第43話 罠
鉄のスコップの威力は絶大である。
街道警備隊が来た十日後には穴の深さは梯子二本分になっていた。
かなり早い段階で、畑仕事が無い時に穴の上に屋根をつけている。
そのおかげで雨天でも作業がやれるようになっている。
夕飯が終わった後には、エルフたちから借りた
屋根に滑車を吊るしロープで両端に桶を縛る。
掘った土は桶に入れ、上で引き上げてもらうようにしている。
穴の底はかなり薄暗くなっており、ランタン無しでの作業はもはや困難になってきている。
ここまで掘ってもまだ水が出ない事に、ドラガンも少し焦りが出始めていた。
ただ、徐々に土の状態が変わってきているのは感じる。
ごつごつした丸石はすっかり無くなり、いわゆる砂利になっている。
モナシーさんの話だと、この砂利が切れた先の粘土層に竜脈があるはずなのだが……
その日が来るのは思った以上に早かった。
砂利を丁寧に掘り進めること五日。
ついにドラガンは粘土を掘り当てた。
粘土の層と砂利の層の境から水が滲み出してきたのだ。
ただ問題はそこではない。
以前のモナシーさんの説明によると、水を蓄えられるだけの十分な粘土層を確保する事が重要という事だった。
つまり、染み出た水を貯める水瓶を、水が染み出てくる中で掘らないといけないのだ。
ここからは時間との闘いになる。
ざくざくと掘っていくと、少なくとも膝下くらいまでは何とか粘土層がある事がわかった。
そこから下は異常に大きな石がゴロゴロしていて、およそ掘れないような状態である。
横からも粘土を掘り溜まった水に溶かしていく。
掘った部分に丁寧に石を貼っていく。
かなり早めに作業を切り上げ梯子を上がって来たドラガンに、ベアトリスは不安そうな顔をした。
引き上げた桶に水が入っていたが、それでも井戸はダメだったのだろうか?
もしかしてドラガンの体調が悪くなったのだろうか?
毎日興味津々に集まって来ているエルフたちも顔を見合わせ、どうしたんだろうと言い合った。
眉をひそめたベアトリスにドラガンは照れくさそうに頬を指で掻いた。
「どうしたん? 何かあったん?」
ベアトリスはエルフを代表して恐る恐る尋ねた。
「水が出てきたよ。まだ使えないけど井戸は完成した」
「え? ほんまに?」
ベアトリスはパッと表情を明るくした。
野次馬エルフたちも顔を見合わせ騒然としている。
「うん。使えるようになるまでには、まだ数日かかるけどね」
ベアトリスは嬉しさのあまり思わずドラガンに抱き着いた。
集まったエルフたちも歓声をあげた。
幼いエルフたちもドラガンの手を取り大喜びしている。
その日の夜、エルフたちは各々自慢のアプサンを持ち出し、井戸を取り囲んでお祭り騒ぎで酒盛りを始めた。
バラネシュティ首長も、これで風土病から開放されるとかなり喜んでいる。
だがドラガンは、そこまで手放しでは喜んではいなかった。
今掘った井戸では、これだけのエルフの喉を潤すには大きさが足らないのだ。
今の井戸をもっと広く掘るか、別の場所にも井戸を掘る必要がある。
あの井戸を使ってみて、次の井戸を掘るかやはり井戸は必要ないかを判断して欲しい、そうバラネシュティに説明した。
二日後、井戸に釣瓶を落とすと綺麗な澄んだ水が汲み出された。
最初にドラガンがコップに取って飲むと、ベアトリスもコップに取って飲んだ。
それを見た子供たちが、次は僕、次は私と水を奪い合っている。
イリーナは取り合いしなくても水はいっぱいあるからと、子供たちを宥め水を飲んでもらった。
いつでも水を飲みにいらっしゃいとイリーナも笑顔で子供たちの頭を撫でた。
子供たちが一通り満足すると今度は大人たちだった。
皆が満足するまで単なる水を大喜びで飲みあった。
それから四日が経った日の朝、ベアトリスは大慌てでドラガンを起こしに来た。
井戸に釣瓶を落としたが水が汲めないらしい。
ベアトリスはかなり慌てていたが、ドラガンはやはりという感じだった。
実は井戸ができた日、ドラガンはバラネシュティに、こうなるかもしれないという話をしている。
ドラガンはロハティンの一件以来、人間というものを全く信用していない。
ベレメンド村が特別だった。
そう思うようになっている。
以前、川で短剣で脅された事がある。
ベレメンド村以外はアレが普通なのだと思うようになっている。
であれば、自分たちが掘っていない井戸を彼らが認めるわけがないだろう。
