第29話 調査

 翌日、ラスコッドも万事屋で情報収取を行った。


 さすがに昨晩のドラガンの指摘があったので、ラスコッドも慎重に慎重を期した。

ドワーフたちに、その話をしてみたのだが、どうも誰も知らないらしい。


 ドワーフの冒険者の中には、ロハティンの万事屋に常駐している者もいる。

そういう者にも聞き取りをしてみたが、聞いた事が無いという事だった。


 そこから考えられる可能性は三つ。

一つは、知っているが口には出せない。

もう一つは、人間たちの間のいざこざという事で誰も興味が無い。

残る一つは、キシュベール地区では初の被害。



 ラスコッドは、ドワーフの護衛仲間に今回の件をざっくりと話した。

ドワーフの護衛たちは、それならロハティンの冒険者を問い詰めれば良いと言い合っている。

先ほどラスコッドに知らないと答えたドワーフが再度呼び出される事になった。

キシュベール地区のドワーフたちに囲まれ、もう一度同じ事を聞かれる事になった。


 だがそのドワーフは、どうやら本当に初めて聞いた話のようで、そんな馬鹿な話があるかと憤った。

それが本当だとしたら、三地域を挙げてロハティン総督に抗議する必要がある。

ラスコッドから常習らしいと言われると怒りは頂点に達した。

何で人間たちは泣き寝入りしているんだと今にも暴れ出さん勢いだった。


 そのドワーフは、かなり正義感の強い人物だったようで、知人に問い合わせてやると言って冒険者仲間を呼びに行ってくれた。


 ロハティンの万事屋にいる冒険者は、約四分の三がロハティン以外の出身である。

つまり各地域から来ている冒険者が、ロハティン出身者と同程度いるという事になる。

その大体半数が亜人と呼ばれる人間以外の種族である。

キシュベール地区のドワーフ、ベルベシュティ地区のエルフ、サモティノ地区のサファグン。

他の二種族もいる事にはいるが数えるくらいしかいない。


 ここでも堅実なドワーフと狡猾なエルフは非常に仲が悪い。

サファグンはお調子者が多くドワーフもエルフもそこまで嫌ってはいない。


 そのドワーフが連れてきたのは、ベルベシュティ地区出身の人間二人とサファグンの女性一人だった。

万事屋の隅でラスコッドが竜の盗難の話をすると、すぐにサファグンの女性の顔色が変わった。

ベルベシュティ地区の人間も、あれはそういう話だったのかと何かを思い出したようだった。


 ベルベシュティ地区の人間は、昨年末に急に竜が死んで竜を買う羽目になったという話を聞いたと言い出した。

竜は多少値は張ったが、死んだ竜の引き取りをしてくれていたから、その費用だと思えばそんなものかもしれないと言ってたらしい。


 サファグンの女性は端正な顔を歪め、同じ地区の冒険者から噂は何度か聞いたと言い出した。

自分が知っているだけでも三頭が犠牲になっている。

ただ最初の二頭に関してはベルベシュティ地区の行商と同様、まだ若い竜だったのに急死してしまい困ったという話だけだった。

変な流行り病でも蔓延しているのか、もしくは竜産協会から購入する飼料に何か悪い物が含まれているのかもと。


 だが二か月前、三頭目の時、エモーナという村の新人の行商がそのからくりを探り当てた。

だが同行者や行商仲間から、今問題にしたら村に帰れなくなると宥められ、泣き寝入りする事になったらしい。

その新人の行商は私に、もし他に同じような目に遭う人がいたら教えてやって欲しいと言い残していた。


「何で今まで、そん事ば大ぴらにせんかった!」


 ドワーフの冒険者がサファグンの女性に怒鳴った。

その怒声に万事屋にいた他の冒険者たちが、一斉にラスコッドたちの方を向いた。


「にわかには信じられんかったんよ……そがいな、あの協会が裏でそんなんしとるだなんて……」


 あなたは突然そんな事言われて信じられるのと、サファグンの女性に責められ、ドワーフは黙ってしまった。

確かに、実際聞かされてもまだ信じられん、他のドワーフたちもそう言い合った。


「そん新人の行商いうもんは、他に何か言うとらんかったと?」


 ラスコッドは、そのサファグンの女性に優しい口調で尋ねた。

サファグンの女性は端正な顔に付く薄い唇に人差し指を当て暫く考え込んだ。


「そうねえ。競竜場で大勝ちせんかったか聞いてみてくれ言いよったかな。もし大勝ちしとったとしたら発端はそこじゃ思うって。どうなの? 大勝ちしたの?」


 ラスコッドは目を丸くして驚いた。

