第31話 取調べ

 今日の昼にロハティンを立つ。

行商の日程も残りは帰り道のみ。

そういうところまで来ている。


 ドラガンの行商初回は最悪に最悪が重なって大赤字。

だがそれもきっと、何年か後には良い酒の肴になるだろう。

そう言って他の行商たちもドラガンを慰めている。



 そこにブロドゥイ警部補がやってきた。


 ブロドゥイ警部補はロマンを見ると、捜査に協力して欲しいと言ってきた。

ここで協力したら行商隊と共に帰郷できなくなってしまうとロマンはかなり渋った。

だがブロドゥイ警部補は引かなかった。


「他の行商たちを、あなた方のような目に遭わせない為に、あなたたちの助力が必要なんですよ。ご協力いただけませんかね?」


 行商たちからも、そういう事であればベレメンド村にはそう言っておいてやるから行ってきてくれと言われてしまい、ロマンたちは渋々、公安事務所に同行する事になった。



 公安事務所では、何人もの公安があっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しそうにしている。

入口で、ここから先は武器の帯刀は禁止されていると言われ、腰の剣を預けさせられた。

ロマン、セルゲイ、ドラガンは、それぞれ別の部屋に入れられ別々の公安から話を聞かれる事になった。


 ロマンは担当の公安にどういう事かと凄んだ。

これではまるで、僕たちが犯罪を犯したみたいでは無いかと。


「ここで話を聞く時の通常の聞き方ですよ。特にあなた方に思うところがあるとか、そうい事ではありませんよ」


 公安はそう言ってニヤリと笑った。

これも捜査の一環。

公安はロマンの顔を見て、ニタニタと腹の立つ笑顔をし続けている。



 何かがおかしい。

ロマンは直感でそう感じていた。

どういう事か可能性をいくつか探ってみる。

そこで一つの推論に行きついた。


 恐らく竜産協会が公安に対し何かしら政治交渉をしたのだろう。


 だとしたら極めて状況は悪い。

そうロマンは判断した。



「どのような事が聞きたいんです?」


 ロマンの方からそう切り出した。

捜査だというなら、ここで少しでも協力を渋れば、どんな報告をされるかわかったものではない。


「そうですねえ。ではまずは、『あの噂』を行商中で流すように言ったのは誰か、ですかね」


 『あの噂』が何かわかならない。

公安の質問にロマンはそう返した。

だが公安は顔色一つ変えず竜産協会が竜を盗んだという噂だと説明した。


「知りませんね」


 ロマンはそう言って首を傾げた。


「知っているが言えないという風に聞こえますが?」


「都合良く解釈しないでいただけませんか。僕はそんな噂知らないと言ったんです」


 ロマンがしっかりと訂正した事で公安は目を細めた。

当事者が知らないわけないのに。

ロマンから顔を背けそう独り言を呟いた。


「あなたも噂を流していたんでしょ。誰からの指示ですか?」


 何の事かわからない。

そもそも自分はそんな事はしていない。

何の根拠があって、そんな事を言っているのか?

ロマンは公安の『尋問』にそう回答した。


「根拠……根拠ねえ。根拠に基づかない誹謗中傷は犯罪ですよ? つまり、あなたが行った事は立派な犯罪なんですよ」


 だからこうして取調べを受けている。

そう公安は説明した。

捜査協力という話だったはずとロマンが指摘すると、公安はふっと鼻で笑った。

犯罪者相手なのだから『尋問』が行われるのは当たり前と言い出した。


「僕はそんな噂知りもしないと先ほどから言ってる。それと、先ほどあなたが言った『根拠に基づかない』とはどういう事なんでしょうか? 先ほど竜産協会で逮捕者がでていたようですが?」


 公安の警官は一旦話を区切り、じっとロマンの顔を見つめた。

視線は非常に厳しく、明らかに犯罪者に対する『尋問』という感じであった。


「彼らは犯罪を否認しているんですよ。であれば噂を流した行為は中傷という事になりますよね?」


 彼らは、我ら協会が竜を盗んだという証拠を出せと言っている。

竜産協会の方からは、あなた方の竜は処分したという書面がしっかりと提出されている。

さらに言えば、その書面にはロマンのサインも書かれている。

つまり、ロマンは竜の処分に対し『同意した』という事になっている。


 しかも竜医の診断で死亡が確認されたという書面も添付されている。

さらに処分場の書面もあり、解体処理された事が書面でしっかりと確認できる。


「つまり僕たちは営業妨害でここに呼ばれたと」


 他にも何か罪を犯しているのなら一緒に吐け。

ロマンの言葉に公安はそう命じた。


 ロマンは大きくため息をついた。

どうやら公安は、もうロマンたちが犯罪を犯したというシナリオを描いてしまったらしい。

後は我々から何かしら証言を引き出すだけと思っている。

つまりここで何か少しでも疑わしい事を喋れば即逮捕という事だろう。


「ロマンさん。どちらにも証拠がない。とすれば我々としては、行商の方を疑うというものなんですよ」


 公安の言葉にロマンは耳を疑った。 

何か罪を犯しても村に帰れば帳消し、そう思ってやりたい放題。

公安はそう言ってロマンを挑発した。


「行商たちのそんな話、聞いた事ありませんね。どの人も行商で忙しく、犯罪など犯す暇はないと思いますが? 我々行商人は、村の人々の財産と生活を預かってここに来てるんですよ?」


