第27話 変事

 その日からマイオリーは、酒代や食事代を出してもらう代わりに下働きをする事になった。


 どうせ万事屋に顔も出さず競竜場に行くだけなのである。

その元金すら既にすってしまって無いだからちょうど良いだろう。

ロマンは少し渋っていたのだが、ラスコッドにこき使ってやってくれと言われてしまった。

マイオリーは返す言葉すらない。

ならばと働きに応じて駄賃を弾むという事になった。


 セルゲイも竜の世話をマイオリーに頼んだ。

マイオリーは朝から竜の世話をし、それが終わると店で倉庫整理。

昼食後また竜の世話をし、倉庫整理して夕飯に出かけるという生活を送った。

ロマンも感心するほどの実に真面目な働きっぷりである。

これは駄賃をはずんであげないといけないとセルゲイと言い合っていた。


 だが三日目の朝、マイオリーは姿を現さなかった。



 朝、ロマンが店に入ると売上の入った金庫が開いていて中身が減っていた。

倉庫内の商品には一切手を付けておらず、金庫の中のお金にだけ手を付けている。

昨日の出納帳から金庫の中身を数えると、金貨が二枚抜き取られている事がわかった。


 ロマンはドラガンにラスコッドを呼びに行かせた。

するとドラガンと入れ違いに、血相を変えたセルゲイが店に入ってきた。


「マイオリーは、こっちに来てるか?」


 セルゲイはロマンの様子を見て、店の方でも何かあったと気づいた。


「竜舎を見に行ったら『ミツニー』が倒れてた。こっちは何があったんだ?」


 セルゲイは『ミニツー』に何が起こったのか、ただ単に聞きに来ただけだった。

だが店の方もとなると事情は異なる。


「こっちは売り上げを盗まれました。今、ドラガンにラスコッドさんを呼びに行ってもらってます」


 金貨二枚。

今回の売上の大半を盗まれた事になる。


「あいつ、金貨二枚で村を捨てる気なのか?」


 二人が店の中でため息をつき合っていると、ラスコッドを連れてドラガンが戻ってきた。

ラスコッドはロマンとセルゲイから状況を聞くと申し訳ないと謝罪。

愚かな同僚がとんでもない事をしてしでかしたと痛恨の表情をうかべた。


 そうなるとラスコッドに預けたあっちの方のお金が気になる。

ラスコッドはドラガンを連れて、若干青ざめた顔で急いで自分の部屋へと向かった。


 ドアを閉じカーテンを閉め、荷物の中の細工箱の鍵を開ける。

青い大空に赤いトンボが無数に飛んでいるというかなり凝ったデザインの小箱である。

中には金貨が十九枚ちゃんと入っている。

ここまではどうやら手を付けなかったらしい。

ラスコッドは箱の鍵を閉め鍵を自分の財布に入れると細工箱を隠した。



 店に戻った二人は、ロマンとセルゲイと今後の相談をした。

ロマンはこの後店番がある。

その為、対処はセルゲイが中心となって行う必要がある。


「公安事務所に被害届を出すか……」


 痛恨という表情でセルゲイは言った。

村の恥だがやむを得ない。

ここでなあなあで済ませても、今度はロマンが村に帰ってから処分を受ける事になってしまう。


「竜産組合に行って竜の手配もしないと……」


 セルゲイは、あまりにも気が重く、ため息をつきながら目をこすった。


「それも経費からですね……今回の行商は大赤字ですよ。最悪ですね……」



 セルゲイが公安事務に行こうと店のドアを開けると、外に人影を見た。

マイオリーが立って項垂れていたのである。

横目にそれが見えたのだろう。

ラスコッドが駆けつけ思い切りマイオリーを殴りつけた。


「きさま! どん面下げてここば帰って来たと!!」


 マイオリーは隣の商店の壁に吹っ飛び、そのまま鼻血を出して座り込んだ。

ラスコッドはマイオリーの胸倉を掴み無理やり立たせる。


「きさま! どんだけ俺に恥をかかせれば気が済むと! 俺に何の恨みがあると!」


 一発、二発、三発と、ラスコッドは怒りに任せマイオリーを殴りつけた。


「待った! ラスコッド、何か様子がおかしい!」


 再度、ラスコッドが殴りかかろうとするのをセルゲイが引き留めた。

ラスコッドがマイオリーの胸倉から手を離すと、マイオリーは拳を握りしめ涙を流した。

地面に四つん這いになり、むせび泣き始めたのだった。


「マイオリー、何があったんだ?」


 セルゲイが優しく問いかけると、マイオリーは暫く泣き続けた。

ラスコッドが、泣いてたらわからないと怒鳴ると、やっとぽつりぽつりと話し始めた。


 朝、マイオリーは張り切って竜舎に現れた。