ラスコッドはドラガンの指摘で、酒場が噂話を竜産協会に流したのだと思っていた。

だがこのサファグンの話では、情報を流したのは競竜場だというのだ。


「ねえ、なんぼ勝ったの? お酒奢ってよ」


 サファグンの女性は、そう言ってラスコッドの逞しい腕を両手で抱え込んだ。

ラスコッドの腕をサファグンの軟らかい体が包み込む。

だが、ラスコッドは腕を振り回してサファグンを引き剥がした。


「ええい、うるさか女子ばい。それよりそん新人の行商一体何者なんや? ちかっぱ切れ者に思えるんやが」


「さあ。たまたま代役で来ただけって言いよったけえね」


 ラスコッドは、このサファグンの女性の話で事件の全容が見えてきたと感じた。

竜産協会が競竜場で大勝ちした者を報告させ、その人物を調べ、それが行商隊の人物であった場合、夜中に竜房に忍び込み、そこの竜を薬で仮死状態にしていたのだろう。

そして竜を購入しに竜産協会に来ている隙に、その仮死状態になった竜を引き取りに来たと言って盗んだ。

盗んだ竜は放牧場で放牧させ、ある程度回復したら販売する。


「盗んだ竜ば売るだけなんやけん、元手は無し。かかる費用は飼育費だけ。こげんぼろか商売もなかろう……」



 そこから皆の話は、どう対処しようという話になっていった。

だがそこはやはりドワーフである。

協会に乗り込もうという意見が多数を占めてしまった。


 ラスコッドはドワーフの中ではかなり頭が切れる。

さらに性格も比較的温厚である。

そのラスコッドからみて、どう考えても協会に乗り込み暴れるというのは良い案には思えなかった。

騒ぎを起こし事を大袈裟にすれば、竜産協会に調査が入る可能性はある。

だが暴力で事を解決しようというのは、最終的にどちらが悪いかという話になった際、こちらが不利になるかもしれない。


 そもそもセルゲイの話では、竜産協会と公安が繋がっているかもしれないのだ。

逆に抗議活動を『暴動』といわれ鎮圧されてしまうかもしれない。


 面白いのは、人間の中にも、この『協会に乗り込んで暴れよう』という意見の者が結構いた事である。

暴動というのは市民が理不尽さに抗う際の効果的な抗議方法だ。

それが人間たちの意見であった。


 ラスコッドが悩んでいると、ベルベシュティ地区の者が、自分たちも被害にあってるんだからエルフも巻き込もうと言い出した。

ドワーフたちは露骨に嫌な顔をしたが、サファグンたちも、そうすべきとドワーフたちに提言。


 ラスコッドは静かに目を閉じ、少し考え、そうしてくれと頼んだ。



 ベルベシュティ地区のエルフの冒険者が二名連れて来られた。

エルフの二人が椅子に座ると、ドワーフたちは一斉に視線を反らした。

その中にあってラスコッドは真っ直ぐにエルフの二人を見つめている。

そのラスコッドの態度にエルフの二人は、ただ事では無い事が起こったと察した。


 ラスコッドはここまでの話を整理し二人のエルフに説明した。

最後に知恵と力を貸して欲しいと言って頭を下げた。


「そうやったんや。ちょろっと話は聞たけども、アレ、そんな話やったんや」


 エルフの一人が腕を組み苦々しいという顔をした。


「こいつらだけでは、協会ば乗り込んで暴れようちゅう意見しかでんくてな」


 ラスコッドは苦笑いし、周囲のドワーフたちを指で指していった。

エルフはドワーフたちを見て、なるほどと言って頷いた。

だが、そんなエルフから発せられた言葉は少し意外なものだった。


「それも悪無い案やとは思うけどな。相手はこっそりやってたいんやろうし」


 その言葉に、それまで顔を背けていたドワーフたちが驚いてエルフの顔をじっと見た。


「ばってん、暴力で解決ちゅうはどげんかと……」


「それやったら噂たてたったら良えんと違うの? あんたら行商なんやろ。来たお客さんにそういう噂、広めたったら良えやん。一日でロハティン中に知れ渡るんと違う?」


 エルフの案にドワーフたちが騒めいている。

エルフは満足そうな顔で、どうかなとラスコッドに賛同を求めてきた。


「なるほど。噂ん出元ば調べようとしたら、まず噂が真実かどうか協会から調べられるってわけか」


 冒険者たちは、互いに顔を見合わせ頷き合った。

まだ半日ある。

今から流してもらおう。

そう言って冒険者たちは、我先にと万事屋を飛び出して行った。

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