第30話 聴取

 ロハティンの市場では、竜産協会が竜を盗んで売っているという噂が繰り返し流されている。



 その翌日、ドラガンたちに割り当てられた十日間の商売が終了した。


 前半でドラガンが『さくら』になって賞品を売ってくれたおかげで、賞品の八割を売り切る事ができた。

残りの二割も多くは食品で、これは最後にたたき売りとなる。

当然それ目当てのお客もおり、最終日は初日と同じくらいの大盛況となった。

売上だけを見たらロマンの行商経験の中では最高額の行商となった。


 明日からはキシュベール地区の店舗は次の行商隊に切り替わる。

ロマンたちの行商隊は一旦荷物を纏め、横貫通りの東の端にあるキシュベール地区の行商隊用の待機宿に移った。

ここで二泊し、その間に村人から依頼のあった品を購入し、軽くなった竜車に積みキシュベール地区へと帰るのである。


 ドラガンたちが待機宿へと入ると、行商隊たちの話は例の竜の窃盗の話一色だった。

一番重要な商売道具を盗まれたのだから当然だろう。

公安の耳にも入ってるはずなのに、あまり公安が動いてる感じがしない。

行商隊たちは、もしかしたら公安もグルなのではないかと言い出していた。

もしそうなら総督公認という事になってしまう。

そんな事になったら、当初の想像を遥かに超えるとんでもない事態に発展しかねない。



 そんな事を言い合いながら、行商たちは注文品の買い出しに向かった。

そこでロマンとドラガンは公安の警官の姿を目撃した。


 公安の警官は非常にわかりやすい。

北町や南町の屯所の警官は、どこか野暮ったい紺の衣装をだらしなく着崩している。

衣装も紺と色が決められているだけで統一感が無い。

それに対し公安の警官は、黒を基調とした制服をぴっしりと着こなしている。

ロハティンの子供たちの中でも、公安の警官は憧れの職業の一つであるらしい。


 公安の警官は、商売の邪魔にならない程度にサモティノ地区の行商から話を聞いている。

既に三頭が被害にあっている。

もしかしたら情報が引継ぎされていないだけで被害はもっとかもしれない。

サモティノ地区の行商が証言する声が漏れ聞こえてきた。


 公安の警官は非常に渋い顔をして竜産協会の前に集合している。

公安の方もロマンたちに気が付いたらしい。

集まっていたうちの何人かがロマンの方に近寄ってきた。


「行商の方ですよね? 少しお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」


 公安の若い警官は明らかに作り笑いとわかる鋭い目でそう言ってきた。

他の村の行商人たちの顔が一気に曇った。


「申し訳ないのですが、今、買い付けの最中でして……」


 そう言ってロマンは他の行商人たちを引きつれ公安の前から立ち去ろうとした。

だが別の公安がその行く手を遮り、先ほどの公安がロマンの腕を強く握った。


「お時間は取らせません。二、三、お話を伺うだけですから」


 ロマンは非常に不快感を覚えた。

まるで自分たちが犯人とでも言うかのような態度である。

少なくとも証言を集めるのに協力して欲しいという態度では無い。


「キシュベール地区の行商隊で竜を盗まれた村があると噂になっているのですが、何かご存知ありませんか?」


 まだロマンたちが何も回答していないのに、腕を強く掴んだままそう聞いてきた。

ロマンは例の噂かと鼻で笑ったのだが、公安は顔色一つ変えず他の行商人をどかし、ロマンを左右に挟むような形に立ち位置を変えた。


「その被害者の村がどこか探っているんですが中々見つかりませんで。どこの村の隊かご存知ありませんか?」


 公安の質問にロマンが黙っていると、公安は腕を掴んでいる手に力を込めた。

痛いと言って手を振り払うと、公安はこれは失礼と言って薄ら笑いを浮かべた。


「知っていたとして、どうする気なんですか?」


 明らかに敵対的になったロマンの態度に、公安も作り笑いを止め仮面の素顔を晒した。


「どうして竜が盗まれたとわかったのかを聞きたいんだよ。捜査に入って冤罪でしたじゃ済まないんだよ、お前ら行商と違って竜産協会はな」


 公安の警官は目の前の青年の受け答えから、どうやら探していた人物を探り当てたらしいと感じたらしい。

ロマンたちは何人かの行商人と一緒に行動していたのだが、公安の警官はロマンのみに話しかけてきている。


「他を当たっていただけませんでしょうか? 先ほども言いましたが、我々は今、買い付けの途中でして」


 そう言って逃げようとするロマンの前に公安が立ちはだかった。

 

