第44話 和解
バラネシュティ首長に例の作業を始めますねと言って、ドラガンは作業に入ろうとした。
だがバラネシュティは木に吊るされた井戸を壊しに来た人間たちを見て少し考え、こいつらを連れにくるまで待とうとそれを制した。
続々と村のエルフたちが井戸に集ってくる。
プラジェニ家の木には、こんなけったいな実がなるのかと、エルフたちは人間たちを指差し笑っている。
中には石を投げつける者もいる。
少し遅れてベアトリスも起きてきた。
どうやら気持ちよく寝てたのに外が騒がしくて起こされたという感じらしい。
実に不機嫌そうな顔をしている。
そこに忌々しいという顔をして村長のヤローヴェがやってきた。
ヤローヴェは木に吊るされた自分の息子を見て大きくため息をついた。
「これはどういうことですかな?」
「そらこっちの台詞や。どういうことやねん?」
ヤローヴェとバラネシュティは睨みあいを始めた。
「このようなこと完全に協定違反ではないですか」
「そやからそれはこっちの台詞やいうねん。この協定違反、どう落とし前付ける気やねん」
ヤローヴェはあくまで息子たちの行為を無視し、エルフたちの行動を問題視して、エルフの行為を責めようとしている。
「我々がどんな協定違反を犯したと?」
「そしたら何でこいつらがここにおんねん。必死に考えた言い訳が聞きたいもんやな」
暫くヤローヴェとバラネシュティは睨みあっていた。
だが、スコップが散乱してしまっており、どう考えても一方的に人間たちが悪い。
寸分の言い訳の余地も無い。
「お前たち、うちのもんを誘拐してタダで済むと思うなよ」
「やっと捻り出した言い訳がそれかいな。ほなそのスコップは何や」
あくまでシラを切ろうとするヤローヴェに、周囲のエルフたちも徐々に苛立ってきてしまっている。
「知らんな。そのスコップが何だと言うんだ」
「うちらエルフが、これまでいくら井戸を掘ってもすぐに枯れとったんは、こういうからくりやったんやな」
ヤローヴェの後ろから剣を鞘から抜く音が聞こえてくる。
吊るされたヤローヴェの息子が、止めろ止めてくれと叫んでいる。
村の居住区の境界に人間たちも集まってきていて、遠巻きにその光景を見ている。
「何でこないなことをしたんや?」
バラネシュティの尋問に、ヤローヴェは黙り込んで色々と考え込んだ。
だが最終的には観念したらしい。
大きくため息をつき重い口を開いた。
「……そういう大昔からの秘密の引継ぎなんだよ。お前らに水を使わせるなという」
「地位協定違反やとわかっとって、引き継ぎ続けたんか?」
「その地位協定を保つためだったんだよ。時が過ぎれば過ぎるほど、長命で小狡いお前たちが優位になるからな」
ヤローヴェの言葉にエルフたちは騒然とした。
剣を持つ者の手が怒りで震え、剣がカチカチと音を鳴らした。
そんなエルフたちを見てドラガンが一歩前に出た。
「その為に幼いエルフが病で死んでいく。それをあなたたちはどういう思いで見ていたんですか?」
人でなし、ドラガンの指摘はヤローヴェをなじっているのも同然だった。
ヤローヴェは拳を握りしめ、わなわなと震え出した。
「心が痛んだに決まっているだろ!! 自分たちの子が同様に幼いうちに死んだと思うと胸が張り裂けそうだったよ!」
ヤローヴェは拳を握りしめたまま、ドラガンを睨みつけた。
「ならなんで引継ぎを守ったのですか?」
「うちの村だけ破るわけにいかなかったんだよ。うちの村だけ破れば、村人は周囲の村から疎外される事になる。村長としてそんな判断がくだせるわけが無かろう!」
利いた風な口をきくな。
ヤローヴェはドラガンに対し敵愾心をむき出しにしている。
「じゃあ今後も続けていくっていうんですか?」
「連携のためだ。やむを得んだろう。今後も続けるしかないし、今回のように見つかったらその者は見捨てるしかない。それとこの話をした以上、俺も村長としてケジメをつけるつもりだ」
別の者に村長を交代するから、今回の事は無かった事にして欲しいという事なのだろう。
だがエルフに対する断水の嫌がらせは今後も続けると言うのだ。
「共に手を携えやっていく気は無いのですか?」
「私たちがそうしたいと思っても周囲の村はそれを是とはしないだろう。どの村も同じ引継ぎをされているからな」
人間とエルフでは寿命が極端に違うのだから、対等で地位協定を守っていくためには続けていくしかない。
あくまでヤローヴェはその主張を変えない。
「他の村人はどう思っているんですか?」
「聞いた事は無いが、誰も孤立するのは困ると思っているはずだ」
はず。
つまりそれが総意に違いないという事だ。
「そこに集まっているんです。良い機会だから聞いてみてはいかがですか?」
ヤローヴェはドラガンの冷酷な眼差しに耐え切れず、渋々という感じで村人たちの元へ向かった。
