第48話 畑
夏の行商の季節がやってきた。
出発の三日前、ドラガンは首長宅に呼ばれた。
首長宅に行くと、行商のティヴィレ、エルフの護衛ステジャルが呼ばれていた。
――ステジャルが冒険者になった時、先輩冒険者から人間たちを信じるなと引き継ぎを受けた。
だがそこから彼らと膝を突き合わせていくにつれ、彼らも自分たちエルフを信じるなと引き継がれている事を知った。
行商の間、行商と護衛、御者は一つのチームとして力を合わせていかねばならない。
基本は四人でエルフは自分一人。
その自分に彼らは手を貸して欲しいと言ってきた。
そこからステジャルは、先輩の引継ぎは心の奥に留めて置く程度で良いと感じるようになっていた。
だが一度村に帰れば人間たちとは一線を画さねばならない。
それを非常に馬鹿らしいと感じていた――
ステジャルはここ数か月のジャームベック村の劇的な変化にかなり心躍っている。
この状況を演出したのが一人の人間であると聞くと、ステジャルは驚きながらも、やっとくだらない
バラネシュティ首長から、その人間が何を隠そうドラガン・カーリクであると聞かされた。
だがすぐにはその名前にピンとはこなかった。
ドラガン本人からロハティンでの出来事を聞かされ、ステジャルが噂話で聞いていた複数の人物像と結びついた。
ステジャルは冒険者でありロハティンの万事屋にも出入りしている。
そこで同郷のエルフの冒険者からおかしな噂を耳にしている。
先日ティヴィレが話した話も、実は全てステジャルが万事屋で聞いたものであった。
連続して胸糞悪い事件が起こった、それが全て繋がっており、目の前の人物がその被害者だという。
正直ステジャルも、その複数の人物像のうち一つ二つは被害者にも非があるのではと訝しんでいた。
その疑念はドラガンの話を聞いて綺麗に吹き飛んだ。
「で、俺に何をして欲しいんです?」
ステジャルは机の上で手を組み、悪戯っ子のような顔でバラネシュティに尋ねた。
「ドラガンの家族と故郷のベレメンド村の事を探って欲しいんや。あの後どうなったんか」
「それやったら俺が一人でやれますよ。万事屋に事件の経過に詳しいやつがおるんで」
ステジャルは即答だった。
だがバラネシュティは目を細め不安そうな顔をしている。
「……それは、ほんまに信用できる奴なんやろうな? お前に情報渡して、その傍らでうちらの情報を奴らに渡すような奴違うやろな?」
バラネシュティの指摘にステジャルは一瞬ドキリとして、何かを思い出すように深く考え込んだ。
「なるほど……そんな事になったら、うちの村終いですね……」
「で、そいつはどうなんや?」
ステジャルは腕を組んで、じっくりとそのエルフの冒険者の事を思い出している。
「あの事件の時、晒し首に遭ったドワーフに呼ばれて、知恵を貸してくれて頭下げられた言うてました。その後も万事屋で対策本部作って、情報集めて、そのドワーフに報告しとったらしいですわ」
どうですかとステジャルはバラネシュティに尋ねた。
「つまり、奴らと対立した立場やから大丈夫やろうと?」
「……そうですね。確かに奴が裏切ってへんとは言い切れへんかもしれませんね。ただ、だとしてもこっちが情報出さな良いだけの話ですよね?」
ステジャルの説明にバラネシュティも納得した。
「わかった。方法はお前に任せる。だが、くれぐれも慎重にな」
行商隊を見送った翌日、ドラガンはイリーナ、ベアトリスと共に朝早くに沢を降り、キノコの採取に向かった。
キノコ畑のキノコは、一見すると自然発生しているように見える。
だがイリーナの話によると、自然発生するように常日頃から環境を整えているらしい。
落ち葉が地を覆ってないと生えないキノコ、朽ちた倒木にしか生えないキノコ、特定の木の周囲にしか生えないキノコと、生態は様々なのだそうだ。
つまり、ぱっと見ではただ単に木々が乱立しているだけのように見えるのだが、ちゃんとした畑という事になる。
なので彼女たちも『キノコ畑』に行くという言い方をしている。
よく観察すると木々の枝にリボンが結んである。
これが畑を区切った目印らしい。
プラジェニ家の畑は水色のリボンで囲われている。
思った以上に狭い。
竹の篭を渡されキノコを採取してと言われたのだが、正直どこにキノコがあるのか全く見当が付かない。
イリーナから、木の根の股や露で濡れているところを見てみてと言われ、じっくり木を観察してみている。
よく見ると、木の根の周りには人為的に落ち葉がかけられていて、それを退けるとキノコが生えていた。
最初、木と木の間には通路が作られているのだと思った。
だがどうやらそうではないらしい。
落ち葉が木の根に掃いてまとめられているのだ。
通路用に木が切ってあるのかと思った。
そうではなく切り株に生えるキノコ用なのだそうだ。
「どうヴラド。わかる?」
ベアトリスがそう言ってドラガンの様子を見に来た。
「申し訳ないけどちっとも……」