以前モナシーさんがやっていたように、石と棒をロープで縛ったものを井戸にゆっくりと下ろし、底に着いたところで引き上げてみる。
昨晩深夜に、恐らく人間たちが来て井戸を埋めていったのだろう。
よく見ると周囲に土の掘られた跡がある。
どうやらベアトリスがバラネシュティに井戸が悪戯されたと報告に行ったらしい。
井戸の状況を見終えると、バラネシュティが様子を見にやってきた。
「ヴラド。君の言うてた通りになったなあ」
わずかしか濡れていない木の棒を見てバラネシュティは呆れた顔をする。
「ですね。でも思ったより遅かったですね」
「そやな。君は一昨日くらい言うてたもんな」
そう言うとバラネシュティはカラカラと笑いだした。
「向こうも意見が割れてたんでしょうね。どうします? 計画を進めますか?」
ドラガンは井戸の底をじっと見ながらバラネシュティに確認をとった。
「そうしてくれ。もう若いもんの手配は済んどるからな」
「井戸は今日中に直しますので明日にでも」
その日半日かけ、ドラガンは埋められた井戸をもう一度掘り直した。
その日の畑の仕事は共同経営者のマチシェニに任せ、ベアトリスとイリーナにも井戸の上で土砂の引き上げを手伝ってもらった。
ついでなので前回よりも貯水部分を深く広く掘り、以前よりも水を貯められるようにした。
その日の夜。
井戸の修理の慰労という事で、バラネシュティがプラジェニ家にアプサンを持ってやってきた。
夜遅くまで四人で酒盛りをし、酔いつぶれたバラネシュティには客間で寝てもらう事になった。
そこからすぐに明かりを消しドラガンたちも布団に入った。
数時間後、外から男性の悲鳴が聞こえてきた。
その後立て続けに悲鳴が聞こえてくる。
声の数からいって五人くらいだろうか。
暫く悲鳴が聞こえていたが、徐々に徐々に静かになっていった。
空が白み始めた頃、ドラガンは部屋から出てバラネシュティの元へ向かった。
バラネシュティもイリーナも、ぐっすりとは寝れなかったようで途中で眼が冴えてしまったらしい。
ベアトリスは、どうやらぐっすり眠れているようだ。
三人で家を出て井戸に向かうと、井戸の周りに鉄スコップが散乱している。
その上には後ろ手に縛られた男性が木に吊るされている。
大声を出されて安眠を妨害されないようにと、口には布が噛まされている。
「誰かわかりますか?」
「右から、工務店、鍛冶屋、雑貨屋、村長の息子、金物屋やな。みんなうちの村のもんや」
バラネシュティは汚物でも見るかのような蔑んだ視線を吊るされた男たちに浴びせた。
「このまま彼らが帰って来なかったら、大変な事になるでしょうね」
ドラガンの発言に吊るされた男たちは、うう、ううと何かを言っている。
「その前にや、村長の息子が地位協定を破ったいうんがキツイな」
「そうですね。しかるべき謝罪と対処が必要になってしまいますね」
『地位協定違反』
目の前に明確な証拠が広がっている。
「君の制止が無いんやったら弓の練習の的にするんやけどな」
縛られた五人はそれを聞くと、ううと何かを呻いて暴れ出した。
徐々にだが、朝の早い者から一人、また一人と井戸に集まってきた。
昨晩、彼らを縛り上げた若いエルフたちも、腰に剣を帯び弓を片手にやってきた。
バラネシュティは吊るされた男たちの中の村長の息子を木から降ろし、さるぐつわを外させた。
「何でこんな事したんや?」
バラネシュティはかなり低い声で問いかけた。
「……親父の命令で」
「言葉は慎重に選びいや。そやないとエルフのコミュティに言うて、君ら人間たちを処罰せなアカンようになってまうんやで」
ドラガンは村長の息子の目を見ず、上手い言い訳を考えろという事ですよと助言した。
村長の息子はエルフたちに囲まれ震えあがってしまっている。
「あの……し、し、商売を邪魔されたと訴えがあって……」
歯をカチカチ鳴らしながら村長の息子は言い訳をした。
「誰からや?」
「あ、あそこの工務店のアンドリーさんから……」
村長の息子は即答だった。
大方、アンドリーという人物が最初に井戸の事を嗅ぎつけたといったところだろう。
「ほなあの工務店の主人はどうなっても良えいうんやな?」
「……やむをえません」
その言葉に工務店のアンドリーは、うううと喚き暴れ出した。
「あんたら最低やな……」
バラネシュティは呆れ果てたという顔で、もう一度村長の息子を木に吊るすように命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます