったわけじゃないと諭した。


「ナタリヤは必ず生きとう。ドラガンもきっとどっかで生きとう。俺も生きる、やけんお前も生きれ。生きのびて、もいっぺんみんなで暮らそう」


 アルテムは自分の頬を両手で叩くと、わかった約束だと言ってゾルタンに抱き着いた。




 まだ薄く霧がかかる中、ゾルタンはドワーフの子供三人を連れて族長の屋敷へと向かって行った。

アリサたちも毛布を回収すると、お世話になりましたと書いた手紙と共に境内へ納め、神社を後にした。



 イリーナ、アリサ、アルテム、三人の子供たちは険しい山道をひたすら登った。

本来であれば平坦に整備された街道を行けば安全にキシュベール地区を抜けられる。

だが現状そこを通るのは危険と思われた。

そこでキシュベール山の木々を縫うように山道を進んで行った。


 キシュベール地区を抜けるまでは休憩所も使わない方が良い。

そう考え持ってきた野営具を張り、木々の中で身を寄せ合って寝た。



 アリサとアルテムで、キシュベール地区を抜けた後どこに行こうと話し合っていた。

この時点でイリーナは心労が祟り体調を崩しだしており、話し合いどころでは無かった。


 アルテムは最終的には王都アバンハードを目指すべきと主張。

自分たちの目的は子供たちを無事に逃がす事である。

だとすれば、ここまでの話からして、ロハティンに行くのは殺されに行くようなものである。

問題は、ヴィシュネヴィ山を子供たちを引きつれて越えられるかどうか。


 キシュベール地区を抜けた後は街道を進み、途中の小さな休憩所を利用しながら山越えするしかない。

アリサとアルテムはそう言い合った。




 なんとかキシュベール地区を抜け、スールドックの休憩所手前の小さな休憩所で休む事になった。

思いのほか疲労が激しく、一泊だけのつもりが二泊する事になった。


 翌日からはヴィシュネヴィ山の登山が待っていた。


 何度も道端で休憩しながら、持ってきた菓子で栄養を取り、みんなで王都に行こうねと励ましあいながら、徐々に重くなってきた足を必死に動かした。

だが、イサードの休憩所を超えたところで、ついにイリーナが倒れてしまったのだった。


 この先は下りで、もう少しで小さな休憩所にたどり着く。

だが、イリーナを担いで山を降りる体力は誰にも残っていなかった。

もちろん担いで山を登りイサードの休憩所に戻る事もできない。

そんなところを、間の悪いことに山賊に襲われたのだった。




 抵抗などできるはずもなく、一行は山賊の館に連行されてしまった。

三人の子供たちは恐怖に打ちひしがれ泣きじゃくった。


 アリサは子供たちを抱きかかえながら大丈夫よと落ち着かせたものの、恐らくこの中で一番厳しい目に遭うのは自分だろうと絶望感に涙した。

母に衣類を丸めて枕にして横になってもらい、野営具を布団代わりに乗せた。

額に触れると明らかに熱がある。


 アルテムと二人、イリーナの看病をしていると、山賊の一人が親分がお呼びだと呼びに来た。

アルテムは自分が行くと言ったのだが、山賊はアリサをご指名だと下衆な笑みを浮かべた。



 だが、アルテムは自分も一緒に行くと聞かず、二人で山賊の首魁に会う事になった。

山賊の首魁はアリサの顔を見ると、まず旅をしている事情を聞いてきた。

アリサは、村を追われ当てもなく逃げていたと正直に話した。


 どう考えても家族ではない六人。

村を追われた。

その情報から、山賊の首魁は何かを連想したらしい。

どこから逃げてきたと聞いてきた。

アルテムがベレメンド村だと言うと、首魁は側近と思しき男の顔を見た。


「『ドラガン・カーリク』という男を知っているか?」


 まさかの名前が出てきて、アルテムはアリサと顔を見合わせた。

アルテムは、その人物がどうかしたのかと尋ねた。

首魁は少し気分を害し、聞いているのはこちらだと不愉快そうに言った。


「弟と何があったかは存じませんが、もし弟が非礼を働いたのなら私が謝罪いたします」


 首魁は鼻で笑い、そうかあんたが奴が会いたがっていた姉かと、小さく何度も頷いた。

側近の男性も、なるほどなとアリサを品定めするように見て小さく頷いた。


「俺はあいつと約束したんだよ。だから、あんたを支援してやらねえといけねえんだ。何か不便があったら言ってくれ。善処するからよ。ただし俺たちは山賊だ。タダじゃねえぞ」


 どうしてドラガンが山賊と知己を得ているのか。

知りたいとは思いながらも、もし悪い話であったらと聞けなかった。


「では、お言葉に甘えさせていただきます。その……実は母が病になってしまっているんです。さしあたって、病が良くなるまでここに滞在させてはいただけないでしょうか」



 こうして山賊の館でイリーナの回復を待つ事になった。

回復には十日ほどを費やす事になった。


 イリーナが体力を回復し、また旅に出れそうという時に、アルテムはアリサに相談があると言い出した。


 子供たちを守る為、山賊になろうと思うと言い出したのだ。

自分が子供たちをナタリヤの代わりだと思って可愛がるからと。

すでに首魁にも相談していて、首魁も承諾してくれている。

だからアリサさんは、イリーナおばさんとドラガンを探しに行って欲しい。


 ここまでありがとうございましたと、アルテムはアリサに頭を下げた。


「ゾルタンが言っていたように、いつかきっと、またどこかで、みんなで一緒に暮らしましょう」


 涙ながらに決意を口にするアルテムを、アリサはそっと抱きしめた。


「またいつかね。約束よ」

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