第42話 街道警備隊
鉄のスコップを借りてからというもの、穴を掘る速度は一気に上がった。
穴の深さが身長を超えた頃、ただ穴を掘れば良いと言うものではないという事に気が付いた。
掘ってる振動で側面の土砂が崩れてくるのだ。
スコップで叩いて固めてはいるのだが、それでもポロポロと落ちてきてしまう。
そこで野次馬エルフたちにそこそこの大きなの石を探して貰い、それを側面に埋めていった。
掘っては石を埋めまた掘っていく。
陽が落ちるとベアトリスがドラガンを呼びにくる。
すでに穴から出るには梯子を使わねばならず、作業の終了は井戸の周りに土砂を廃棄する事で終わる。
毎回ベアトリスが梯子の前に立っているのだが、ベアトリスはいつもスカートを履いている。
自然と下着が目に入る。
ベアトリスは一人っ子で、父が亡くなってからは母娘二人で生活してきた。
そのせいか、そういう少し無防備なところがある。
ベアトリスは夕食の前に湯浴みをするのだが、薄着のまま部屋にいるドラガンを呼びに来る。
ドラガンもそれなりの年齢であり、そういうのはかなり困ってしまう。
それを指摘するのもそれはそれで変態扱いされそうなので、見なかった事にしている。
村に来て一月ほどが経ったある日、ベルベシュティ地区に街道警備隊が捜査にやってきた。
どうやら殺人犯が逃げ込んだという噂を聞きつけたらしい。
どこの村でもエルフたちは人間たちに非協力的で、村長から話を聞かれてもそんな話は聞いた事が無いと突っぱねた。
だが人間たちはそうでは無く、ジャームベック村のヤローヴェ村長は、ここのエルフの居住区に少し前から人間が住み着いていると証言してしまったのだった。
バラネシュティ首長が街道警備隊に呼び出される事になった。
バラネシュティはさすがにエルフの首長だけあり頭が切れる。
情報提供の申請を受けるふりをして逆に何があったのか聞き出していった。
話を聞いていくうちに、証言者の話は個人的な疑惑だけで、これといった証拠が無いという事に気づいてしまった。
人を殺して追剥をした『らしい』。
宿泊客に荷物を盗まれたと嘘の証言をして休憩所の職員を脅した『らしい』。
その後行方をくらました。
逃げたという事はそれが事実という事『であろう』。
「その人間いうんは、いくつくらいのもんで、名前は何て言うんです?」
「年齢は十代前半で、名前は休憩所の著名によると『ドラガン・カーリク』」
ふむふむとバラネシュティは警備隊員の話に頷いた。
恐らくあの井戸掘りの少年の事だろう、直感でそう感じた。
「ほな別人や思いますねえ。確かに少し前にうちに来た人間がおるんですが、名前は『ヴラド』いうんですよ」
バラネシュティは冷静にコーヒーを口にした。
いないと言い張るよりも、いるけど別人、そうした方が彼らも納得しやすいだろうし上に報告もしやすいだろう。
「間違いないのですか? 例えば偽名とか。何せかなりの凶悪犯ですからねえ」
「間違いない思いますけどね。ヴラドは働き者の良え人で、凶悪犯いう感じではないですからね」
目の前の四人の警備隊員はまだ疑っている感じだが、バラネシュティはありえないと笑っている。
隊長と思しき警備隊員がヤローヴェを睨んでいる。
「話を聞く限りで、カーリクという者は見た目は普通の少年という事でしたが、そのヴラドという人は?」
「ヴラドは気弱で真面目な少年いう感じで、およそ凶悪犯とは正反対な人物に感じますけど」
どうやら別人らしい。
警備隊員たちはやっと納得したようで頷き合っている。
「かなりの凶悪犯やのに、わざわざ本名を休憩所で著名したんですね。大胆不敵いうか、間抜けいうか」
そう言ってバラネシュティは笑い出した。
いづれにしても肝が据わっていると指摘した。
「まあそこは引っかかる部分でもあるんですけどね。追剥をしたらしいというわりに被害者の遺体すら見つからないそうで」
警備隊員の話で、ヴラドが何者かに嵌められたのだとバラネシュティは確信した。
彼らもこう言うという事は、上司からの説明を変だと感じたという事だろう。
「追剥現場もわからへんのですか?」
「大量の血が流れた跡はあって、その近くに墓はあったそうなんですが……」
埋めて墓を立てたという事は、恐らく彼らのいう被害者はヴラドの身内だろう。
つまりヴラドは何者かに襲われ身内を殺されたのだろう。
そうバラネシュティは察した。
「凶悪犯がわざわざ墓を。そらまたけったいな凶悪犯ですな」
「おかしな凶悪犯なんですよ。それだけにまともな人じゃないと考えています」
まともじゃないのはお前らの頭だとバラネシュティは叫びたい気分だった。
そこまでわかっているなら、どう考えてもカーリクという少年は被害者ではないか。
「聞けば聞くほど、ヴラドとはほど遠い人物像やね」
「確認のため会わせていただくことはできませんかね?」
警備隊員は笑顔一つ見せず、そう要求してきた。
つまりは状況証拠など関係無く、最初からヴラドを連れていき消すつもりなのだ。
「ほな呼んできますんで、暫くここで待っててください」
バラネシュティは席を立ち部屋を出た。
バラネシュティは急いでドラガンの元へ向かった。
バラネシュティもドラガンが『訳あり』という事は薄々感づいてはいた。
だが小さい子が風土病で死なないように井戸を掘っていると言われた時に、例えどのような過去があろうとこの人は信用に足ると感じた。