そう言って顔を上げると、ベアトリスはすでに籠にそこそこの量キノコを摘み入れている。
「キシュベール地区ってキノコ食べへんの?」
「ドワーフの友人に教わった事あるんだけど、秋に遊びで行っただけだし、生えてるキノコも全然違うし」
僕の村だとこの辺にと言って、ドラガンは枯れ木をどかしたのだが、残念ながら何も無かった。
「そうなんや。これなんて削って料理にかけたら、どんなもんでも旨なるのに」
そう言うとベアトリスは、木の根の近くの地面に生えた黒い木の実のようなキノコを見せた。
それ売ると高いのよと、イリーナも嬉しそうに言った。
「それキノコだったんだ……」
「何やと思ったの?」
「……動物の落とし物」
二人の会話を聞いていたイリーナが大笑いしている。
ベアトリスは呆れ顔をし、冷たい目でドラガンを見ている。
「ちょっとヴラド! 仮にも食べ物やで! それは無いんやないの?」
ベアトリスは、もうと言って少し怒った顔をした。
「いやだって、僕が知ってるのって、お皿を伏せたような形の茶色いのばかりだから」
「それは秋にならないと生えへんやつなの!」
ベアトリスは、はあと特大のため息を付き、飯抜きにするよと脅した。
それを聞きイリーナは、またお腹を抱えて笑い出した。
「こんな赤いのとか黄色いのなんて、生えてなかったもんなあ」
ドラガンは、おもむろに木の葉の陰に生えていた、白いつぶつぶ模様のある赤いキノコに手を伸ばした。
「ちょっと! それ手袋無しで触ると手がかぶれるって、さっき説明したやつやって!」
「あっ! さっき言ってたのってこれなんだ」
ドラガンは焦って手をひっこめた。
ベアトリスはまた、もうと言ってドラガンに追いやるような仕草をして、場所を代わるように促した。
「キノコは毒の強いもんも多いんやから、ほんまに気を付けんと。中には笑いまくって死ぬやつとかもあるんやで?」
ベアトリスはそう言うと手袋をし、別で持ってきた竹の箱に、先ほどの赤いキノコをしまった。
「そんなの採取してどうするの?」
「表向きは殺虫剤とか畑を荒らす害獣の駆除に使う事になってるわね」
ベアトリスは、ふっふっふと不敵な笑みを浮かべた。
あえてその先は聞かなかったが、裏では毒殺の際に使われるのだろう。
哀しいかなこれも立派な商売品なのだそうだ。
一通りキノコの収穫が終わると、昼食を取ることになった。
キノコ収穫では慎重に慎重を期しても毒が手につくことがある。
その為、食事の前に必ず沢に行き、よく手を洗う。
沢には休憩用の長椅子が作られ、そこで三人並んで昼食をとった。
食事が終わると、ベアトリスがドラガンの手を引き木々の中へと連れていった。
イリーナも付いて来た。
「ヴラドここで倒れてたんよ。何か覚えてる?」
ベアトリスからそう言われ、ドラガンは周囲をキョロキョロと見渡した。
だが正直、どの木も同じように見え全く判別がつかない。
「全く覚えてない。あの時、水の音を頼りに森の中を歩いていたから。ここって言われたら、そうかもってくらい」
「何で水の音やったん?」
ベアトリスの問いかけに、ドラガンは辛い記憶を呼び起こし無言になった。
それを察したのだろう。
イリーナがベアトリスを無言で制した。
「最後のお金を盗まれて、食べる物が無くて木の実を取って食いつないでいたんだよ。だけど喉の渇きがどんどん強くなって、どうにも耐えられなくて……」
辛そうに話すドラガンの頭をイリーナは優しく撫でた。
「甘酸っぱい木の実の中には、少しだけど毒があるものがあるからね。運悪くそういう木の実を食べちゃったのね」
イリーナは慰めるように言った。
ドラガンは、自分が倒れていたという場所をじっと見つめた。
するとそこに光るものを見つけた。
拾ってみるとラスコッドの形見の小刀であった。
「ところでここって沢からも離れてるし、畑からの道としても外れてるけど、ベアトリスはどうして見つけられたの?」
ドラガンは純粋に不思議に思っただけだったが、ベアトリスの顔が、はっきりとわかるほど真っ赤に染まった。
それを見たイリーナが腹を抱えて笑い出した。
ドラガンが首を傾げていると、ベアトリスは、何だっていいじゃないと露骨に誤魔化した。
「ヴラド、そういうんはね、『乙女の秘密』いうんよ?」
「たかが便所に何が『乙女の秘密』やの」
ベアトリスが必死に誤魔化したのに、イリーナはあっさりと暴露してしまった。
「母さん、何で言うてしまうんよ! 恥ずいやないの!」
「ええやないの。食べたら出るんは当たり前なんやから」
ベアトリスとイリーナが言い合いをしている隣で、ドラガンは関わったら怪我をするとでもいうかのように視線を反らしている。
「それはそうやろうけど、今言う事やないやん! ヴラド、困ってるやないの!」
「あんたが変に恥ずかしがるからやろ?」
イリーナとベアトリスの口論は、ドラガンをそっちのけで白熱してしまった。
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