 ロマンは机を激しく叩き、いい加減な事を言うなと激怒した。

だが公安はそれも鼻で笑い、裏では何をしているかわかったものではないと言い出した。


「それがロハティンの、あなた方に対する一般的な印象なんだよ。わかったらさっさと罪を自白したらどうだ。お前が『買った』と言った竜だって、放牧場から勝手に盗んできたものだって、わかってるんだよ!」


 調べてみたら、竜産協会に領収書が無かった。

竜産協会では購入の手続きは取られていない。

そう言って公安はロマンを睨みつけた。


「こちらには領収書が残っていますよ。竜産協会が領収書を破棄したから我らが窃盗をしたというのは、さすがに無理があると思いますが?」


 二人はそこから、お互い何も言わず睨みあった。

そこに別の公安が取り調べ室に入ってきた。

その公安は取り調べをしている公安に何やら耳打ちすると、ロマンを一人残し、取調していた公安を連れ部屋を出て行った。




 かなり長い時間、ロマンは部屋に一人残された。

自分は捜査協力に来ているのであり、そのまま帰っても問題は無い、そうも考えたが、ロマンとしてもこの事態の顛末に興味が出てきた。

誰もいない一面漆喰張りの無機質な部屋でただひたすら待った。

蝋燭の明かりだけがゆらりと揺れている。




 かちりと音を立て扉が開くと、先ほどとは異なる公安が部屋に入ってきた。

その公安はロマンを見ると、にこやかな顔をして椅子に座った。


「ロマンさん。竜産協会の者が犯行を自供しましたよ」


 公安は椅子に腰かけると手を揉み、ロマンに笑顔を向けた。


「ならば、僕を犯罪者扱いした事について、謝罪はしていただけるんですよね?」


 ロマンは怒りに満ちた目で公安を睨んだ。


「もし先ほどの者に非礼があったのでしたら謝罪いたします。公安の警察にも色々いますから。それをご理解いただければと思うのですが」


 ロマンは大きくため息をついた。


 意図して、ああいう輩にああいった尋問行為をさせておいて、流れが変わったら個人の資質と言い逃れする。

なるほど行商の皆が公安に良い印象を持たず、どれだけ甚大な被害にあっても野良犬に噛まれたかのように村に逃げて帰るわけだ。

ロマンは改めてそう実感した。


「で? 僕は無罪放免ということで良いのですか? 捜査協力という名目の尋問はもう終わりという事で」


 ロマンの棘のある言い方に、さすがの公安も作り笑顔を引きつらせた。 


「ロマンさん。どうやら誤解があるようですが、我々公安は、あなた方行商たちが安心して商売ができるように日夜励んでいるんですよ?」


 この公安はそう言って笑顔を向けているが、残念ながらその本音は先ほどの公安が漏らしてしまっている。


「自供したとかいう犯人はどうなるんです? そうおっしゃるなら、まさか無罪放免ではないですよね?」


 ロマンは公安の顔も見ずにそう尋ねた。


「ロマンさんが希望するなら公開処刑にいたしますよ」


 公安の言葉にロマンは耳を疑った。

本来犯罪者は、どのような場合でも裁判にかけ、互いに弁護人をたて、裁判官が最終的な刑を決めるはずである。

少なくともそう聞いている。


 公安は、竜の窃盗は竜管理法で極刑と決まっていると説明した。

法律上では禁固刑以上となっているが、竜産協会の意向で極刑に処される事が多い。

竜産協会も外の人にそう強要するのだから、身内にもそういう処罰を望むはず。

だからロマンが望むなら、公安は極刑を求刑するという事らしい。


「では厳罰に処される事を望みます」


 もう帰っても構いませんか、そう言ってロマンが椅子を立つと公安も立ち上がった。

ロマンの肩を叩き、わざわざ扉を開け退室を促した。



 事務所の入口の長椅子に腰かけ公安の警察たちを観察していると、ドラガンが泣きそうな顔で戻ってきた。

ドラガンを長椅子の横に座らせ、そっちはどんな感じだったと尋ねた。

ドラガンもロマンと同様、あからさまに犯人扱いを受け犯行を自白しろと強要されたという話だった。

捜査に協力ってどういう意味だったのか、ドラガンもそう呟いた。


 さらに遅れてセルゲイが戻ってきた。

セルゲイも戻ってくると、ドラガンにどんな感じだったか聞いた。

ドラガンとロマンが犯人扱いだったと報告すると、セルゲイは、やってもいない事を自白しなかっただろうなと二人に強い口調で聞いた。

ドラガンが何を言えば良いかわからないから、ずっと意味がわからないと言い続けたと言うとセルゲイは安堵し、それで良いと微笑んだ。


 そこに一人の公安がやってきた。

老警官ではあるがブロドゥイ警部補とは異なる人物である。


「この度は捜査へのご協力、誠にありがとうございました。犯人は明日の昼、ここを出た中央広場で公開処刑となると思いますので、よろしければ御覧になっていってください」

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