「さっき時間は取らせないと言ったが事情が変わった。事務所に来い。じっくり聞きたい事がある」


 公安はロマン以外の行商を追い払うと、ロマンを取り囲むように立った。


「私が何か犯罪を犯したとでも?」


 ロマンは目の前の公安を睨みつけた。


「話を伺いたいだけだと先ほどから言ってるだろ」


 ロマンが露骨に不快だという顔をすると、後ろから年配の公安が間に入ってきた。

年配の公安は、そんな口の利き方をしたら警戒されるに決まっていると若い公安を叱りつけた。

その上でロマンに優しく微笑み、捜査にご協力いただきたいと優しい口調で聞いてきた。

しかも事務所ではなくそこの酒場で。

喉が渇いたでしょうと微笑んだ。

この人は手強い、ロマンは直感でそう感じた。



 酒場に入ると年配の公安は、軽い酒と自分には生姜水を注文した。

経費にするので伝票を頼むと言うと店の店主は笑い出した。


 飲み物が来ると年配の公安は乾杯し、氏名と村の名前を聞いてきた。

ロマンが氏名を名乗ると警官は、自分は公安のブロドゥイ警部補だと名乗った。

生姜水を一口飲むと、何があったかを話せる範囲で良いから話して欲しいと言って微笑んだ。


 ロマンはどこからどこまで話すべきか悩んだ。

酒場も竜産協会の情報源の一つだと疑っているからである。

そこで前の部分は秘匿し、噂になっている竜が突然倒れたというところから話した。

竜産協会に竜医を呼びに行くと、竜を診もせずにもう手遅れだと言われた事。

竜の販売部を案内された事、その間に倒れた竜が勝手に持っていかれてしまった事。


「ここまでの話だけだと、竜が盗まれたかどうかまではわかりませんよね?」


 一通り話を聞き終えるとブロドゥイ警部補はそう切り出した。


 セルゲイは公安は竜に関しては素人と言っていたが、どうやら本当らしいとロマンは感じた。

セルゲイの言っていた『竜車瘤』の件を説明し、ロハティンの放牧場の竜の多くにその『竜車瘤』があったと説明した。

さらに購入した竜にも『竜車瘤』があったことも。


「じゃあそれも、元々は盗難にあった竜という事ですか……」


 ブロドゥイ警部補の呟きに、ロマンはこくりと頷いた。

 

 そこまで聞くとブロドゥイ警部補は、若い公安に『クロ』だと告げた。

合流してお前たちもガサ入れしろと命じた。

竜医と飼料部もグルだからそこも念入りになと言うと、若い公安は急いで飲み物を飲み干し酒場を出て行った。


「ロマンさん。あなたに会えて幸運でしたよ」


 そう言ってブロドゥイ警部補は、にこやかに笑ってロマンと握手をした。

私たちにとってはとんだ不運だったと不貞腐れるロマンを、ブロドゥイ警部補は、まあまあと言って宥めた。


 竜産協会が、竜の飼料に毒を混ぜて殺害しているという噂自体は、以前から公安も耳にしていたらしい。

だが捜査を行っても、その時には既に被害者の行商たちは村に帰ってしまっていて、それ以上の捜査ができなかったのだそうだ。


「通りの治安を守る公安にしては随分とその……」


 ちくりと嫌味を言うロマンに、ブロドゥイ警部補は苦笑いをした。


「言いたいことはわかります。あなたほどの能ある方ならわかると思いますが、相手は王立組織なんですよ。最悪の場合、内政問題に発展してしまうんです」


「つまりは行商の財産の安全より身の保全と」


 ブロドゥイ警部補の言い訳に、ロマンはさらに嫌味を重ねた。


「これは手厳しいですな。我々としては、皆さんが我々の仕事にもう少し協力的だったらと願うんですがねえ。逃げ帰るように村に戻られてしまったら……」


 例え加害者を捕まえたとしても、状況証拠、目撃証言、全てが完璧に揃っていても、当の被害者が村に逃げ帰ってしまっていては加害者の与太話を信じるしかなくなる。

逃げ帰るという事は、何か後ろめたい事があるのではと勘ぐる者も出てくるというものである。


「行商での出来事は、良くも悪くも泡沫うたかたの夢という人が多いですからね」


 ブロドゥイ警部補の説明に、ロマンはそう感想を漏らした。



 ブロドゥイ警部補は、生姜水を飲み干してから立ち上がり、問題の竜を見せてくれとお願いした。

先ほどのブロドゥイ警部補の言葉からすると、ここで要求を拒んで村に帰ったら、今度はロマンたちが疑われかねない。

渋々という感じで、ロマンはブロドゥイ警部補を待機宿に招き入れた。

ロマンはセルゲイに竜の説明をお願いすると、ドラガンと共に買い付けに向かったのだった。



 中央広場まで来ると、竜医、販売部、他数名の職員が捕縛され広場中央に引き立てられていた。

飼料部に調査が入っているようで、行商の御者たちが飼料が買えず列をなしている。

そこに飼料部の職員も捕縛され引き立てられてきた。


「俺たちがどんな悪い事をしたというんだ! 俺たちはロハティンから富を盗んでいく窃盗団からその富を奪い返したに過ぎないんだぞ!」


 その言葉に、道行く人たちはバツが悪いという顔をして彼らから目を背けた。

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