第44話 事件

 漆器作りを依頼した翌日、ドラガンはサファグンの族長の屋敷を訪れた。

漆器工房の話をするとヴラディチャスカ族長は大笑いした。


「よくもまあ、そんな脱税方法を考えたものだ」


「脱税じゃありませんよ。節税です。別に違法行為なわけでは無いのですから」


 その日を境にサファグンのコミュニティを経て、漆器工房の話はドゥブノ辺境伯領全体に知れ渡った。


 サファグンの居住区は大時化の際には砂浜に筏をあげることになっている。

その為、ドラガンが言ったような砂浜に工房を作るというのは、さすがに許可が下りなかった。

だが防風林なら勝手に切り倒したりしない限り構わないと許可が出た。


 とはいえ、どうやって防風林を切り倒さず建物を建てるのかと、サモティノ地区の大工は言い合っていた。

そんな大工たちにザレシエは、ベルベシュティ地区で作業小屋を建てる時に使われる『丸太組工法』を教えた。


 最初に見本としてエモーナ村に工房を作り、周辺の村の大工に手伝ってもらった。

現状を考えると近隣のいくつかの村で一つの工房を作って共同使用するのが望ましいとザレシエは大工たちに示唆した。

全村で一斉に工房を作ってしまい木材が足りなくなる事をザレシエは危惧したのだ。

だがそれは杞憂だったらしい。

すでに多くの職人は廃業するか村を去ってしまっており、工房自体どの村も機能していなかったのだった。


 さっそくエモーナ村の漆工房には、周辺の村の漆職人たちが集まってくる事となった。

カルノバト村のコザチェもエモーナ村に引っ越して来た。

デザイナーのペティアも引っ越して来て、頻繁にドラガンを食事に誘っている。


 これで姉ちゃんに結婚祝いを贈る事ができるとドラガンはほっと胸を撫で下ろしていた。




 漆工房が防風林に移転し、最初の税の取り立てが行われる事になった。


 税の取り立ては三か月に一回月末に行われる。

二月、五月、八月、十一月の三回である。

その際に税制に変更があれば通達がなされる。


 五月に入り、税の取り立てに来たドゥブノ辺境伯の執事アダミウカは、前回から村の様子が大きく変わっている事に気が付いた。

それまではボロボロの家がそのままの状態であちこちに放置されていた。

だが、そういった家が全て解体されていて異常に空き地が多い。

尋常じゃない空き地の数と言っても良い。


 ここ数か月の間に何かがあったと感じながらアダミウカは村長宅を訪れた。

ヴォロンキー村長は、これが今回の税の明細ですと数枚の紙を提出。

その後で布袋に入った徴税金を渡した。

じっと明細を読んだアダミウカは、これはどういう事かと村長を睨め付けた。


「前回に比べ、明らかに徴税の項目が少ないではないか!」


「それだけ税を苦に村を捨てた者が多いという事です。ご覧になったでしょう? あの空き地の多さを」


 空き家を壊して漆工房の建築材として利用する。

そうする事で建築材の節約になるし視覚的に空き家が多い事を徴税者に知らしめる事ができる。

それがザレシエの案であった。

漆工房がそれで済むならと雑貨屋や八百屋、魚屋まで防風林に引っ越してしまった。

その結果、エモーナ村の徴税額は大きく目減りする事になったのだった。


「それを何とかするのが、村長たるお前の役割ではないか!」


「どんな有能な者でも、陽が沈むのを止めろと言われても止められないというものですよ」


 村長の笑い方は明らかにアダミウカを小馬鹿にしたものであった。

アダミウカは激怒し、顔を真っ赤にしている。


「お前たちがしっかりと税を収めれば、我々も重税を課さずに済むんだよ!」


「お隣のユローヴェ辺境伯は、そのようなことをしなくとも、ちゃんとした税収があると聞きますが?」


 お前らの頭が悪いからだといわんばかりの村長の挑発に、アダミウカはさらに激昂した。


「お前たちの徴収が温いからだろ! もっと厳しく取り立てたら良いではないか!」


「そんな事をしたら、私が恨まれて殺されてしまいますよ」


 アダミウカの発言は、税を正しく納めろというより、もはや何でも良いから村民から金を巻き上げて来いと言っているようなものである。


 話にならない。

村長はアダミウカから顔を反らし呆れ果てた顔をした。

その態度にアダミウカは怒りのあまりとんでもない事を言い出した。


「安心しろ。お前が殺されたら俺たちが敵をとってやる」


 アダミウカの発言に村長は激怒した。

それがあんたたちの本心かと立ち上がり指を差した。

この事は全ての村長の耳に入れてやる、そうアダミウカに怒鳴りつけた。


「落ち着け村長。軽い冗談ではないか」


「冗談だとしても度が過ぎている!」


 激昂する村長をアダミウカは嘲笑った。

口元を歪め挑発するような目で村長を見ている。


「少し余裕がなさすぎではないのか? 村を捨てようとするような不届き者は村長の権限で処罰すれば良いだけの話だろ? なに、ちょっと見せしめにしてやれば奴らは怯えていう事を聞くさ」


