第45話 密談

 最初に井戸の汲上げ器を作ろうと思ったのは、畑仕事から帰る途中に『竹』という植物を見つけたからだった。


 エルフにとってこの竹は非常に重要な植物らしい。

まず竹の新芽ともいえる筍が食べられる。

仮に収穫時期を逃し成長してしまっても、細く切って香辛料と蜂蜜で甘辛く煮ればそれはそれで旨い。

成長しきった竹は、切って細く裂くと繊維として利用できる。

さらに言えば、内部の節を抜いてしまうと管として利用できる。


 ドラガンがジャームベック村に来て、もっとも興味を魅かれたのが竹で作った篭だった。

ベレメンド村では重い桶に食材を入れて運んでいたが、ここではもっと軽い竹の篭に食材を入れている。

上から水をかければ簡単に野菜が洗えるし、水に篭を浸し芋を転がすと籠がたわしの役割をし簡単に泥が落ちる。


 聞けば、エルフは子供の頃から冬の時期に手遊びでこの竹篭を編むらしく、ほとんどのエルフが編めるのだとか。

行商で売りに出したらどうかとイリーナに言ったところ、恥ずかしいとのことだった。



 ベレメンド村で水汲み器を作った時、一番困ったのが水を汲み上げる管だった。

あの時は、木の棒に皮を巻き付けそれをにかわで固めた。

今回はその必要が無く、しかも前回よりも管の内径が狭い。


 バラネシュティ首長の話によると、バラネシュティの祖父が子供の頃には竹は一本も生えていなかったらしい。

ある時、小麦が大不作だった年があり海外から小麦を輸入した。

その時にネズミが一緒に船に乗って来たらしく、ロハティンで下船しベルベシュティの森に逃げ込んだ。

どうやらその時の糞の中に竹の種が混ざっていたらしい。

ただそう言い伝えられてはいるものの、バラネシュティも幼い頃に一度だけしか竹が花を咲かせるのを見たことが無いのだとか。

その話は各村によってネズミじゃなくリスだったり渡り鳥だったりしているそうだ。


 竹を貰ったドラガンは、節で切ってみて中がどうなっているのか確認してみた。

中身が空洞の植物を初めて見た。

一体この植物はどうやって栄養を取り込んでいるのだろう?

