第46話 事後

 村の外れにある食事処『樫のうろ亭』にジャームベック村の行商ティヴィレが呼び出された。

ティヴィレは部屋に入り三人の姿を見て一体何事だという顔をした。


 ヤローヴェ村長の隣に座ったティヴィレは、ヤローヴェから、今のエルフと人間の関係をどう考えるかと尋ねられた。

以前に比べ村が明るくなった気がする、良い傾向とティヴィレは頬を緩ませる。

これまでは、行商隊ではエルフの護衛と仲良くしても村に帰ると疎遠にしないといけなかった。

いつもエルフの護衛とはそれを馬鹿らしいと言い合っていたのだそうだ。


 それを聞いた三人は顔を見合わせ頷き合った。

ティヴィレはそれに首を傾げた。


「ドラガン・カーリクって名前を知ってるか?」


 ヤローヴェの問いかけにティヴィレはすぐにその名前の人物を思い出した。


「ドラガン・カーリクって、街道警備隊が必死に行方を追ってるという、竜産協会の窃盗事件の後で凶悪犯として追われている人物ですよね?」


 少なくともティヴィレはドラガンを『被害者』ではなく『凶悪犯』と聞いている。

バラネシュティ首長たちは、それだけでも呼んだ価値があったと判断した。


「その竜産協会の窃盗事件について知ってる限りの事を知りたいんだが」


「うちらはあの一件の時にはロハティンの待機宿にいたんで、事件の話自体は知りませんけど……」


 キシュベール地区とベルベシュティ地区では、行商の時期がずれている。

ジャームベック村の行商隊が店を開いたのは、あの一件の二日後だったらしい。

ベルベシュティ地区は、キシュベール地区やサモティノ地区に比べロハティンに近い。

毎回、ビフォルカティアの休憩所でキシュベール地区と合流できるように出発している。

なので店を開くのは、ロハティンに到着した三日後からになる。

その間待機宿に宿泊し、先に買い物を済ませる事にしている。


 つまりあの窃盗事件の前日にティヴィレたちはロハティンに到着したという事になる。

ドラガンたちがロハティンを脱出するのを待機宿の別の宿で見ていたという事になるだろう。




 ――あれは胸糞悪い事件だった、そうティヴィレは話し始めた。


 ベルベシュティ地区での引継ぎで事件の事は知った。

行商の間では、最近よく竜が死ぬという話を噂程度で引き継いでいただけだったので、かなり驚いたのを覚えている。


 あの日朝から待機宿周辺には怪しい人たちがうろちょろしていた。

ベルベシュティ地区の行商も突き飛ばされたりして彼らと揉めている者がいた。


 昼前、竜産協会の職員の一人が竜を窃盗した事を自白したとして、中央広場で公開処刑が行われる事になった。

その少し前、やつらが逃亡したと公安は大騒ぎだった。

処刑台に乗せられると犯人は、なぜ俺がこんな目にとじたばた暴れ始めた。

普通こういう場合、処刑台に乗ってから執行者が罪状を読み上げたりするものなのだが、真っ先に処刑が行われ、その後で罪状が読みだされた。


 その後で、ロハティン総督が総督府の二階のテラスに現れ、中央広場に向かって、あなた方の財産を盗み取った痴れ者は無事処刑された、安心して商売に勤しんで欲しいと演説した。