ここ二日の真面目な働きぶりを見て、後二日同じように働いたら、銀貨四枚の借金は帳消しにすると言われたからである。

竜の世話と倉庫整理、四日で銀貨四枚。

さらに昼も夜も食べ放題。

悪い話ではない。

そうマイオリーは喜んでいた。


 ところが今朝竜房を見ると、竜の一頭『ミツニー』が倒れていたのだった。

原因はわからない。

だが餌箱を激しく噛んだ跡があり、竜房にのたうち回った跡がある。

口から血の混ざった泡を吹いている。

そこからすると、何か問題のあるものを誤って餌箱に入れてしまったに違いない。

マイオリーは自分のせいだと青ざめた。


 今竜の世話をしているのは自分であり、もし何かを餌に誤って入れたとすれば自分以外無いだろう。

焦ったマイオリーは竜房を出て真っ直ぐ竜産協会に向かった。



 竜産協会は竜に関する、あらゆる事を仕切っている団体である。

生産、流通、販売、治療、埋葬まで。

競竜場の運営もこの竜産協会が取り仕切っている。


 マイオリーは倒れているだけで死んでいるわけじゃないと淡い期待を抱いていた。

竜医に診てもらいたい。

そう竜産協会にお願いをした。

だが竜産協会の竜医は、症状を聞くともう助からないから購入の手続きをしろと営業部を案内した。


 がっかりしたマイオリーだったが、せめて竜の値段だけでも聞いておかなくてはと考えた。

案内されるままに営業部へ向かうと、営業部の担当は、少し歳はいってるが掘り出し物があると言ってきた。

通常、竜車用の竜は一頭金貨二十枚ほどが相場である。

半値の金貨十枚で良い。

もし買う気があるなら、早急に手付金として金貨二枚を持って来てくれ。

他にも買おうと悩んでいる者がいるから早急に。


 マイオリーは、通常の半値で買えるなら、その半分は自分が稼いだと同じ事だと考えた。

だが当然そんな金は持ってはいない。

そこで急いで店に戻り売上の入った細工箱を開け、金貨二枚を握りしめ竜産協会へ走った。



「で、竜は?」


 セルゲイはマイオリーに尋ねた。

マイオリーは唇を強く噛んだ。


 竜産協会はこれはあくまで手付だと言って竜の引き渡しをしてはくれなかった。

代金の金貨十枚を持ってこないと引き渡せないと言われてしまったらしい。

マイオリーは悔しそうに地面を叩いた。


「で、金貨二枚取られて帰って来たってのか。何で持ち帰って相談しなかった!」


 セルゲイは激怒しマイオリーの胸倉を掴んだ。


「急げば半額なんだぞ! 金貨十枚浮くんだぞ! 相談なんてその後だろ普通」


 マイオリーが反論すると、セルゲイは、何と愚かなと呟き胸倉から手を離した。 


「その金貨十枚と言われた竜は見たのか?」


 愚かと言われ激昂したマイオリーに、セルゲイは冷ややかな目で尋ねた。


「そんな竜はハナからいないんだよ。今から残りの八枚を持って行っても、もう売れたと言われるだけなんだよ」


 セルゲイの言葉が、マイオリーには理解できなかった。

ただロマンは理解できたようで、なるほど、そういう事かと呟いた。

セルゲイは、よく聞けと言ってマイオリーに優しく解説を始めた。


 最初からそんな掘り出し物の竜なんて存在しない。

今は竜産協会が、『マイオリーを』品定めしている段階なのだ。

今から八枚持って行けば、今度は金貨十五枚の竜を代わりに紹介される。

なんと後金貨五枚足すだけで、先ほどの竜とは比べ物にならない良い竜が手に入ると言われる。

それでも金貨を取りに行くようなら『カモ』だと判断する。

先ほどの竜はこちらの手違いで総督府に納める事が決まっていたものだったと謝ってくる。

『総督府』と言われれば文句も言えないだろう。

最終的には、今はこの竜が最良だと思うと言って相場の何倍もの値段を提示される。

文句を言っても最初に金を用意してこなかったそちらが悪いと言われるだけなのだ。


「そんなの詐欺じゃねえか!!」


 憤るマイオリーに、セルゲイは大きくため息をついた。


「彼らも我々と同じ商人なんだよ! そういう交渉術なんだよ! そうやって客の品定めをするんだよ! だから俺たちは必ず、先に竜を見せろと言うんだ。絶対手付金も払わない」


 マイオリーは脱力し魂が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

そんなマイオリーにセルゲイはとどめの一言を放った。


「そもそも、竜の購入は分割払いが当たり前なんだよ。普通に考えて金貨何十枚も一遍に払えるわけないだろ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る