中に水を入れて柔らかい木で蓋をし一日置いてみたが、中の水はほとんど減っていない。

エルフたちもこれを水筒として使っているそうで、新鮮な飲み水が必要な時には何本も用意して水を汲みに行くのだとか。



 ベレメンド村の時もそうだったが、水汲み器はあの後すぐに壊れた。

エルフの首長たちが散々試した後、エルフの子供たちが試した。

大人たちに比べ、子供たちは加減というものを知らず、あっさり持ち手が取れたのだった。

エルフの子供は自分が壊したと泣き出してしまったのだが、ドラガンは試作品で最初から脆かったから泣かなくて良いよと慰めた。


 翌日からドラガンは、人間の居住区とエルフの居住区を行き来し汲上げ器を作ってもらった。

金属を成型するのに、キシュベール地区では型に溶けた鉄を流し入れていた。

ところがここベルベシュティ地区は、金属の板を金床に乗せ、金槌で叩いて薄く延ばし形を変えていく。

見た目はボコボコしているが、キシュベール地区のやり方より軽くて薄いものができる。



 数日で最初の水汲みが出来上がった。

本当に使用できるものなのかどうか人間たちも半信半疑だった。

それくらい構造が単純だったのである。

水汲み器が機能するとわかると人間たちは喜び、ドラガンの手を取り、次はどの井戸に付けようと言い合った。



 この件をきっかけに、ジャームベック村のエルフと人間たちは急接近した。

最初に接近したのは、やはりというか子供たち。

子供たちは村中を走り回り、喉が渇くとプラジェニ宅に来て水汲みで水を飲んでいる。

遊び場が倍に増えたという感覚なのだろう。

イリーナも、井戸回りが泥だらけだったので水汲みの下に水を受ける桶を置いてあげた。


 エルフたちもごく自然に人間の居住区に酒を呑みに行くようになったし、人間たちもアプサンの美味しさに目覚めたらしく酒場は連日大盛り上がりである。




「行商について行きたいのですが、どう思いますか?」


 ドラガンの相談にバラネシュティはかなり渋い顔をした。

現状ドラガンの事情を知っているのはたった三人。

プラジェニ母娘以外には、このバラネシュティのみである。


「反対やな。行けば確実に殺されるやろ。何がしたいんか知らんけど、素性を隠し通すんは無理やと思う」


 ロハティンに入るだけで奴らに見つかり殺される。

それがバラネシュティの推測だった。


「難しいですかね?」


「難しいんやない。無理や言うとるんや。そもそも行って何がしたいんや?」


「ベレメンド村の状況を探ろうかと。それと母と姉に、ここにいる事を知らせたくて……」


 そうドラガンが言うと、バラネシュティは厳しい目をドラガンに向けた。


「この村を犠牲にする言うんか?」


「そんな事は……」


「少しでも奴らにバレたら、この村に公安が乗り込んで来る事になるやろ。そしたらうちらは皆殺しやで」


 『皆殺し』

この言葉がドラガンにあの襲撃を思い起こさせ自然に涙を流させた。

ドラガンは泣きながら、申し訳ありませんでしたと声を絞りだした。


「言い方がきつかったんは謝るよ。そやけども、それが君が置かれとる状況なんやという事を忘れんで欲しいねん。そんで、君に加担したうちらも確実に巻き込まれるんやいう事も」


 何であの母娘が君の境遇を聞いて、変名を名乗るように提案したのか考えてみろ。

バラネシュティが忠告すると、ドラガンはすみませんでしたと頭を下げた。


「そうやったな……君、仲間をやつらに惨殺されたんやったな」


「……皆さんを同じ目に遭わせてしまうところでした」


 叱責はしたものの、バラネシュティもドラガンに何かしてあげたいという思いはある。

ドラガンがしてくれた事は、ジャームベック村にとって、お礼にしては過剰だと考えているのである。


「ベレメンド村いうたか。まずはそこの情報を探ってもろたらどうや?」


「それだけでも嬉しいです。けどどうやって?」


 ドラガンの質問にバラネシュティも考え込んだ。

提案はしたものの詳しい方法まではまだ考えていなかった。


「そうやなあ。こういうんは人間たちにやらせると色々バレるからなあ。うちの護衛にやらせるべきやろうが。そやけども……」


「危険ですよね……」


 ドラガンの憂慮にバラネシュティは苦笑いし首を横に振った。


「そやないねん。ドワーフのやつらがうちらを嫌うてんねん」


「……そういえばそうでしたね」


 香辛料の入った独特の香りのするコーヒーを飲むと、バラネシュティは無言で何かを思案し続けた。

ドラガンもそんなバラネシュティを見ながらコーヒーを飲んだ。

暫くすると、今ならなんとかなるかもしれんとバラネシュティが呟いた。



 二人は家を出て人間の居住区へ向かい、ヤローヴェ村長を訪ねた。

三人だけで密談がしたい。

バラネシュティはヤローヴェに真剣な目で言った。


 ヤローヴェは何事だろうと不安な表情をし、密談ということであればと村の中心にある食事処へ行き、奥の部屋を借りた。

ヤローヴェは、バラネシュティがヴラドを連れてきたことから、ヴラドに何かしら役職を与えようとしているのだろうと推測した。

だが実際の話は全く予想だにしていない話だった。


「……そうか。やはりヴラドがドラガン・カーリクだったのか」


 ヤローヴェはドラガンを見て何度も頷いた。


「あの時点で素性がバレたら、確実に殺される思うたんでな」


「懸命な判断だったと思う。今なら私も同じように思うよ」


 二人はドラガンの顔を見て頷き合った。

ドラガンは会釈するように小さく頷いた。


「竜産協会の窃盗の話、何でもええんやけど聞いてることあらへん?」


「詳細に関しては全く。後で行商のやつにも聞いてはみますけど」


 ヤローヴェも竜産協会の窃盗の噂は報告を受けているらしい。

だがあくまでそういう噂だと聞いている。


「ヴラドの話やと、ベルベシュティ地区も何頭かいかれてるいう事やけど?」


「それも他の村とかに聞いてみないと何とも……」


 他の村という単語に、バラネシュティは眉をひそめた。


「他の村はちとマズいやろなあ。聞いたら色々勘ぐられてまうやろう。うちの村は理解を得たやろうけど、他の村まではまだ……」


「それはそうですね……じゃあどうやって情報を得ます? 潜入させて探らせますか?」


 それもなあとバラネシュティは難色を示した。

今のロハティンの状況がわからない以上、なるべく不審な動きはするべきじゃないだろう。


「ヴラドの話やと、ドワーフの護衛がエルフの冒険者に協力を求めたいう事らしいねん」


「それはロハティンのですか?」


「そうらしい。うちらエルフの入れ知恵で噂たてることになって、大事になったらしいねん」



 そこまでの詳しい話はヤローヴェも聞いていなかった。

どうやら自分が報告を受けていない情報が、まだ多くあるらしいとヤローヴェは感じた。

まずはうちの行商が何か知らないか呼んでみよう。

そういう話になった。

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