第7話 帰宅
ドロバンツ族長は一同を前に、自分の案をどう思うかと相談した。
ドロバンツの案、それは行商の場所をロハティンから別の場所に移してしまおうというものだった。
現状でベルベシュティ地区の行商たちはロハティンで開店する前に、ビフォルカティアの休憩所でキシュベール地区の行商たちと共に露店を開き商売をしてしまっている。
であればいっその事、ビフォルカティアの休憩所の近くに新たな行商街を作ってしまってはどうだろうか?
ビフォルカティアはスラブータ侯爵領でロハティンの支配が及ばない。
三地区でスラブータ侯を支援していったら、やつらも態度を変えざるを得なくなるだろう。
「別のところに新市場を作ったとして、果たして売れるんでしょうか?」
ボヤルカ辺境伯が訝し気な顔でリュタリー辺境伯に尋ねた。
「そう上手くはいかんだろうな。今のロハティンは需要があるから行商が商売できているのだから。だがあくまで、それは量だけの問題だ」
「そういう事ですか。より良い商品は新市場という事になれば、現市場に対しロハティン市民の不満が高まると」
「新市場に怨嗟が行かないように、ロハティンの支配層の腐敗の為だと行商たちが言い訳すれば良いのだよ」
二人の辺境伯は良い案だと頷き合った。
水道、万事屋、飯屋、酒場、下宿。
市場を作る時の作業員の為の施設は、そのまま市場が開かれた後にも転用できる。
工員たちは血の気が多いから、喧嘩を取り締まる施設はその後も市場警備隊として転用可能。
水が大量に必要になるだろうから、水道の整備にさえ気を付ければ、そこまで問題は発生しないだろう。
「あとは、人、金、物か……」
リュタリー辺境伯は腕を組み、ふむうと唸りながら虚空を見た。
「人に関しては、スラブータ侯と我らベルベシュティ地区が主で動くしか無いでしょうね。あとは駆け出し冒険者も利用し、それでも足りない分はキシュベール地区やサモティノ地区にも供出してもらう」
「ロハティンと繋がってる辺境伯もいるだろうから、どこまで協力が得られるやら」
楽天的なボヤルカ辺境伯に比べ、年の功というかリュタリー辺境伯はかなり慎重である。
「確実に断られるのは、ベレストック辺境伯とドゥブノ辺境伯ですかね」
ベレストック辺境伯もドゥブノ辺境伯も、ロハティン総督ブラホダトネ公の閨閥マロリタ侯とオラーネ侯との強い血縁を持っている。
かなりの反発が予想されるだろう。
「後は、どれだけロハティンのやつらが妨害してくるかだ」
「いつでも軍を動かせる準備をするしかないでしょうね。スラブータ侯と
サファグンとドワーフの族長はこちらで話をするから、スラブータ侯の方をお願いできないかと、族長は二人の辺境伯に頼んだ。
二人の辺境伯は、近日中にスラブータ侯に会いに行ってくると了承してくれた。
何やら凄い話になってきている事だけはドラガンにもわかった。
アリサもドラガンを抱えながら、途中で話を見失ったという顔をしている。
それを察したドロバンツがドラガンに微笑んだ。
「ドラガン・カーリク。今回のような事が、なぜ起こるかわかるか?」
「悪い人がちゃんと罰せられないからですか?」
ドラガンの回答に、二人の辺境伯が若いなと言ってクスリと笑った。
ドロバンツもそんな二人を見て微笑んだ。
「それは半分当たっとるんやが、半分は間違うとる。悪い奴いうんは一定数おるもなんや。統治いうんはな、そういうやつらが悪い事ができへんような仕組みを考える事が大事なんや。君はどうしたら良えと思う?」
ドラガンはドロバンツの説明をじっくり咀嚼するように整理し考え込んだ。
「やはり、悪い人にはしっかり罰を与えて、見せしめにするべきだと思います。罪を犯しても罰が当たらないとなれば、悪い奴は罪を犯す事に躊躇が無くなると思うんです」
「なるほどな。確かにそれも基本やわな。そやけど、そいつらも生活に困窮して渋々なんかもしれへんぞ?」
悪人が罰を受けるのは当然じゃないかとドラガンは憤っている。
罪は罪、罪には罰。
何故それではダメなのか?
