第28話 陰謀

 セルゲイはマイオリーを伴い竜産協会の事務所へと向かった。


 セルゲイがマイオリーに言ったように、竜産協会は先ほどの金貨十枚の竜は既に売れたと言い出した。

やはりなと内心思いながらも、もっと良い掘り出し物がいるという竜産協会の職員の相手をする事になった。

マイオリーは、今にも斬りかからんという剣幕で職員を睨んでいる。


「今度の竜は、いくらくらいなのですかな?」


 セルゲイが『今度の』と言った時に、職員はぴくりと眉を動かしたが、構わず交渉を始めた。


「少し高くて金貨十七枚です。預かってる二枚とそれ以外に五枚足すだけで……」


「相場は二十枚だろ? 十七枚程度では掘り出し物とは言えないのではないのかな?」


 『相場』という言葉が出ると職員は少し動揺した。

だが、それでも顔の作り笑顔を崩さず、かなり良い竜なので金貨二五枚の値を付けていたのだが、売れ残ってしまっているので先日十七枚に引き下げたばかりなのだと説明した。

だから掘り出し物なのだと。


「ならば高齢竜という事になるのでしょう? だとしたら相場からして金貨十七枚は、いささか強気すぎなんじゃないですかな?」


「それほどの良い竜なんですよ。金貨十七枚でもこちらの一方的な損失というものです」


 職員は恩着せがましく、掘り出し物である事を前面に押し出してきた。

その表情は、未だに作り笑顔を崩さない。

つまりは、ここまでの交渉も、まだ想定の範囲内。


「何故、それほど良い竜なのに実物を見せようとしないのですかな? そんな事で相手を納得させられるとでも思っているのですかな? 銅銭で買える子供の玩具じゃないのですぞ?」


「今はここには無く、承諾いただけたら明日牧場から来る事になっておりまして……」


「無いものには一グリヴナたりとも払えませんなあ」


 ぴしゃりとセルゲイに言われてしまい、さすがの竜産協会の職員も笑顔が引きつった。

セルゲイは、どうせそんな竜はいないのだろうという疑いの目で職員を見続けている。

さらにその隣では、マイオリーが殺意に満ちた目で見続けている。


「ですが、聞けばそちらは竜を失ってしまったのでしょう? であれば、帰りの竜に難儀してしまうのではありませんか? 我々もそう考えて、なるべく安く良い竜をと案内しているのですよ?」


「ならば実物を見せてはいただけませんか? まさか一頭もいないのですか? だとしたら詐欺として公安に訴え出ねばならなくなりますが?」



 セルゲイも初回の竜の購入では足元を見られ、非常に苦い思いをさせられている。

その後、大先輩の御者に付き添ってもらい、彼らのやり方を徹底的に教え込まれた。

基本的に竜産協会に来る人は突然竜を失い困って買いに来ている。

だから足元を見まくるのである。


 竜産協会は王室の直属機関で、理事長はいくつかの侯爵家が持ち回りで務めている。

一方で、ここロハティンの総督は代々王族が務めている。

公安事務所は総督府の直属であり、そこと対立すれば竜産協会の方が立場は弱い。


 大事にされれば、当然、キシュベール地区、ベルベシュティ地区、サモティノ地区も黙ってはいない。

議会で必ず問題視される。

そうなれば国王が出てくる事になるのである。

最悪、侯爵家は、お取り潰しとなってしまう。

発端となった部署は、別の侯爵家から徹底的に敵視される事になる。


 セルゲイは、そこまでの詳しい事情は知らないのだが、大先輩の御者から困ったらそれを切り札に使えと教えられたのである。




 竜産協会の販売員は、渋々という感じで放牧場を案内した。

放牧場はロハティンの街の北西の郊外、西街道に面した場所にある。


 放牧場を見たセルゲイは小さな違和感を覚えた。

それが何かまでは気が付かなかったが非常に悪い予感を覚えた。


 何頭かの竜を選びその値段を聞いていく。

竜産協会の販売員は手元の資料を見ながら、逐一値段を言っていく。

うち三頭が治療中と言われ値段を言われなかった。


 最終的に、金貨十九枚の比較的若い竜を購入する事で商談はまとまった。

ただし、ここの竜は特別な竜なので、いつものような分割払いは適用できないと言われた。

先ほどの金貨二枚が手付金であり、もしこれが売れたと言ったら詐欺で訴えると言い残し、セルゲイは竜産協会を後にした。



 市場へ戻るとセルゲイは、先ほどの違和感の正体に気が付き真っ直ぐ竜房へ向かった。

竜房の戸を開けたセルゲイは酷く驚く事になる。


 泡を吹いて倒れたはずの『ミツニー』がいなかったのである。

餌箱も寝藁も綺麗に掃除されている。


 すぐにロマンの元に行き倒れた竜はどうしたと聞くと、セルゲイが竜産協会に行くのと入れ違いに、竜産協会の職員が来て、綺麗に片づけて行ったと説明された。

ロマンの説明を聞きセルゲイは、クソっと大声で叫び、店の壁を思い切り殴りつけた。


「『ミツニー』は、あの竜は死んでなんかいなかったんだよ!!」


 セルゲイの言葉に、ロマンだけでなく、ドラガンもマイオリーもラスコッドも驚きを隠せなかった。


「薬で仮死状態にされていただけだったんだよ! 牧場を見ていて何か違和感を覚えたんだ。さっき、その正体に気が付いた。あれは全て盗んだ竜だ! 竜車の竜として使われた瘤がどの竜にもあったんだよ!」