 村人などに甘い顔をするな。

村人など絞れるだけ絞りつくせ、どうせ奴らは嘘をついてこそこそと蓄えをしているに決まっている。

権力に楯突く奴らには見せしめをすれば良い。

アダミウカはニヤニヤしながら村長に持論を述べ続けた。


「……まさかあんた、自分の家族も村に住んでいるのだという事を忘れているわけではあるまいな?」


 村長の挑発にアダミウカは顔を真っ赤にして激怒した。

家族を人質にとってやると脅迫されたと感じたのだ。

アダミウカは村長の胸倉を掴み睨みつけた。


 そこに大声に驚いて村長の妻が様子を見に客間に入って来た。

夫の胸倉を掴み腰の剣に手をかけたアダミウカを見て、妻はきゃあと悲鳴をあげ家を飛び出して行った。

誰か、誰かと叫んで村民を呼び寄せる。

その声を聞きつけ、村の男性たちは手に手に銛を持ち村長宅を取り囲んだのだった。



 村でも屈強な若者と冒険者が武器を手に村長宅に静かに入って行く。

ムイノクとエニサラも村長宅に入って行った。

その後ろに村長の妻が恐る恐る付いて行った。


 若者たちが客間を見ると既に村長は殺害されており、息を荒げたアダミウカが武器を構えて迎撃の構えを取っていた。

アダミウカは客間にあった机を扉の前に立て掛け、容易に入って来れないようにして立て籠もっている。

変わり果てた夫の姿を目の当たりにし、村長の妻はその場で泣き崩れた。


 ある程度中の様子を察した村民がポーレを呼びに走った。

さらにエニサラが戻って来てドラガンを呼びに走った。



 まずザレシエが到着した。

元々ザレシエは駆けつけるつもりで準備をしており、呼ばれて来たのではなく単純に到着が遅れただけである。


 次にポーレが到着した。

そもそもポーレの家は村長宅から近い。


 その次がドラガンとスミズニーだった。

スミズニーは銛を構えて真っ直ぐ村長宅に入って行った。


 ドラガンが到着するとポーレがどうすると尋ねた。

ザレシエも突入して話を聞きますかとドラガンに尋ねた。


「時間を稼ぎましょう。中の執事を逃がしてはいけません。領主の屋敷から別の人が来るまで、ここに監禁しましょう」


 彼らを交渉の机に着けさせる良い機会かもしれない。

そうドラガンは二人に提案した。

ポーレもザレシエも同感であった。


「じゃあ、近隣の村に応援を頼もう」


「サファグンたちも集めた方が良いでしょうね」


「族長とユローヴェ辺境伯にも、すぐに連絡を入れてもらおう」


 ポーレは集まった村人に、周辺の村長や、ユローヴェ辺境伯、サファグンの首長に連絡を入れるように走ってもらった。

その間、他の村民たちは執事が逃げ出さないように村長宅を取り囲み続けた。




 暫くすると、近隣の村長が村民と共にエモーナ村に駆けつけてきた。

村民の多くは気の荒い漁師で、手に手に銛を持っている。

さらにサファグンたちも、銛を手に駆けつけてきた。

皆思いは同じで、『ついにこの日が来た』であった。

俺が領主の首級を挙げてやると意気込んでいる者もいる。


 村長たちは、真っ直ぐポーレたちの元に集まって来た。

大変な事態が起こったと聞くが何事だとポーレに尋ねた。

税を回収しにきた執事が村長を殺害したとポーレが言うと、村長たちは激怒し、さっさと捕まえて血祭にしろと詰め寄った。

駆けつけた村民たちも、そうだそうだと囃し立てている。

サファグンたちですら、何も躊躇うことなんかないだろうと言い出した。

それでもポーレたちは、家を取り囲んだ群衆より一歩家に近づいた状態で待っていた。


 家の中に突入しているムイノクたちは、机を挟んで執事と対峙し続けている。

窓の外からは殺せ殺せの合唱が聞こえてくる。


 アダミウカは完全に冷静さを失い、剣を無秩序に振ってムイノクたちを牽制している。

その目は完全に血走っていた。

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