何かしら村人たちと話をしているようだが、村人たちの意見は二つに割れているらしい。
その議論はかなり白熱しており、エルフたちも遠巻きに見つめている。
暫くすると誰かが何か決定的な事を言ったらしく、徐々に議論は一つの方向に流れていったらしい。
ヤローヴェが再度ドラガンたちの元に戻って来た。
「こんな事を言えた立場じゃないという事は百も承知だが、一つお願いがある」
そう言うとヤローヴェはバラネシュティの前で跪いた。
「うちらでできる事やったら」
「他のエルフの首長にも働きかけて、うちの村が孤立しないように働きかけてはいただけないだろうか?」
話し合った中で孤立するのが困るという意見が根強いとヤローヴェは説明した。
「それはうちらと手を取り合うていきたいいう事で良えのか?」
ヤローヴェは細く息を吐くとこくりと頷いた。
バラネシュティはドラガンの顔を見ると二人で頷き合った。
ヤローヴェがうなだれていると、バラネシュティが大声で、交渉は成立した出て来てくれと叫んだ。
その声に呼応するように、周辺の家々から続々とエルフが現れた。
周辺の村々のエルフの首長たちである。
どうやらここまでのやり取りを、周囲の家に隠れて見ていたらしい。
「潔う白状したこの人らを助けたい気持ちはある。そやけども、うちらの村の人間たちを説得するんは容易やないで」
バラネシュティから説明を受けた首長の一人がそう指摘した。
「それなんやけどな。ちと見て欲しいもんがあんねや。それを見てどう思うか聞かせて欲しい」
バラネシュティはドラガンに、お待たせしたと言って引き留めていた作業をお願いした。
ドラガンはベアトリスに手伝ってもらい、家の裏から細い植物の管を持ってきた。
梯子に昇りその細い管を井戸に差し込んでいく。
細い管の先に水汲み器が付いている。
ドラガンが水汲み器の取っ手を上下に動かすと、水汲み器の腹部の管から水が流れ出たのだった。
「ほう! 話には聞いとったけども、こら大した代物やな!」
バラネシュティは実物が動いているところを初めて見て少し興奮気味に感想を漏らした。
エルフの首長たちも水汲み器を見て感嘆の声を漏らしている。
あらゆる角度から観察しようと周囲を気にせず眺め見ている。
「これは……」
ヤローヴェも水汲み器から水が流れるのを見て目を見開いて驚いている。
「うちのヴラドがこの辺りの木や竹、にかわで作ったんや。うちらは、あんたらの協力があったら、もっと丈夫で良え物ができるんやないかと考えるんやけどな」
バラネシュティの言葉にヤローヴェは息を呑んだ。
「……確かにうちらの鍛治技術があれば、実用に耐えうるものができると思う」
「ヴラドはな、これをエルフと人間の和解の架け橋にできないか言うてきたんや。ホンマにあんたらと同じ人間なんか疑ってまうわ」
エルフの首長たちは、もはやヤローヴェには全く興味が無く井戸に興味津々になっている。
ドラガンを囲んで、どういう仕組みなんだと聞きまくっている。
「これをジャームベック村の産業として周囲の村々に広めていけば。その後でエルフたちからの協力で出来上がったと説明すれば、周囲の村も我々に理解を示してくれるかもしれない」
ヤローヴェも一緒になって汲み上げ器に釘付けになっている。
「そやろ? ヴラドはあんたらに埋められた井戸を見て、それを俺に説いたんやで。計画聞いてびっくりしたわ」
汲み上げ器が普及すると井戸に蓋がされるようになる。
そうなれば夜にこっそり埋めてしまうという嫌がらせはできなくなるだろう。
「うちらはこの後ヴラドから井戸の掘り方を教えてもらう。もうあない汚い池の水飲まんでもようなるんや」
バラネシュティが忌々しいという目で溜池の方を見ていると、ヤローヴェは井戸掘りを自分たちにやらせて欲しいと申請した。
だがバラネシュティは井戸掘りは自分たちでやると断った。
「あんたらにはあれを作ってもらわなあかん。鍛冶はうちらの専門外やからな。それこそ共栄いうもんやろ」
そう言ってバラネシュティはヤローヴェの顔をじっと見つめた。
ヤローヴェは吊るされたままの鍛冶屋たちを仰ぎ見た。
間違った共栄の形がそこにある。
鍛冶屋たちにも話は聞こえており、ううと言いながら首を縦に振っている。
「じゃあ周囲のエルフの居住区への井戸掘りと、水汲み器の取りつけはお願いします」
ヤローヴェは初めて顔に笑みを浮かべた。
エルフの若者たちが嬉しそうにヤローヴェに向かって胸を叩いて頷いた。
「ちゃんと金は取るからな。どこまでいっても商売の話やから」
「エルフはがめついんだな」
バラネシュティとヤローヴェは顔を見合わせ、互いをパンパン叩きながら笑い出した。
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