 セルゲイの説明にロマンたちは生唾を飲んだ。


 恐らくは『竜産協会による窃盗事件』であろう。

先ほど職員がグズグズと交渉を長引かせていたのは、御者であるセルゲイを事務所に引き留める為でもあったのだろう。

放牧場を見せろと言われ、その事に気付かれても、すでに竜を回収しておけばもう証拠が無い。

なんという手際の良さ。

間違いなく常習犯だろう。


「とりあえず公安に届けましょう」


「無駄だよ。証拠を出せと言われるだけだ。状況証拠しかないのでは取り合ってはもらえんよ」


 ロマンの提案にセルゲイは、そう言って首を横に振った。




 結局、売上金に競竜場での配当金を足しこんで金貨十七枚を用意し竜を受け取った。

竜房に竜を繋ぐと竜産協会の職員は、今後ともご贔屓にと言って帰って行った。


 セルゲイはドラガンとマイオリーに店番をさせ、ラスコッドとロマンを竜房へ呼んだ。


 セルゲイは、先ほど連れて来られた竜の腰骨の手前部分を指差した。

竜車を曳かせると、どうしても腰の部分に力が入る。

そうなると竜車を繋いでいる腰骨の手前部分が擦れる。

摺れた部分は徐々に瘤となっていく。

つまり、その瘤が大きければ大きいほど、竜車の竜として長年活躍しているという証になるのだ。 


「本当ですね。確かに、こっちの『シニー』と同じ場所に瘤がありますね。それもかなりしっかりした瘤が」


 ロマンは、新しく運び込まれてきて竜をじっと見つめている。

普通に考え、新たに購入した竜にこんな瘤がここまではっきりと付くはずが無い。

十中八九、同じ手口で盗んだ竜だろう。

つまり常習犯という事である。


「そう言って、公安に訴えたら良いんじゃないですか?」


「公安は竜については素人だ。玄人の竜産協会相手だと丸め込まれるのがオチだよ」


 ロマンの言いたい事もわかる。

詐欺なら詐欺だとちゃんと訴えないと、他の行商が同じ目に遭い、結果的に多くの被害者を生む事になってしまう。

だから、被害を受けた人がしっかりと対処する必要がある。


 だがセルゲイは、もはやこれ以上は危険だと感じているらしい。

交渉の感じだと、竜産協会は公安と通じている可能性がある。

であれば、訴えると最悪の場合こちらが罰せられる事になるかもしれない。


 それに、今訴えたら裁判やら何やらで七日はかかる。

もちろんそうなれば余計に滞在費用がかかる。


「だから、行商の終わりのこの時期に仕掛けてきたって事ですか……」


 セルゲイの説明にロマンは、そう言ってやるせないといった表情をうかべた。




 その日の夕刻、いつもの酒場『紅鮭亭』で、五人は沈み切った顔で卓を囲んでいた。


 竜の窃盗を証明する最も手っ取り早い手法は、あの竜の元の所有者を探す事である。

元の所有者と揉めたという事にして訴え出れば、行商同士の諍いという事にできる。

そうなれば、何故こんな事になったのかについて調査される事になり、その過程で竜産協会の悪事が露呈する事になる。


 だが、どこの行商も班に別れて交代でロハティンにやってくる。

その膨大な数の村の中から、あの竜の元の所有者を見つけ出すのは、はっきり言って現実的では無い。


 何かやる前には情報収取が重要、そうラスコッドが指摘。

ロマンも、情報収取は商売でも鉄則だと頷いた。

じゃあ情報収取してみようと言って、セルゲイは酒場の主人を呼んだ。


「なあ主人。ちょっと聞きたい事があるんだが良いかな?」


 酒場の主人は、忙しいから手短にと面倒という態度を取った。

だがビールを四杯注文すると、ニコリと笑って何が聞きたいんだと言ってきた。


「最近、この街、竜車の竜の病死が多いって聞くけど本当かい?」


「ああ。確かにここのところ立て続けだな。お宅もだってな。何か流行り病か何かなのかねえ?」


 この段階で、自分たちと同じような目に遭っている行商が、このところ複数いたという事がわかった。

つまりは、やはり『常習』という事になるだろう。


「じゃあ竜産協会のやつら、だいぶ懐が肥えたんだろうな」


「確かにな。竜車の竜は中々売れないって、協会のやつら一頃よくぼやいていたからな。場所とって、飼育の手間がかかるだけで、ちっとも金にならない『金食い虫』だって」


 それは彼ら竜産協会の仕事が、我ら行商隊の救急であるからなのに。

そんな当初の志よりも、今は何を置いても儲けになってしまっているという事なのだろう。

 

「まあ、ここの街の人たちにしたら、竜産協会なんて競竜場以外あまり関わりの無い人らだからね。競竜場の竜に病気が蔓延しないと、中々病気の事はわかりにくいよな」


「なるほどね。煎り豆も三つ追加して良いかな」


 店の主人は、毎度と言って厨房へと向かって行った。



「多分だけど、竜産協会の悪事を、この街の人たちは見て見ぬふりしてるんだと思う」


 店主が席を離れたところでドラガンが父にそう言った。


「だって、こんな理不尽な話酒場でしないわけないじゃない。酒場にも横のつながりがあるだろうに、それを知らないなんて事あるわけないじゃない」


 ドラガンが小声でそう続けると、セルゲイは無言で厨房の方を睨んだ。


「……言われてみれば。つまり色々知っててあの態度という事か。じゃあもしかしたら、竜産協会のやつら酒場から情報を得ているのかもしれんな」


 ドラガンの指摘に、セルゲイだけじゃなくロマンもラスコッドも頷いた。

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