「じゃあ、そういう人が悪に手を染めないように、悪い組織を潰したら良いんじゃないでしょうか?」
「それをやると、根っからの犯罪者は個人でやりたい放題になるで?」
「悪い事したんだから、罰するのは当たり前だと思うんですけど?」
今の彼にそれ以上を考えろというのは酷だと、リュタリー辺境伯がドロバンツを窘めた。
ドロバンツもそれは思うのだが、そこで思考停止してしまってはドラガンの成長が無いとも考えている。
「君の言うのはその通りや。そやけども、それを徹底させると取り締まる側の権力が強なってまうんや。そうなるとどうなると思う?」
ドラガンは、ドロバンツが言いたい事をやっと理解した。
それまでの反発したような感じではなく、愕然としたような顔に変わった。
「……悪く無い人まで……罰せられる」
「そういう事や。そやから最も大事なんは弱者の救済、それと権力の均衡と監視なんや。上の監視が緩むと……」
そこでドロバンツは言葉を止めた。
あえて口にはしないが、後はドラガンやアリサが体験した通りという事だろう。
「だからロハティン総督が全ての元凶と……」
「もし総督がそれをわかってて抗えへんのやったら、さっさと国に助けを求めたら良えんや。そうやないと自分の身が危ないからな」
傀儡に徹している間は良いが、少しでも自我を見せればその時点で処分される事になる。
また外部からの諮問に上手く説明ができなければ、その時も処分される事になってしまうだろう。
「じゃあ総督は、この状況を知らないのでしょうか?」
「どうやろな。わかってて共犯になっとるかも知れへんな。賄賂貰たりして」
その場合、相手が公爵という貴族である事を考えると相当な額という事になるだろう。
それだけに窃盗団や奴隷商まで巻き込んでいるのかもしれない。
「どっちだと思うんですか?」
「これまでの話を聞く限り……後者やろうな」
ドロバンツの解説が終わるとボヤルカ辺境伯は、ここから先は我々統治者の仕事だとドラガンに微笑んだ。
これからは全てを忘れ、のんびりとベルベシュティ地区に身を委ねたら良い、そうリュタリー辺境伯も笑みを向けた。
これからもエルフたちの悩みを聞いてあげてくれ、ドロバンツはドラガンに握手を求めた。
プラジェニ家に戻った二人はベアトリスの出迎えを受けた。
ベアトリスは少し照れた顔でドラガンにお帰りと言うと、アリサの手を取って、夕飯にしましょうと食卓へと引いて行った。
アリサはプラジェニ家に来て、ベアトリスと同じ部屋を使う事になった。
ドラガンと一緒で良いとアリサは言ったのだが、ベアトリスが強固に反対した。
どうやら初日の夜に、何やら二人で色々話し込んだらしい。
朝、ドラガンが起きてくると、二人でクスクス笑いながら仲良く朝食の準備をしていた。
アリサがニコリと笑い、ドラガンおはようと言うと、ベアトリスはドラガンの顔を見てクスクス笑い出した。
かなり恥ずかしい話をアリサが暴露した事が容易に想像できる。
だがどうせそれを問い詰めてもアリサはとぼけるだけだし、ベアトリスには痛くもない腹を探られるだけである。
それを境にベアトリスはアリサを姉のように慕うようになった。
ベアトリスに手を引かれたアリサは、真っ直ぐ台所に向かった。
イリーナがアリサにお帰りなさいと声をかけると、どうかしらと夕食の味見をお願いした。
アリサはニコリとほほ笑むと、付け合わせに芋を千切りにして焼いたものを出すといいかもしれませんねと微笑んだ。
「アリサさんが来てから、ついつい食事を取りすぎてまう。太ってしまいそうやわ」
ベアトリスが片手で頬を押さえながら、満面の笑みでアリサを見た。
するとイリーナは少し機嫌を損ねた顔をする。
「アリサさん、母さんと違うて料理上手やもんね」
「ほんまよ! どれ食べても美味しいんやもん」
ベアトリスはイリーナを見ずに、アリサを見てニコニコと笑っている。
ドラガンはこの時点で、イリーナがかなり拗ねている事を察した。
だがベアトリスはそうでは無かった。
「……ベアトリスちゃん、それは何? 母さんの料理は、どれもダメやったいう事?」
「えっ? あ、いや……あの……あはは」
「笑って誤魔化そうとすんやないよ! どうなんよ!」
イリーナはベアトリスをじっと睨み口を尖らせている。
「あ、ほら! そうだ! あれは美味しかったよ! えっと、ほら! ねえ」
「何ですぐに出てこへんのよ!」
ベアトリスはドラガンに助けを求めようとしたが、ドラガンは目を反らし黙々と食事をしている。
「そうそう! 母さんの淹れたラッシーやコーヒーは、どこの家よりも美味しいと思うな」
「あなたも亡くなったあの人と同じ事言うんやね……母さん、泣いても良えかな?」
その後アリサが、肉団子が美味しかったやら、鶏肉の香辛料焼きが美味しかったと、色々料理の名前を挙げていき、徐々にイリーナの機嫌は戻っていった。
その間ドラガンは被弾を恐れ、黙々と食事を口に運んだ。
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