第26話 晩餐

 競争が終わった後、四人は顔をこわばらせ掲示板を凝視していた。


 四人ともに、一、二着の竜券を購入している。

それも、先ほどのような連複式じゃなく連単式である。

さらに言えば一口じゃなく複数口。

もはやこの紙がいくらに化けるのか、それだけが注目だった。


 まず単勝倍率が発表になった。

十四頭中十三番人気の竜である。

単勝の倍率も中々の倍率だった。

次に複勝の倍率が発表になった。

その次が連勝複式。

連勝複式は二着の竜が三番人気の為、そこまでの倍率では無かった。

問題の連勝単式の倍率が出た。

三二九・六。

観客から、おおというどよめき声があがった。



 一人金貨三枚。

信じがたい大金を前に、四人とも思わず手が震えた。

一人ドラガンだけが青ざめた顔をしている。

さっきより凄い倍率だったとロマンが言うと、ドラガンは壊れた玩具のように首を縦に振った。

ドラガンの様子が変だと思い、ロマンは手の中を開けさせ、すぐに閉じさせた。


「ドラガン、お前いくら賭けたんだよ!」


 ロマンがひそひそ声で、そう責めると、ドラガンは思わず涙目になった。


「間違えたんだよ! 逆だったの!」


 ドラガンもつられて、ひそひそ声で言い訳した。


「逆って? えっ? お前まさか、裏に三口入れたの?」


 ロマンの呟きにセルゲイもラスコッドも耳を疑った。


 驚いたセルゲイはドラガンの手の中身を確認し、思わず周囲をキョロキョロした。

金貨九枚、銀貨十七枚と大量の銅銭。

焦ったラスコッドは、すぐに自分の財布を開き入れろ入れろと急かした。


「さっさと帰ろう。こんなのが知れたらスリの良い獲物だ」


「今から宿に帰るまで、競竜の話は厳禁ということにしましょう」


 セルゲイとロマンがそう言い合うと、ドラガンとラスコッドも、まず宿泊所へ急ごうと言い合った。


 四人は逃げるように競竜場を飛び出した。

そこから宿泊所まで四人は無言だった。

恐らくもはやマイオリーの事は、誰の頭の片隅にも無かった事だろう。




 焦り切った顔で宿泊所に帰った四人は、戸に鍵をかけると堰を切ったように笑い出した。

ロマンは四つん這いになり床をばんばん叩く。

ドラガンはベッドに寝ころんで大笑いした。

セルゲイもラスコッドも腹を抱えて笑った。


「『初心者の強運』とは、本当によう言うたもんばい!」


 そう言うラスコッドの目には、笑いすぎて涙が蓄えられている。


「ドラガンなんて数時間で金貨十枚ですよ! こんな大金どうするんですか、ねえ!」


 ロマンがそう言って笑うと、ラスコッドは懐から財布を取り出しジャラジャラと揺すって音をたてる。


 これだけの金があれば、何かしら事業を始められるかもしれない。

金貨十枚あれば元手としては十分である。

村で話題になったあの水汲み器を作って大陸中に売りに出したらどうだろうか?