さすが総督だと歓声を浴びせる者もいたが、大半の観衆はそこまで納得していない感じであった。



 その日日中は、何かもやもやした状態で商いをしていた。


 夕方店を閉じようと準備をしているところに護衛の一人がやってきた。

万事屋で変な噂が立っているらしい。


 昼間処刑された人物は全くの無実の人らしいというのだ。

公安で何人かが取り調べを受けている間、竜産協会の支部長スコーディルが公安に入って行くのを見たらしい。

スコーディルが公安から出てきて、すぐに拘束されていた職員が開放され、代わりに別の人物が拘束された。


 その人物は抵抗して、どういう事だと何度も叫んでいた。

その人物が一人で犯した犯行として処刑された。

無実の職員を身代わりとして処刑したのではないか、そういう噂が万事屋でたっているというのだ。



 翌朝、またも横貫道路が騒がしくなった。

通りに人が全くいなくなり、これでは商売にならないと一時的に店を閉め、騒ぎの元を見に行った。


 人だかりでなかなか見えなかったのだが、それをかき分けて前に出ると、かなり来たことを後悔する光景が広がっていた。

竜産協会の建物の前に立て札が建てられ、その横に生首が掲げられていたのだった。

あれは何だと周囲に聞くと、昨日処刑された人物と結託して竜を盗んでいたドワーフらしいという事だった。


 人だかりが徐々に解消されていくと、冒険者の集団が急いでやってきた。

その中のサファグンの女性が、ボロボロと涙を流していたのが非常に印象的だった。


 その日は、そこから何事も無かったかのように過ぎた。



 翌日の昼頃、街道警備隊がロハティンにやってきた。

その後、街道で追剥事件があったので、帰郷の際十分気を付けるようにと通達があった。

追剥の名前と特徴も公表された。


 その日の夜、また護衛たちが万事屋で変な噂を聞いたと言ってきた。

『凶悪な追剥犯』と言われている『ドラガン・カーリク』は、キシュベール地区で竜を盗まれた被害者らしい。

昼間さらし首になったドワーフもその一行らしい。

もしかしたら竜産協会が彼らを口封じのために処分したのかもしれない。



 自分たち行商隊は、この話は胸の内に納めて、これ以上は深掘りもしなければ口の端にも乗せないようにしようと言い合った。

もし何かを知ったとしても知らぬ存ぜぬを通そう。

そう言い合った。

実際行商の途中に何かを聞いていないかと公安に聞かれたが、何の話かよくわからないと回答した――




 そこまで話すとティヴィレはコーヒーをぐっと飲んで喉を潤した。


「お前自身、その話をどう感じたんだ?」


「確実にヤバイ話だと思いましたね。竜産協会、公安、総督府、街道警備隊、全部共犯だと」


 ティヴィレの意見にヤローヴェたちは何か納得したような顔をした。


「じゃあ、そのキシュベール地区の行商は全員被害者だと思うんだな?」


「……現地で話を聞く限りはそうなるでしょうね。一人生き残ったドラガン・カーリクとかいう者の口から何かしら漏れないように口封じをしようと、血眼になって探してるんだと思います」


 ティヴィレの発言にバラネシュティは何て事だと呟いた。


「少なくともお前は、ドラガン・カーリクという人物には何の咎も無いと考えるのだな?」


 ヤローヴェは確認するように尋ねる。


「万事屋の噂が全部本当だとしたら、こんなに酷い話は無いでしょ」


「お前自身はどの程度本当だと思っているんだ?」


 ティヴィレは腕を組んで悩み始めた。

そこまで無言で話を聞いていたドラガンとバラネシュティも回答をじっと待った。


「残念ですけど万事屋の噂の方が筋が通ってると思いますね」


 ティヴィレの回答に、ヤローヴェは小さく何度も頷いた。

ヤローヴェはバラネシュティに向かって、どう思うかと問いかけた。

バラネシュティはティヴィレをじっと見つめた。


「ティヴィレさん。この件でうちらと秘密を共有する気はあるか?」


「どういう事ですか? 話が全然見えませんが?」


 ティヴィレは、バラネシュティではなくヤローヴェに尋ねた。

だがヤローヴェは、どうなんだとバラネシュティと同じ態度だった。


「話はおいおいする。返事が先に聞きたいんや」


「ここまで話してしまった以上、無関係と逃げるわけにはいかないんでしょうね」


 バラネシュティはドラガンの顔を見て、少し困ったという顔をする。

恐らくティヴィレの回答が気に入らなかったのだろう。

それはティヴィレも察したらしい。


「あの、さっきから気になっていたんですが、そちらの方はどなたですか?」


「エルフと人間を結び付けたブラドいう方や」


「じゃあ、彼が例の井戸の水汲み器を作ったという」


 じゃあ、この人のおかげで村の雰囲気がこんなに良くなったのですねと、ティヴィレは好意的な顔でドラガンを見た。

だが、それに続いたバラネシュティの言葉にティヴィレは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「ああ。そして彼がドラガン・カーリクや」


 ティヴィレは目を丸くして驚いた。

だがすぐに優しい目でドラガンを見た。

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