「『ドラガン・カーリク』それが君のほんまの名前なん?」
ドラガンはバラネシュティから目を反らしじっと黙っている。
その態度は肯定したのも同然だった。
「あんたを追って街道警備隊が来とる。そやけど私は、あいつらよりもあんたを信じるよ。そやから少し待つから変装して来るんや」
別人になりすませ、そうバラネシュティは指示した。
「変装って?」
「何でも良えよ。ここに来た時と違う恰好やったらそれで良えんや。遅くなると怪しまれるから早急にな」
バラネシュティはそう言ってドラガンを急かした。
「でも僕、服もこれしか持ってなくて……」
「誰かに借りたら良えがな。髪もちゃんと結うんやで」
バラネシュティと共に街道警備隊の前に現れたドラガンは、エルフの服を着てエルフの装飾を身に付けている。
前髪を右に束ね三つ編みにし青い紐で縛っている。
服はベアトリスの父の遺品らしく少しサイズが大きい。
街道警備隊の隊員は机の対面にドラガンを座らせると、二人だけで話がしたいと言い出した。
ドラガンが口を開く前にバラネシュティがそれを断った。
「うちらは、あなたらを信用してへんのです。ヴラドに暴行を加えて、そのドラガンとかいう凶悪犯に仕立て上げられたら困るんですわ。ましてや殺されでもした日には、どれだけ村民に恨まれることか」
隊員たちは小声で話し合うと、ならば首長の立ち合いを許可すると譲歩した。
街道警備隊は四人で来ていたのだが、その中の隊長と思しき人物だけが館に残った。
残りの三人はエルフの居住区をぶらぶらと歩いてまわっている。
「『ヴラドさん』でよろしかったですかな?」
「はい。ヴラド言います」
ドラガンはわざと喋り方をベアトリスたちに寄せている。
あまりわざとらしくやるとボロが出るため、あくまで寄せているだけではあるが。
「姓は?」
「『コンテシュティ』ですけどそれが何か?」
『コンテシュティ』は事前にバラネシュティから提示された姓である。
恐らく今も他の隊員が監視しているだろうし、『プラジェニ』ではバレてしまうだろうからと。
ちなみにバラネシュティの母の実家の姓らしい。
「それは本当のあなたの姓なんですか? 何となくエルフの姓のように感じますが」
「幼い頃エルフに拾われたんやそうで、この姓しか知らないんです」
ここも想定された質問で、着替えをしている時にバラネシュティから、こういう設定で行こうと言われたことである。
「何があったんです? 幼い頃に」
「さあ? なにせ物心つく前の話ですからねえ」
なるほどと、隊長は若干訝しんだようだが納得したらしい。
「あなたは最近この村に来たとお聞きしたのですが?」
「ええ。エルフの老夫婦と三人で生活していたんですが、残念ながら亡くなってもうて。それで夫妻の伝手を頼ろうとしたんですけど、道がわからんようになってもうて。森を彷徨ってたところ助けてもろたんです」
実に良くできた設定だった。
これもバラネシュティの考えた設定である。
森は方向感覚を失いやすい。
道無い道を行くと良くある事なのだ。
「じゃあ、その伝手の方は?」
「こちらで仕事を手伝いながら探していただいとります」
ドラガンは出された飲み物を右手で掴んで飲んだ。
隊長はそれを見てピクリと眉を動かした。
「最後に一つ。『ドラガン・カーリク』という名前をご存知ありませんか?」
「さあ。どんな方なんです、その方は?」
事前に聞いていたからドラガンは平静でいられた。
恐らく聞いていなかったら確実に顔に出ていただろう。
「大変凶悪な人物で、追剥と窃盗で指名手配されている人物です」
「その人物がベルベシュティの森に逃げ込んだんですか?」
隊長はドラガンの名前を出してから、それまでにも増して、じっくりとドラガンの表情を確認している。
「そういう情報を得たんですがね。何かご存ありませんかね?」
「恐ろしい話ですね……もし怪しい人物を見たら、私も報告させてもらいますわ」
ドラガンの態度に、隊長は最後の警戒を解いたらしい。
別人。
どうやらそう判断したらしい。
ご協力感謝すると言って初めて笑顔を見せた。
「以上でしたら仕事に戻らせてもらおう思うのですが?」
「ご協力ありがとうございました」
ドラガンが退出すると、代わりに街道警備隊の隊員が入室してきた。
どうやら他の三人の隊員は、ドラガンが事情聴取を受けている間、村で情報収取をしていたらしい。
ドラガンを見ると忌々しいという目で建物に入って行った。
その後、それほど時間を置かず街道警備隊は村を去った。
夕方、バラネシュティはプラジェニ家にやってきた。
そこで改めて、ここまで何があったのか話すようにドラガンに促した。
イリーナは話が長くなるだろうと、二人にコーヒーを淹れて差し出した。
ドラガンは左手でカップを持ちコーヒーを口にすると、ロハティンでの出来事を話した。
バラネシュティも例の竜産協会による竜盗難事件は報告で聞いている。
長い栗色の髪を右手で触りながら、じっくりと話を聞いた。
聞いている話よりかなり内容が濃いと感じる。
つまりそれだけドラガンが当事者として渦中にいたという証左であろう。
「これは当面我々だけの胸の内にしまっておこう」
ある程度を聞くと首長はそう言ってコーヒーを啜った。
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