ロマンとラスコッドは少し真剣な顔でそう言い合った。


「ならばドラガンに、もっと商売ば仕込まんといかんばい」


 ラスコッドがそう言うと、ロマンはぷっと噴き出した。


「ドラガン、計算が苦手なんですよね。すぐにおつりを間違えるんです」


 そんなのここでばらさなくても良いとドラガンが抗議すると、三人は笑い出した。


「ドラガンは自分が興味の湧かない事はさっぱりだからなあ」


 セルゲイがゲラゲラ笑いながら言うと、ドラガンは口を尖らせた。


「アリサも、もっとちゃんと勉強を教え込んで欲しかったですね」


 そうロマンが言うと、セルゲイは、これでもかなり教え込んでいたと笑い出した。

ドラガンは、もうと言ってロマンをポンポン叩いた。




 その後、夕飯をどうしようという話になった。

最初セルゲイは、せっかくだから良い所で良い物を食べようと提案したのだが、ラスコッドが反対した。

ここで突然高級な店に行ったら、大勝ちしたと言っているようなものである。

夜に盗賊に入られるかもしれないし、そうなると命に危険が及ぶかもしれない。

それならば、いつもの店でちょっと良い物を食べるのが良いだろう。

競竜でちょっと勝った、そう言って喜んでいれば銀貨数枚になったんだと思ってもらえるだろう。


 ラスコッドの意見に賛同した四人は、いつもの酒場『紅鮭亭』へと向かった。

ほくほく顔で店に入ると、店の奥で不景気そうな顔をしたマイオリーがやけ酒を呑んでいた。


 マイオリーはドラガンたちの姿を見ると、すぐに視線を反らした。

その態度で、どうやらすったらしいとロマンたちは察した。

四人は顔を見合わせニヤリとすると、マイオリーの席に向かう。


「マイオリーさん、どうでした? 成果の方は?」


 ロマンはそう言って、マイオリーの隣の席に座る。


「今日は、ちょっと勘が冴えなくて……」


 マイオリーはちらりとロマンの顔を見て、すぐに目を反らした。


 銀貨一枚は返せそうかと聞くロマンに、マイオリーは、黙り込んで俯いてしまった。

借りた金をほとんどすってしまったというのは、さすがのマイオリーでもバツが悪いらしい。

だが辛うじて、手元に飲み代だけでも残すという最後の理性はあったとみえる。

さすがに酒代を立て替えてくれとまでは言ってはこなかった。


「今日、結構高い配当出てましたね」


 ビールを一口飲んだロマンが、マイオリーにそう話を振った。


「そうなんだよ! 俺たちが行くまでカチカチばっかりだったのによう」


 どうやらマイオリーは、自分たちが行くまでのレースの傾向から、今日は順当に決まる日と感じたらしい。

その為、三レースともに人気の竜を中心に竜券を購入していたらしい。

そのせいか、ドラガンたちが購入しなかったレースは的中させたのだそうだ。

ただ、その勝ち分を最後のレースに注ぎ込み見事玉砕してしまったのだとか。


「それだけに、午後は荒れるかもとは思わなかったんですか?」


 ロマンは普段注文しない獣肉の腿肉を口にしながらそう尋ねた。


「そんな風に考えるのは素人だけだ。今日はコース状態がかなり良かったんだ。だからあんな風に荒れる要素はどこにも無かったんだよ」


 素人。

その単語を聞くと、ロマンだけでなくラスコッドとセルゲイもげらげら笑い出した。


「何だ? まさかお前らアレを取ったなんて言わないだろうな?」


 マイオリーはガタンと椅子から立ち上がりロマンたちを見た。

よく見れば三人とも普段は注文しない値段の高いつまみばかりを食べている。


「『素人』のドラガンに乗ったら当たりましたよ。奢ってはあげませんけどね」


 そう言ってロマンはドラガンの頭を優しく撫でた。

ドラガンも香草のたくさん詰まった腸詰を、口いっぱいに頬張り幸せそうな顔をしている。


「どっちだ! 最終か! 二つ前か!」


 あまりのマイオリーの必死な表情にドラガンとラスコッドは笑い出した。

ロマンとセルゲイはマイオリーを哀れみの目で見た。


「なんでアレが買えるんだよ! どっちも勝ったのは、ここ数戦さっぱりだった竜じゃねえか!」


 泣き出しそうな顔で言うマイオリニーに、さすがにドラガンとラスコッドも憐れに感じてきたらしい。


 パドックでのドラガンの直感。

ロマンはそう説明した。

直感も何も、ドラガンは生まれて初めて競竜を見たはず。

勘も何も無いだろうにと、マイオリーは憤りを隠せなかった。


「ふざけんな! 俺は毎回競竜場に入り浸って研究してるんだぞ! これまで、あそこにいくらつぎ込んだと思ってるんだ! それがそんな『初心者の勘』に負けたってのかよ!」


 マイオリーはそう言ってドラガンを指差した。

その指をラスコッドが蠅でも追い払うかのようにパシッと叩いて弾く。


「あそこで、当初ん約束ば無視してどっか行ってしまうからやろう! せっかく、これまでん投資ば取り返せる好機やったとに」


 そう言ってラスコッドはマイオリーを睨んだ。


 その言葉にマイオリーは突然冷静になった。

これまでの投資を取り戻せるほど稼いだと言ったように聞こえた。

あの二レースはどちらも、例え単勝を買ったのだとしても、それなりの配当だったはずである。

銀貨数枚にはなったはずだ。

隣でラスコッドはドラガンに、何でも好きな物を好きなだけ食べて良いぞと笑っている。

まさか四人で連勝式を当てたのか?


「あの……もしよろしければ、ここの酒代を出してはいただけませんでしょうか?」


 マイオリーの急に卑屈になった態度にロマンは豪快に笑い出した。

セルゲイも呑んていた酒を吹きそうになった。

ドラガンが飲み代くらい奢ってあげたらと言うと、ラスコッドは、ドラガン坊は優しいなと言ってゲラゲラ笑った。

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