第9話 水車
子供たちに『とんぼ』『紙車』という玩具を作って与えた横で、ドラガンが何かを閃いたらしい。
その日からドラガンは、ダニエラの家に入り浸って何かを作っているらしい。
ダニエラの材木屋で材木として加工販売する端材を貰い何かを作り続けている。
ダニエラの父ヨヌツも、処分する物を譲って欲しいというだけなので勝手にどうぞという感じだった。
道具まで貸与したのは、ヨネツも水路や井戸の件で世話になっていると感じているからであろう。
それと愛娘のダニエラにお願いされるとヨネツは弱いのだ。
材木屋の炭焼き釜の前のちょっとした庭を借りて、ドラガンは毎日何かを作っている。
午前中は畑の仕事があり、昼食を取って一息ついてから材木屋にやってくる。
そこにダニエラが学校から帰り、真っ直ぐドラガンの元に行く。
数日もすると、子供たちがわらわらと見学に訪れるようになっていた。
ヨネツがふと庭を見ると、木を組んだ何やら積み木のような物が置かれている。
最初はあまり関心を抱かなかったヨネツだったが、日が経つにつれ、徐々に気になるようになってきた。
早く完成が見たい、そう思うようになっており、ドラガンの作業をちょくちょく見に来るようになっていた。
ところがヨネツの期待とは裏腹に、ドラガンは子供たちの『とんぼ』や『紙車』の修理に忙しく、作業が遅々として進まない。
それをヨネツは酒場で愚痴った。
すると翌日から材木屋の前には、ドラガンの作っている物を一目見ようと村民が集まってきてしまったのだった。
ドラガンが何を作っているのか、恐らく一番気になっているのはバラネシュティ首長だっただろう。
もしかしたら井戸や水路のように、自分たちの生活が劇的に良化するかもしれないと期待したのだ。
「ドラガン、今度は何を作っとるんや?」
材木屋の庭に行こうとしているドラガンをバラネシュティは捕まえて尋ねた。
「あ、首長。というか皆さんお揃いでどうされたんです?」
「お前さんが何か作っとるいうから、みんな気になって仕事が手につかへんのや」
それはいくら何でも好奇心が過ぎるとドラガンは笑い出した。
「嫌だなあ、そんな大げさな。作ってるのは単なる遊具ですよ」
遊具と聞くと、なるほどそれなりに大きな木を何個も使うのも頷ける。
集まった中には、何だ子供たちへの贈物かと笑って帰る者もいた。
「どんな遊具なんや?」
「木の輪がくるくる回るだけの遊具です」
「何もできへんの?」
「まだ遊具の段階ですので。これで僕が思ったような物にできてたら次を考えます」
そう言うとドラガンは、子供たちを引きつれ近くの沢へ向かった。
子供たちには川の瀬側で丸石を積んでもらった。
ドラガンと背の大きい人間の子と二人で川の中に入り、腰の位置くらいになるまで丸石を積んでいく。
沢蟹がいたり、小魚がいたりと、子供たちはすっかり石積みに夢中になっている。
その日は結局それで終わった。
翌日ドラガンはヨネツから竹の根近くの節を貰い、木の輪の遊具を持って、学校から帰った子供たちと川に出かけた。
木の輪は中央に竹が刺してあり、側面に何本か棒が差してある。
中央の竹に太い竹を被せ、昨日みんなで積んだ石の山のてっぺんに太い竹筒を置いた。
暫く子供たちは、じっと木の輪を見つめていた。
すると、川の水の流れに合わせ木の輪がゆっくりと回り始めたのだった。
二枚の木の輪の間には、二枚の輪を繋ぎ合わせるように何枚もの板が打ちつけてある。
その板に水が当たって、中央の竹を軸に木の輪がグルグルと回っているのだ。
子供たちは素直に、すげえと言って大喜びだった。
そもそも、自分の身長より大きな輪がクルクルと回っているのを見るだけで壮観である。
側面に取り付けられた棒がグルグルと位置を変えていることから、それなりの速さで回っているのもわかる。
……で、これでどうやって遊ぶのだろう?
ドラガンは川下に立ち、おもむろに横の棒に足をかける。
すると、遊具はドラガンを持ち上げはしたのだが、明らかに回転を緩めてしまう。
何とか川上方面に移動はしたものの、思っていた感じでは無かった。
現状では自分が思っていたようには川の流れを利用できていない。
だが『くるま』を、吹く息じゃなく川の流れを使って回す事は可能。
あながち失敗ではないとドラガンは判断した。
ドラガンは、じっと木の輪を見続けている。
どうやら何かを思いついたらしい。
そんなドラガンを他所に、子供たちは一列に並んで、きゃっきゃ言いながら『くるま』に乗って遊びはじめた。
「ねえ姉ちゃん。何かが寝てるうちにできるとしたらさ、何が一番嬉しい?」
夕飯を食べながらドラガンはアリサに尋ねた。
アリサは、ここに来てもこれなのかと、じっとりとした目でドラガンを見る。
持っていた薄いパンを皿に置くと、小さくため息をついた。
「何でも良いけど、あなたが村に騒ぎを起こさないのが一番嬉しい」
その解答にドラガンは何か酸っぱいものでも食べたような顔をする。
イリーナとベアトリスは、上手い事を言うとゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「姉ちゃん。もうちょっとちゃんと考えてよ!」
「そうねえ。じゃあ、あなたが真面目に畑仕事するようになってくれたら一番嬉しいかな」
「真面目にやってるじゃん!」
「ああいうのは上の空っていうの!!」
姉ちゃん今日何だか機嫌が悪いなとドラガンが呟くと、アリサはギロリとドラガンを睨んだ。
それまでゲラゲラ笑っていたベアトリスが何かを察し、まあまあとアリサを宥めた。
「さっき村長さんが来たの。あなたが何か作ってるそうだけど、あれが何になるか聞いてないかって、私が聞かれたのよ!」
ベアトリスに宥められ多少は冷静になったものの、アリサはどうにも苛々が治まらない。
「首長さんの方には、まだ何になるかわからないって言ったんだけどな……」
そう呟くドラガンをアリサは再度キッと睨んだ。
その厳しい目にドラガンは生唾を飲み込む。
「姉の私なら何か聞いてるんじゃないかって。いつもそう! 今まで一度たりとも、私、完成するまで、あなたから何を作ってるって聞いた事が無いのよね」
積年の不満が爆発している、そんな感じのアリサの喋り方である。
ベアトリスもイリーナも、まあまあとアリサを宥めているがイマイチ効果が薄い。
「そ、そうだっけ?」
「毎回毎回、できたから見てって。毎回毎回、周囲の人に何ができたのって私が聞かれるのよ!」
ベアトリスとイリーナは小声で、それは迷惑な話だ、アリサさんが怒るのも無理無いと言い合った。
ドラガンは、ずっと目が泳いだままである。
「そ、それはほら、姉ちゃんを驚かせようと思って……」
ドラガンの言い訳にアリサは机をパンと叩いた。
「ドラガン! 何故そこで喜ばせようじゃなく驚かせようなの! そもそもそこがおかしくない?」
「いや、だって……驚きが無いと喜びも薄いかなって……」
「あなた、私をなんだと思ってるの?」
アリサの本気の怒りに、ドラガンは完全に委縮してしまっている。
ベアトリスは、アリサさんに褒めて貰いたかったんだよねと言ってドラガンを慰めた。
イリーナもアリサに、男の子ってそういうものなんだと思うわよと諭した。
ベアトリスに慰められ、余計に泣きそうな顔になっているドラガンを、アリサは横目でチラリと見て大きくため息をついた。
その後イリーナの顔を見た。
「ねえイリーナさん。小麦や蕎麦が勝手に粉になってたら嬉しいと思いません?」
「そうね。確かに。それはどの家庭も喜ぶと思うわね」
ちらりとドラガンの顔を見ると、ドラガンはパッと晴れやかな顔をして何度も頷いていた。
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