第6話 脱出

 蓄えを盗まれ、給与も出ず、働き場所も失った。


 これからどうしていけばと考えながら、とぼとぼとロハティンの横貫道路を歩いていると、噂話が聞こえてきた。

最初は気にも留めなかったのだが、『不思議な水汲み器』という単語が耳に入った。

もしかしてドラガンの事じゃないのだろうか?


 アリサは噂をしているお店に行き、その噂をもっと聞かせて欲しいとせがんだ。

聞けば聞くほどベレメンド村でドラガンが作った水汲み器の話に酷似している。



 一日も早くロハティンを出てドラガンを探し出そう。

ドラガンに会って、その後の事はその後で決めよう。

下宿部屋に帰ったアリサはロハティンを発つ準備を始めていた。

およそ荷物と呼べるようなものはもう無く、旅の路銀も無い。


 そこに公安がやってきた。

少し聞きたい事がある、そう公安は威圧的に言った。

アリサは公安事務所に引き立てられてしまったのだった。


 公安が聞きたいことは二点。

一つは一緒に住んでいた女性はどうしたのか。

もう一点は、食中毒事件はお前が毒を盛ったのでは無いか。


 母の件は、病で亡くなったのだが金が無く、葬儀も出せず埋葬もできなかったと正直に話した。

その為ベルベシュティの森に埋めたと言うと、公安は嘘をつくなと怒鳴った。

街の福祉経費で教会に補助金が出ており、葬儀に費用は一切かからない。

郊外に共同墓地があり、誰でもわずかな銅銭で埋葬できるようになっている。


 そもそも何の病気だったのかと公安は重ねて尋ねた。

医者に診せる金が無かったので病名まではわからないとアリサは打ち震えながら話した。

それに対しも公安は、医師の診療も福祉経費で補助金が出ており、受診だけなら銅銭数枚で受けれるようになっているのだから、そんなわけはないと机を叩いた。


 絶望感がアリサを襲った。

あの酒場の亭主が言った事は、全てアリサたちを貶める為の言葉だったのだ。

もしかしたら母は死ななくても良かったかもしれなかったのだ。


 そこからアリサは取調の机に伏せて号泣した。


「あの男が……カルポフカが憎い……」


 アリサは泣きわめいた。

だが、その発言にも公安の警察は激怒した。


「カルポフカさんは食堂街組合の組合長として大変立派な方だ! それを散々世話になっておきながら何たる言い草! 恥を知れ!」



 その公安の言葉でアリサは全てを悟った。

カルポフカは最初から自分から財産を全て奪いつくし、奴隷として売り飛ばすつもりだったのだ。

母はその計画の一環として見殺しにされたのだ。

そして後一歩で計画が終わるというところでフォンタンカさんが手を差し伸べた。

そのせいで計画が頓挫してしまったのだ。


 そこでカルポフカは公安を動かし自分を逮捕させた。

恐らく適当なところで自分は開放される。

だが自分には明日を生きる為の金が無い。

金を借りる以外方法は無くなる。


 そこで金貸しは言うのだろう。

良い仕事があると。

『良い仕事』

そんなものは体を売る仕事と相場が知れている。

だが体を売って必死に稼いだ金も何らかの理由で巻き上げられる。

そうして自分は金が返せず、晴れて奴隷として売られる事になる。



 その後アリサは、何を聞かれても「金が無い」の一言を貫き通した。

お前が毒を盛ったと言われたが、毒を買う金があったら飯を食っていると言い切った。

さすがの公安も、それにはぐうの音も出なかった。




 三日後、公安から開放され下宿部屋に戻ると、案の定空き巣が入っていた。

わずかな蓄えとイリーナとの思い出の品など綺麗さっぱり空き巣に盗まれてしまった。



 その日の夜アリサは、わずかに残った荷物を手にひっそりとロハティンを脱出した。

だがここ数日、公安に拘束され食事を取っていない。

しかも食事を買う金すらない。


 そのせいか街道を行く足が異常に重かった。

ただ、何とか昼過ぎにはビフォルカティアの休憩所に近づくことができた。


 ところが、そこで街道警備隊に職務質問を受ける事になった。



 街道警備隊はアリサを取り囲み、アリサ・ペトローヴかと聞いた。

人違いだと言うと、聞いている情報と寸分違わないと言い出した。

朝、いつもの三つ編みをほどき髪を頭の上で束ねており、寸分違わないはずがないのに。


 お前にはロハティンでのイーホリ・フォンタンカ毒殺の嫌疑がかけられていると街道警備隊は言った。

えっ?

アリサは驚いて思わず声をあげてしまった。

まさかフォンタンカさんまで殺された?


 街道警備隊はニヤリと笑い、詳しく話を聞かせてもらおうじゃないかと言い出した。

逃げ出そうとすると顔を叩かれ腹を蹴られ、徐々に意識が薄れていった――




 ここまでのアリサの話があまりにも悲惨すぎ、ボヤルカ辺境伯は口を半開きにし言葉を失っている。

リュタリー辺境伯は歳のせいか涙もろくなっており、話のかなり初期から涙が止まらない。


「母さんも、あいつらに殺されたんだ……」


 ドラガンは涙をボロボロと流し、聞いた事も無いような低い声で唸るように言った。

アリサは驚いてドラガンの手を握った。


「私も悪かったのよ。生きるのに必死で、あまりに視野が狭くなってしまってて……」


「姉ちゃんは何も悪く無い! あいつらが、あいつらが母さんを殺したんだ! 絶対に許さない!」


 泣きながら怒りに震えるドラガンを、アリサはそっと抱き寄せ背中をポンポンと叩いた。

その光景にドロバンツ族長他、全員が涙した。



「今の話ではっきりした! 公安、竜産協会、街道警備隊、食堂街組合、窃盗団、奴隷商。全てが横で繋がっているんだ。ロハティン総督の責任は免れんでしょう」


 ボヤルカ辺境伯は怒りに震え、拳を振り上げて声を荒げた。


「前の総督はまともだったんだがな。上がダメになると、組織というものはこうも簡単に腐るものなのだな」


 リュタリー辺境伯は涙を拭き声を震わせた。


「今のままでは、これからも彼女たちのような目に遭う人々はどんどん増えていくでしょう。他の行商隊もいつ同じような被害に遭うか」


「そもそも今回の件で、無辜の市民がどれだけ命を落とした事か……」


「竜を盗んでいたのがバレた。たったそれだけで、何十人という人が殺されるとか……正気の沙汰じゃない! 人の命をなんだと思っているんだ!」


 二人の貴族は、さらなる大事になる前に手を打たないと大変な事になると言い合った。

ドロバンツはそんな二人の貴族に、少し相談があると持ち掛けたのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る